Encounter

05
―――― 話は数分程遡る。

 竜神が駆けていくのを見送った涼潤は、すっと振り返る。その視線の先には、光麗。土人形の行動パターンには気付いていないようで、必死に逃げ回り、そして追い掛けられ続けている。ふぅ、とひとつ息をつくと、涼潤は光麗の元へと足を向けた。
 罪悪感。ほんの少し、感じながら。


「雷壁」

 バリッと音を立て、立ち上った部分的な壁に土人形が飛び込んだ。突然の音に、光麗は振り返る。閃光の走る壁と、今し方彼女を追い掛けていた土人形と、そしてその後方に、涼潤の姿があった。追われる光麗と追い掛ける土人形の間に立てられた雷の壁は、涼潤が瞬間的に造り出したもの。

「………涼ちゃん?」

 恐る恐る、と言った様子で発せられる声は、僅かに震えている。キリリと、胸が痛む。しかし表情を押し止めながら、涼潤は雷壁の横を通り越し光麗の正面までやってきた。僅かに見上げる光麗の表情は、恐怖に震えると言うよりも、何が起きているのか分からないという不安の色のようだった。

「ねえ、光」

 静かに、涼潤は呟いた。その視線に光麗の視線がぶつかる。澄んだ黒に、目を逸らしたくなる。

「光は、これでもあたしと一緒にいるって言うの?」

 あたしと一緒にいたら、他に何が起きるか分からないの。そう付け加えて。あの土人形が怖いと言うなら、嫌だというなら。光麗は自分と一緒にいるべきではない。涼潤は予感していた。これからもまだ、何かが起きると。だから今の内に、事が大きくなる前に、光麗たちを引き返させたかった。返事はすぐには戻ってこなかった。

「もしあたしと一緒にいるって言うなら、あなたは風を武器として扱わないといけないかもしれない」

 返事を待たずに、涼潤は続けた。淡々と。光麗はいつの間にか俯いていて、その表情は読み取れない。しかし落ち込んでいるよりも、悩んでいるように見えた。まだ、どうするか決め悩んでいる。

「あの土人形は、風の力でしか壊れない仕組みになってるの。あなたがあたしと一緒にいるって言うなら、まずはあれを壊さないといけない。あなたに、出来る?」

 涼潤が言い終え、問いかけた後。少しの間を置いて、光麗は顔を上げた。瞳は強く、涼潤を見据え。真っ直ぐなその視線に、涼潤は少したじろいだ。

「光はね」

 視線を逸らさずに、呟く。まだ幼さの残る声は、しっかり意志を伝えようと言葉を探す。言い淀んでいるのか言葉が見つからないのか。途切れ途切れの言葉は、1つ残らず涼潤へと届く。

「光は、涼ちゃんと一緒にいたいの。よく分からないけど、一緒にいた方がいい気がするの」

 時々下を向きながら頷き、自分の言葉を確認してまたそれを紡ぐ。ゆったりとした話し方も、仕草も、何かを破壊することには繋がらないように感じた。だから涼潤にはまた、罪悪感が増えた。けれどこの少女を否定することが出来なかった。手を払い落とせない罪悪感と、手を払い落とす事への恐怖が、渦巻いた。

「それに、もう友達だよ。置いて行きたくないし、置いて行かれたくない」

 顔をグッと上げてそう放つ光麗に、何も言えなくなる。巻き込みたくない、巻き込んだらいけない。そう感じる心の片隅に、一緒に居たいという感情がいる。最初から気付いていた。自分が淋しさを感じていることに。巻き込みたくないなら何も言わずにこの場を去ればいい。しかしそれをしなかった。出来なかった。
 きっとまた、自分はどこかで傷付くだろうな。そう感じながら、涼潤は小さく頷くと表情を変えた。不安の色を消して、冷静に。不動の表情。

「あの人形の中央辺り。そこに、核が埋め込まれてる。それを壊せば人形は崩れる。核はきっと風属性の力でしか壊れないようになっているから、あたしは手出しできない。分かった?」
「………うん」

 急に凪いだ海のように、涼潤の言葉から感情の起伏が消えた。光麗の顔にも一抹の不安が映る。けれどそれも数秒のことで。その少しの間のあと、光麗は大きく頷くと涼潤の肩越し、土人形を見据えた。

「光にも出来る」

 すっと上げた両腕の周りに、風が集まる。くるくると、回る。姿の見えない風たちを目で追い、光麗は静かに呟く。

「あの人形さんを壊すの、手伝って」

 それは“お願い”。風を支配するのではなく、あくまでも風自身の意志に任せる攻撃。そして彼女の願いを風が聞き届けない事はないと、涼潤は気付いていた。常に少女の周りを回る風は、彼女が風の属性者だから近くにいると言うだけではなく、親しみを持って接しているように感じていた。
 くるくると回る風は、ゆっくりと土人形の方へと向かう。徐々にスピードは上がり、やがて土人形の目前に来た時には既に微風は疾風に変化していて。風が届く直前に涼潤は雷壁を消しており、自由の身となった土人形はその直後に疾風の直撃を受ける。感情のないただの人形は、痛みを感じる事もなく崩れ去った。

「きゃぁ!」

 一瞬で崩れ去った土人形に驚き声を上げる。恐らく疾風が過ぎ去った反動もあったのだろう、光麗はそのままぺたりと座り込んだ。崩れた土人形の影に、仄かな緑の割れたガラス玉を確認すると涼潤はふうと息をついた。けれど。

「―――?」

 不意に、妙な気配を感じた。次いで、ほんの僅かな風が頬を撫でた。それは冷たい風。普段光麗と戯れている風とは明らかに異なる、酷く冷たい空気。辺りを見回しても何も変わった様子はないのだが、一瞬のその風への違和感は拭えなかった。
 土人形も居なくなり、疾風は治まり。シンとした森の中に響くのは微かな木々の揺れる音のみ。涼潤はじっと、辺りの様子を伺った。その数秒後、びゅっと流れたのは先程の冷たい風。

「やっぱり、誰か居る」

 小さな声でそう呟くと、座り込んだままの光麗に気付かれぬようそっと、その場をあとにし、森の奥へと駆けていった。
 その直後、辺り一面に透明の壁が立ち込めた。



***

 そこは、海に浮かぶ小島だった。少し歩けば外周を周り切れてしまうであろう、小さな島。木々の覆い茂るその島の丁度中央辺り、そこに、石造りの高い塔がそびえ立っていた。積み上げられた石で形取られた円柱のような形。周りの木々の高さを通り越し頭の突き出る形となっているが、不思議とその存在に違和感は生じなかった。風景に馴染んでいた。


「元に戻っているな」

 塔の内部に響く声は、低くもなく高くもない落ち着いた声。感情の籠もらない淡々とした声は、石造りの塔の中で響き反響する。恐らくそこは1階なのだろう。高い天井にだだっ広い広間。奥に見える螺旋階段以外に、空間を隔てるものはなかった。足を動かせばこつりと音が鳴り、その音がまた広間に響く。
 広間の中央より奥の方に置かれていたのは、一見するとガラス板のようなもの。けれどその板は透けた向こう側を映すのではなく、遠く離れた地―――森の様子を映し出していた。丁度映っていたのは、遊龍と、竜神。

「ゴメンね。ちょっと注意が逸れてたみたい」

 先程の声に応えるのは、穏やかな中低音。ゴメンと言いながらもその声の調子は、詫びているようには聞こえない。しかしそれを気に留める事もなく、前者の声の主は再びガラス板へと目を向けた。
 蒼く長い、髪。前者の青年の特徴は、それだった。暗い室内で、僅かに入り込む光と反射させ、きらりと光らせる。頭を小さく揺らすと、さらりと肩から髪が零れた。長い前髪の隙間から覗く左目は、暗緑色。青に沈む緑だった。

「お前の術が切れるなんて、珍しいな」
「うん。まあ、あの六水竜神はちょっと、興味がなくなっちゃったからかな。………もう一度、雷空涼潤とやりたいね。どれくらい腕を上げてくれるか―――」

 蒼い髪の青年が言うと、少し離れた位置に立ち同じくガラス板を眺めていた青年が顔を向け答えた。薄茶の髪で、中央は紅く染められている。クス、と笑うその表情は穏和で柔らかく。けれど瞳だけは、冷たい色を映していた。
 返事はなく、無音の時間が流れる。映像を映し出すガラス板は、音声までは届けないらしい。無音のまま伝えられる森の様子に、2人は言葉もなく見入る。やがて映し出された光景に、蒼い髪の青年は怪訝な顔をする。

「なんで秦羅が行ってるんだ」

 映し出されたのは涼潤が走り去った様子、そして透明な壁が現れた時の様子。肉眼でも視認のし辛かった透明な壁は、映像では殆ど映っていない。しかし時折反射する陽の光が、その存在を示していた。薄茶色の髪の青年は、ガラス板のすぐ近くへと歩み寄る。首を傾げ、蒼い髪の青年に見えないように小さくクスリと笑うと、振り返り視線を合わせる。それは疑問の表情。

「行かせたんじゃないの?」
「俺は臣の次は真鈴だと言った。―――あいつ、勝手な事をしたな」

 蒼い髪の青年はそう言うと周囲を見回す。そして目当ての人物を見つけると視線をそこに固定し、すっと目を細めた。

「俺はお前に行けといったはずだ、真鈴。あいつを呼び戻してこい」

 彼の視線の先にいたのは、オレンジの長い髪を持つ少女。露出が多く、ヒラヒラとした布が付けられたその衣装は、まるで踊り子のようで。鮮やかな色合いは、この場には不釣り合いに感じられた。真鈴と呼ばれたその少女は、一歩前へ歩み出ると困ったような表情で口を開く。

「ごめんなさい、峻くん。止めたんだけど、聞いてくれなくて…」
「勝手に役を譲るな。早く連れ戻せ」

 話を遮るように強く発せられた言葉に、真鈴は申し訳なさそうな顔をするとそれ以上話を続ける事を止め、静かに塔の外へと出て行った。残されたのは先程の青年が2人だけ。峻と呼ばれた蒼い髪の青年は、再び振り返りガラス板へと視線を戻した。

「なーんで秦羅じゃダメなの?」

 薄茶色の髪の青年が、軽い口調で問いかける。ひょこりと首を傾げる動作がまるで子供である。しかし、やはり先程と同じく不愉快を感じる事もないのか、峻は咎める事もなく少し考えるような素振りを見せ、青年へと視線を向ける。

「………順序があるんだ」

 そうとだけ呟くと、峻はそれきり黙り込んだ。



***

「隠れてるんでしょう。出てきなさい」

 誰も居ない木々や草むら。森の中で涼潤はピシリと言い放った。

「別に。隠れてるつもりはなかったけど」

 感情の籠もらない淡々とした声―――ほんの少し高い声は厭に落ち着いていた。木陰から現れたのは、涼潤と同じ年頃と思われる少女。声と同じように表情も無く、じっと涼潤へと視線を向けていた。腰に巻いた細い紐が風に揺れる。少女は、この辺りでは見掛けない、布を前で重ねる形の衣服を着ていた。

「やっぱり、来たのはアンタ1人だね」

 涼潤の後方を一度眺めて再び視線を戻した少女は、そう呟いた。そして、そのまま右手を涼潤へと向ける。言葉も返さず様子を見ていた涼潤は、分からない程度にほんの少し眉をひそめた。
 ぶわぁ、と。突如冷風が吹き荒ぶ。涼潤は目を見開き、直後腕で顔を庇う。飛んできたのは、水蒸気の固まった氷粒。あっという間に狂風となった冷気に、僅かに涼潤は後退する。けれど勢いの治まらぬ風をそのまま相手にするつもりはなく、顔の高さまで上げていた両腕を降ろすとキッと少女へと目を向けた。

「あんた、何?」

 そう問いながら、バシリと雷壁が目前に立つ。防ぎ損ねた分の氷が口に入ったが、気にしない。冷風は遮断し、少女の声は届くように雷壁を調整する。案の定少女は、冷風の勢いを強めた。ガンと当たったのは雹と化した水蒸気かもしれない。

「秦羅。見ての通りの冷気使いだよ」

 いつの間にか腕を降ろしていた少女は、そう名乗る。最初に腕を上げたのは、恐らく牽制。一度狂風が巻き起これば、向かい合わざるを得ないから。こちらを眺める秦羅の表情に、相変わらず変化はない。

「アンタたちが追ってる男の、関係者」

 そう呟くように発した秦羅は、すっとしゃがみ込み地面に手を当てる。その瞬間には、今まで吹き荒んでいた冷気の狂風が止んだ。けれど。

「ちっ」

 涼潤が高く飛ぶと同時に、地面から無数の氷が突き出した。氷の槍。冷気が地面を伝わり水分を集め、地表に現れた時には鋭利な槍となる。すんでの所で避けた涼潤はそのまま近くの木の枝へと掴まり枝上へと着地する。下を見下ろせば無数の針山。

「関係者ってどういう事。仲間?」

 目下の秦羅へと声を投げかける。声は冷え切り淡々と。答えが返ってくるとは思っていなかったので、涼潤は次の行動へと移る。枝から手を離すと、氷の槍の立つ地面へと飛び降りた。

「なっ、飛び降りるなんて―――?!」

 初めて秦羅に驚きという表情が現れる。目を見張り涼潤の姿を追ったが、その次の瞬間には目の前の景色が僅かに変わった。鮮明に見えていた景色に、薄い靄のようなものが掛かる。視点を遠くから近くへと移し気付く。目の前にあるのは、雷壁だと。

「壊すのは無理よ」

 手を伸ばした秦羅に向けて、涼潤の声が掛かる。伸ばした手の先で、薄い雷の膜はビシリと音を立てた。見れば前だけでなく、横にも、後ろにも、つまりは雷壁の檻に閉じこめられている。視点をまた遠くへと向ければ、氷の槍は四方へと散らされていた。

「あたし、破壊は得意なの」

 そっと呟くように発した涼潤の言葉は、抑揚が無く。対して秦羅は嫌そうに涼潤を睨み付ける。

「捕まえるって事は聞きたい事があるんだろ」

 先程までの落ち着いた調子は無くなり、全身から焦りと苛立ちが見て取れた。そのあまりの変わりように涼潤は一瞬きょとんとする。てっきり他に考えでもあるのかと思ったくらいにあっさりと捕らえる事が出来たので、拍子抜けしたのだ。様子だけ見れば、秦羅は何の策も持っていない。

「あんた、元気ねえ。捕まったっていうのに」
「うるさいッ」

 ふぅ、と。涼潤は溜め息を零す。どうしたもんだろうか、と逡巡思考を巡らせ言葉を選ぶ。その間もずっと、まるで威嚇する猫のように、秦羅は涼潤を睨み付けたままだった。

「あんた達、何者なの?さっきの土人形だって、あんた達の仕業でしょ。なんであたし達を襲うの」

 雷壁越しに秦羅へと近づき、問いかける。中を覗き込めばこちらを睨み付けながらも両腕を握りしめる少女の姿。軽い上目遣いに睨まれても、大した威力はないと涼潤は感じた。

「目的は、知らない。知らされてないから」

 返事はこれだけだった。ぶっきらぼうに言い放たれ、少しだけむっとする。けれどその様子から察するに、本当に知らされていない。作戦が失敗して焦っているのか、もしくは別の意味か。どちらにせよ、彼女は目的を知らない程度の位置づけ。涼潤はそう整理した。

「本当に知らないのね」
「知らない!あの人のやってる事は、殆ど知らされないから」

 念を押せば、強い反発の声が返ってくる。余程苛立っているのだろう。今にも雷壁を気にせず殴りかかってきそうな勢いだった。

「あの人ってのは、………蒼い髪の男の事?」

 会話の中で初めて出てきた単語を拾う。冷徹さをも含む声でそう問えば、むっとしたような表情だけが返ってきた。返事は、無い。
 涼潤は思案する。彼女をどうするか。これ以上聞いても埒が明かないのは目に見えている。例え“人質”としたとしても、上の人物は出ては来ないだろう。かといってこのまま釈放するのも癪である。ここはいっそ、1,2発程食らわせても問題はないのではないだろうか。
 考えが纏まる前に、結果は出た。
 秦羅がふと表情を変えた。顔を嫌そうにしかめると、小さく小さく舌打ちをした。涼潤はその様子には気付かず。ほどなくして、ピィィと甲高い音が辺りに響いた。
 そして顔を上げた涼潤が怪訝そうな顔をしたその途端に、バンッと勢いよく雷壁が砕け散った。

「?!」

 動きが止まる。思考回路が一瞬だけ停止し、直後に状況を把握する。雷壁が壊れた、違う。壊された。辺りを見回しても誰の姿もなく、雷壁の中にいた秦羅は少し離れた所まで後退していた。

「誰?!」

 人の気配を感じ秦羅の後方へと視線を向ける。思わず叫んだ涼潤だったが、その場の緊張感に似付かぬ声はすぐに返ってきた。

「叫ばなくたってここにいるわよぉ」

 ゆったりとした柔らかい声が辺りに響く。弾けそうな雷光を抱えた涼潤は目を瞬かせながら、しかし警戒心を解くことなく声の主へと目を向ける。現れたのは、オレンジ色の長い髪の少女。

「物騒ねぇ」

 鮮やかなオレンジが陽の光に反射し、キラキラと光る。秦羅の隣に身を並べた少女は、にっこりと笑って涼潤に視線を合わせた。

「あんた確か………」

 涼潤がそう呟くと、少女はさらに嬉しそうに笑みを浮かべた。

「覚えてくれてたぁ?1週間ぶりかしら」

 ゆったりと甘えたような話しぶりに、涼潤の苛立ちは募る。少女は、1週間程前―――涼潤と竜神が初めて森に来た時に、涼潤の前に現れた男の連れだった。あの時は一言も喋ることなく佇んでいただけだったので気にも留めていなかったが、面と向かって会話している今の状態は、非常に不愉快だった。

「わたしは真鈴って言うの。あの時は自己紹介も出来なかったのよねぇ」

 思い出すようにそう呟く、真鈴と名乗る少女は秦羅の手を掴む。そしてにっこりと涼潤に微笑むと更に言葉を続けた。

「そう言うわけで、わたしは秦ちゃんを連れ帰るように言われてきたからぁ。連れて帰るわよ」
「って、ちょっと!」

 真鈴のペースに流されそうになっていた涼潤は一瞬反応に遅れる。言葉を理解した時は既に2人の姿は仄かな白い光りに包まれていて。あの時と同じ。だから知っていた、あと少ししたらこの2人の姿はここから消えるのだと。けれどその止め方は知らなかった。

「えっとねぇ、わたし達はMisty。で、リーダーは峻くん」

 光に包まれながら真鈴の声がする。追い掛ける方法も分からないまま、2人を包む白い光へと走った。けれどもう、間に合いはしなかった。目の前で光は消えた。

「そうそう、さっきあなたの雷壁が壊れたのはぁ、あなたの注意力が逸れていたからよぉ」

 声だけがそう響き、そして後には完全な静寂が残された。もうひとの気配はない。
 一時置いて流れてきたやわらかい風は、森の風。先程まで吹き荒んでいた冷たい風とは全くの別物だった。
 そして涼潤は小さく呟いた。

「なんかめちゃくちゃ、悔しい―――」