...pray
「―――ッ!」
 唐突に寒気を感じて、飛び起きた。広がるのは薄暗い部屋。狭い天井は、2週間ほど前から宿泊している古い宿のものだった。掛かっていた薄手の布は、飛び起きた衝撃でぐしゃりと歪んだ。思わずそれを、強く強く握り締める。そうでもしなければ、気持ちを静める事なんて出来やしなかった。
 仕事の途中で突然の悪寒を感じ、そのまま意識を失ったのがかれこれ10日ほど前のことだった。あれ以来、全く仕事をしていない。外に出ようとするのだが、ふざけるなと言わんばかりに相方に押し止められている。実際、倒れた翌日に引き続き仕事を受けようとしたのだが、集中力が続かず、結局全て相方に任せてしまったのだ。体調が悪いわけではない。気分が優れないわけでもない。ただ、悪寒だけが全身を支配している。そしてその原因が分かっているからこそ、不安と恐怖は思考の全てを覆い尽くしていた。誰にも話していないこの症状だが、違和感を感じた相方は、素っ気ないが彼なりに気に掛けてくれているのだろう。何も聞かず、だが決して外に出そうとはしなかった。おそらく彼もまた、自分がこうなることで不安を感じている。
 大丈夫。自分は、大丈夫なのだ。
 大丈夫でないのは、自分ではない。遠くの地にいる、ただ一人の血縁者。彼女が力を使うたびに、その反動はこちらにも届く。元々魔力の少ない彼女が、無理矢理にその力を使えば。無いものを無理矢理引き出そうとすれば。ゼロのものを使う事は出来ない。精霊との代理契約をしている自分から、魔力は引かれていくのだ。そしてそれは、魔力の少ない彼女にとって莫大な負担となる。
「これ以上」
 使わないでくれ。彼にはそう願う事しかできない。彼女を助ける事も、声を届ける事も、姿を見る事すらも、出来ないのだ。身に掛けられた呪を、忌々しく罵った。
 彼女がこれほどまでに魔力を使うという事は、その身が危機に晒されているという事。或いは他の誰かの危機なのかもしれない。だが出来れば、例えエゴだと言われようともその可能性は否定したかった。いや、彼女の危機だとも思いたくないのだから、結局はどちらも否定している。その可能性が低い事は、自分がよく分かっているというのに。
 何も知る事の出来ない現状に、心臓が潰れるのではないかと思った。ここ数日、よく自分は生きていられるなとさえ思った。
 早く、早く。会いたい。それだけで、全てが解決出来るのだから。

「潤―――」

 歪み霞んだ視界に映る天井へ向けて、小さく呟いた。