空の者への追悼詩
 小さな者がいた。喚んだ覚えのない、小さき者。
「こいつちがうー」
 幼き子供は、見覚えの無きソレを小さな手ではたく。
「いつものトリはー?」
 そう言いながら、パシパシとはたく。いつも喚ぶのは紅い羽根を持つ、透き通るような小鳥。
 小さき者は顔をしかめながら少年を見上げていて。掌に乗せてその手を握れば隠れてしまうであろう大きさ。淡い黄色の髪と瞳、それに衣服。背に持つ小さな翅も同色。

「いじめちゃダメでしょう」
 ふとした声に少年は顔を上げ、その隙に小さき者は風に飛ばされて、否、風に乗って去っていった。少年の前には穏やかな女性が立っていて。おそらく、少年の母親。
「だってぇー。いつものトリがこなかったー」
 駄々をこね、子供らしい言い訳をする少年の頭を、母親が軽く小突く。
「なんでぇ?」
「なんででも。叩かれるの、嫌でしょう?」
「嫌ぁ」
「だったら、他の人のことも叩いちゃダメでしょう」
「うー…ん。はぁーい」
 渋々だが、少年は従順に頷く。母親は少年の目線に合わせてしゃがみ込むと、にっこり笑ってその頭をなでる。

「こわーい昔話教えてあげようか」
 頭をなでながら、母親が不意にそんなことを言った。もちろん少年の顔は“?”である。
「むかーしむかし、にね。さっきみたいな小さい生き物をいじめる人が沢山いたの。小さいヒト達は、とても嫌がってたの」
「たたいたの?」
「そうねぇ、叩いたかもしれないわね。でもそしたら、小さいヒトをいじめるなんていけない!っていう人が現れたの。そして、いじめていた人たちみんなにお仕置きをしたの」
「おしおきって?なにしたの?」
「さあ…何だろうね。怖ぁーい事かもよ?」
 そう言いながら、母親はバァと怖い顔をしてみせる。少年の方はすっかり怯えてしまっている。震えながら、やめてやめてと言っている。
「ふふっ、だからあなたも、いじめてたらいつかお仕置きされちゃうわよ」
「やだやだぁー。もうしないよー!」

 首を横に振りながら、少年は叫ぶ。ちょうどその時一陣の風が吹き抜けた。すると、先程の淡い黄色の小さきヒトが風と共に舞い降りてきた。
「あぁー!さっきの!」
 その姿を見つけると、少年は指を指して声を上げる。
「えっとね、えっとね、さっきはゴメンね。あやまるからおしおきしないでねっ」
 少年は舌足らずな口で一生懸命そう言うと、にっこり笑いかけた。小さきヒトもそれを見るとにっこりと笑い返してきて、それが仲直りの印となった。

「あー、おにいちゃんまたおはなししてるぅー!」
 割って入ってきた甲高い少女の声は、まっすぐ母親と兄の元へ向かっていた。危なげな足取りでやってきたのは、まだ幼い女の子。
「おにいちゃんへんなのー!なんにもいないところとしゃべってるー」
 2人の元にたどり着いた少女は、母親のスカートにしがみつきながら兄の方を見る。少女にはいつだって、少年の話し相手が見えていなかった。今いる、淡黄色の姿も例外ではなく。
「へんじゃないんだよー。じゅんにもいつか見えるようになるんだよぉ」
 にこにこと笑いながら兄の顔になる少年を見て、淡黄色の小さきヒトは不思議そうに少年の周りを回り、そして空へと消えていった。小さなつむじ風と共に。

「さあさ、そろそろ夕ご飯の準備しないと。2人とも、帰るわよ」
「「はぁーい」」
 揃った声は元気よく。小さな2つの影は、並んで1つの影について行った。