Encounter

23
 走って 歩き また走る 目指す者を目指して

 森の中で見つけた、ほんのり光る木。魔術が掛かっているであろう、“敵のアジト”に繋がっているのだろう。そんな想像を一瞬で確信してしまう程に必死にだった。しかしその、シーズの力であろう空間転移を利用してもなお、景色はいつもと変わらなかった。
 ついさっきまで降っていた雨は、嘘のようである。陽の光が差し、青く澄んだ空が木々の間に広がっている。少女の焦りを知ってか知らずか、光は眩く明るかった。

「えっ…」

 突然、ぐらりと視界が揺れた。何が起きたのかも理解出来ず、地面が視界に広がると思った直後、気付けば両の手と膝が地面へと付いていた。大きな転倒ではなかったが、立ち上がろうとする足にも身体を支えようとする手にも力が入らない。クラクラする頭を押さえながら、涼潤は原因を探ろうとして、そしてすぐにその答えの可能性へと行き着く。

「まさか……」

 出来れば当たって欲しくない予想が答えであるという可能性は、恐らく半分以上の確率だろう。シーズから受けた傷は、回復の魔術で治癒した。しかし治癒出来たのは、外傷だけだったのかもしれない。相手は魔術師なのだ。使う武器がただの刃物だとは言い切れなかった。心底嫌そうに顔を顰め、ふざけるなと彼を罵る。余裕を気取っていても、事の重大さを理解出来ていない訳ではない。気付いた途端に襲いかかる不安を振り払っても尚切れてしまう息に、更に焦りを見せる。汗が一筋、額からこぼれ落ちる。

「急がないと」

 時間がない。今の状態で治癒しきれないと言う事は、自分の力では治癒出来ないという事を意味している。それはつまり、とんでもない時限爆弾を抱えてしまったという事。
 涼潤は身を奮い立たせると、立ち上がり、そしてまた走り出した。



***

「って、どこに行きゃいいんだよ……っ」

 立ち尽くし、苛々と棘のある声を上げるのは竜神だった。
 「涼潤の所へ行け」と霧氷に告げられたのは、雨が降り始めて間もない頃の事だった。その雨は今はもう止んでいる。明るくなりつつある空に、緑の葉がキラリと光る。行けと言われても、その言葉が指す場所を知らないのでは移動のしようがない。場所を問うという事をしなかった自分の責ではあるのだが、場所を言わなかった彼へと怒りの矛先が向かう竜神なのだった。
 森が広いのか、同じ場所をグルグルと回っているのか。景色の変わらぬこの場所では、その判断すらし難かった。宛てもなく闇雲に走ればただ体力を消耗するだけである。それを狙ってMistyはこの場所を選んだのだろうかと思案する。同時に、そこまで考えがある連中なのだろうか、とも。彼らの行動には計画性と無計画性を感じるのだ。だが、彼らが一体何を考えているのかは未だに分からなかった。

 竜神はふと、つい1週間程前の事を思い出した。日付を数えるという手間を惜しむ彼なので実際に1週間かどうかは定かではなかったが、とにかくまだ最近である。竜神と涼潤がこの森に来て、まだそんなに日は経っていないのだ。それなのに、多くの事が起こりすぎた。
 涼潤の両親が殺され、自分も理不尽な力によって言葉と身体の自由を失った。それが5年前の事。5年の間感じていた苦しみと恨みと怒りは、言葉と自由を取り戻した今も竜神の心を縛り付けていた。自身の事はまだ、悔しいという言葉だけで片付ける事が出来る。けれど、涼潤に関する事だけは単純な言葉で片付ける事が出来なかった。彼女の近くにいたつもりだったが、彼女の事に気付いていなかった。だから今、彼女はこの場にいないのだ。苦しみを癒したいとは思うが、憎しみを力で解決して欲しくはなかった。
 気付けば言葉と自由を取り戻し、そして気付けば次の目的へと―――――涼潤を捜す事と、Mistyを止める事へと走り出していた。止まっている暇など無いのだと、無意識にそう感じていた。思考をあちこちへと巡らせて、不意にいくつかの事象が繋がる。不確定な事柄も多い所為でまだ正解には至らないが、それでも繋がった出来事は十分な仮説にはなり得た。バラバラに起きていた出来事は、きっともう無関係ではないのだろう。自分たちの親の死も、この森に人が集まった事も。

「とにかく合流だな」

 宛てはないがここに立っているだけという訳にはいかない。何かしなければ、何も進まない。誰でも良いから、誰かを見つけたかった。自分1人で結論を出そうなどとは、竜神は思わなかった。
 気を集中させ、周囲の空気の流れを読む。空気中に漂う水蒸気はふわふわと舞い、風と戯れていた。雨の上がった後で普段より多いそれらは、竜神の発する力に引き寄せられ急速に集まる。そして彼が溜めた力を空に向け放つと同時に、空気中に突如現れた巨大な水柱が空を貫いた。まるで大掛かりな噴水のようである。しかし数秒の間その場に静止していた水柱は、竜神が手を下ろすと同時に音もなく霧散した。細かな霧が、はらはらと地上へと振り落ちる。

『―――珍しい、お前が助けを乞うなんて………』

 聞き知った声が耳元で―――否、鼓膜を介さず直接頭に響く声で聞こえる。少し硬い、しかし落ち着いたこの低いトーンに、姿はない。そしてその正体についても言及した事はない。この声の主は、竜神が水を操る力を使う度に現れるのだった。

「助けじゃねぇ。ただの報せだ」

 不機嫌そうに姿なき者へそう言うと、その“声”はクスリと笑った。滅多に感情の変化を見せない“彼”の、珍しい一面だったが、笑われた本人は嬉しくも何ともないようだった。

「笑うな、行くぞ」
『承知だ、我が主』

 その声を最後に、再び声は沈静化する。消えたわけではない。気配を絶っただけであり、呼べばすぐに応えてくるという事は既知な事だった。幼い頃に初めて水の属性力というモノを知った時から、あの“声”は最も近くにいる存在だった。幼いながらも不思議と恐怖は感じず、寧ろ親近感を覚え今もこうして共に居る。水の守護者。本人はそう言っており、名前は聞いた事がなかった。“守護者”は話しかけてくる事はあっても意見に干渉してくる事はなく、竜神もそれに迷惑を感じた事はなかった。だからだろうか。近い存在である“守護者”がたまに呼ぶ、「主」という物言いには少しばかり戸惑う。従事されているわけでもなく、使役しているわけでもないのだ。そう言っても、“守護者”はその呼び方を止めようとはしなかった。

 水柱が霧散しきったのを確認すると、竜神はゆっくりと歩みを進め始めた。その足取りは段々とスピードを増し、やがて彼は一目散に駆け出していた。



***

「だったら、誰が悪いっつーんだよ」

 呆然と話を聞いていて、最後に出た言葉はそれだった。初めの方こそ相槌を打ちつつ聞いていたのだが、次第にそれすら出来なくなり、話を聞き終わった時には息を止めていた。溜め息と共に吐き出された言葉のあとには、何も続かなかった。遊龍は顔を上げ、目前の少女を見やる。長い話を話し終えた彼女は、俯いて口を引き結んだままだった。
 涼潤はMisty―――峻を追ってここまで来た。そして最初に襲撃を受けた時には、遊龍たちも標的となっており、その指示は峻によるものだった。だが実際話を聞いたら一体これはなんなのだろうか。誰が悪い?シズキという人物、だとしたら、それをシュンとルキ、つまり峻と秦羅は認めるという事なのだろうか。彼女の話では、3人の仲はとても良かったというのに。
 何が正義で、何が悪―――?
 涼潤の話だと、“冷気使いの秦羅”は酷く攻撃的な性格で、彼女曰く“ムカツク奴”だったそうだ。峻を恐れ、怯えていたと。しかし今遊龍の目の前にいる少女も、秦羅である。今の状態も、過去の話も。峻の事を嫌っているとも恐れているとも思えなかった。

「分からない。でも、シーズが一番の元凶である事に変わりないって、私は思ってる」
「シーズ?……それって、シズキって奴の事なんだろ。悪いって言えるのか?」
「シーズとシズキは違う。……違うって思ってる。閑祈は悪くない。でも、あの日を境に彼は自分をシーズって名乗るようになった。名前は呪詛になるなるからって。本当の名前を封じた。そんな奴だから、私はシーズが嫌い。偽物のアイツなんて」

 きっぱりとそう言い放って、秦羅はまた口を引き結んだ。目の前で苦しそうな顔をしているというのに、彼女が今何を思っているかだなんて遊龍には分からなかった。

「それから、シーズは共に堕ちると言った私と峻の記憶を消し去った。そしてその記憶を書き換えた」
「………」
「記憶を書き換えて、仲が良かった3人はバラバラになって。私は峻が嫌いで、峻は笑わなくなって。閑祈は、覚えてるのかどうかも分からないけど、少なくとも今のあいつは昔のあいつじゃないって事だけは確か」

 秦羅の表情は、何も変わらない。淡々とした口調で、まるでなんの問題もない発言であるかのように。遊龍は言おうとした言葉を思わず飲み込むが、溜め息の後にそれを吐き出した。

「記憶を消すとか、書き換えるとか…そんなのって…」
「さっきも言ったけど、出来るよ、あいつなら。強い魔術師らしいし。もちろん、あって良い事だとは思ってないけど。……六水竜神の力を封印してたのだって、シーズだし」
「………やっぱり」

 人の記憶だとか、性格だとか。弄って良いものなんかじゃない。そんな能力を持っていると聞いた時から、怪しいと思っていたのだ。竜神の身に起きていた事の原因も、彼に関係するのではないか、と。そしてそれはどうやら、当たっていたようである。―――シーズの目的が、尚更分からなくなる。手に入れたいものは、一体何なのだ。峻を助ける、それだけではなかったのだろうか。秦羅ですら知らない事を、遊龍に知る術はなかった。



「遊龍、あれ………」
「え?」

 ふと秦羅が声を掛け、空を指差す。その細い指の先には、一本の水柱。いつの間に出来上がったのかは気付かなかったが、高くそびえるそれは、太陽の光が反射してキラキラと光っていた。そっか、雨も止んでいたんだったと、空を見上げて思う。澄み切った青い空に、滅茶苦茶にこんがらがっていた気持ちが少しだけ落ち着いていくような気がした。
 パッと、水柱が霧散した。

「あれって、竜だよな…絶対」

 見た事のない光景ではあったが、その確信はあった。水から連想するのは、遊龍の知る範囲では竜神だけなのだ。彼の事だから危険な目にあって助けを求めている………なんて事はないだろうとは思う。しかしだからこそ、彼があんな目立つような行動をする理由が気に掛かった。あの彼が、どんな理由があれば彼が人を呼ぶのだろう。

「あいつから連絡よこすとか、めっちゃ珍しい事なんじゃねー?」

 思わず吹き出しながらそう言うと、遊龍は空と太陽を見比べ方角を確認する。太陽は傾き始めていたが、位置を調べるのに不便はない。水柱が立ったのはここから少し北に向かった辺りだろう。距離は少しありそうだが、まっすぐ行けば辿り着けるだろう。
 歩き出そうとして一歩出した足を、遊龍はすぐに止めた。振り返り、こちらを眺めたまま立ち止まっている少女を見やる。彼女はきっと、声を掛けないとその歩みを進めないんじゃないかと思った。

「なー、秦羅。お前も一緒に行くか?」

 はっと顔を上げる少女が、自分より年上だとは思えなかった。幼い子供のように怯えて、まるで小さくて。彼女の纏う哀しげな空気は、涼潤や光麗とはまた違う雰囲気を醸し出していた。このままここに置いたままでは、ダメだろうと思ってしまう。遊龍の問い掛けに、秦羅は真っ直ぐに彼と向き合った。

「私も……行く。アンタと一緒にいたら、峻たちとも会えるはずだし。あと………」

 最後の方は段々と口ごもり、言葉が聞き取れなかった。着いてくると言う彼女の言葉にほっとした遊龍だったが、次第に小さくなる言葉には少しの不安も感じた。何?と聞き返すが、それでもどこか言い淀んでいる秦羅だった。「なーに?」と繰り返すも、一向に彼女の声のボリュームは上がらない。進まない会話に遊龍が溜め息を零すと、少しの間を置いてようやく彼女は口を開いた。

「……秦羅は、私が私を呪う為に使った名だから…それに、シーズたちと堕ちた時に使った名前だから………、…それで呼ばないで欲しい」

 折角向き合っていたのに、秦羅は顔を背けてしまった。望む事があっても、それを人に頼むという事には慣れていないのだろう。ぶっきらぼうな言葉も無愛想な表情も、照れ隠しとしか思えない。素直ではない彼女の態度を、うっかり遊龍は可愛いと思ってしまうのだった。肩を竦めて笑うと、遊龍は頷いた。

「いーよ。じゃー……やっぱ流黄?」

 そう言って彼女を見る。しかし当の本人は、1つこくんと頷くと何も言わずに歩き出してしまった。と言うより、早歩きだ。半分走っているとも言える。一緒に行くと言った傍から、なんだか逃げられているような気分になる遊龍である。思わずポカンと少女の後ろ姿を眺めて、不意に我に返る。

「ちょ、ちょっと待てって!流黄!」

 慌てて遊龍もその後を追って走り出す。全速力で逃げられたワケではない。駆け足ですぐに追いつく距離を、遊龍は全力で走った。これ以上、苦しい思いはしたくない。させたくないから。
 傾いた太陽は、2つの長い影を作りだし、そしてその影たちは木々の中へと消えていった。



***

「あーあ、派手にやっちゃって………」

 呆れて霧氷はそう言った。腰に両手を当て、盛大な溜め息を吐きながら辺りを見渡す。彼の足下には大小様々な大きさの石が転がっている。雨亜はそれらの中から1つを手に取ると、陽に翳したりくるくる回したりと、興味があるのか無いのか、ずっと無表情で眺めている。霧氷がカツンと蹴ってしまった大きめの石には、なにやら彫り込まれたような跡があるがそれが傷なのか文字なのかは判断出来なかった。石は、竜神と烈斗が砕いた、あの石碑の残骸だった。

「コレって、“歴史的資料”なんじゃなかったっけ」
「しっ、仕方ないじゃん!気付かなかったんだから!」

 ぼそりと呟く雨亜に対して甲高い声で必死に言い訳するのは、石碑を砕いた張本人、烈斗である。自分のやった事は理解しているのだろうが、どうやら責められるとムキになるようで、隣で宥める真鈴を置いてひたすらに雨亜へと突っかかっていた。
 霧氷と雨亜がこの場所へ戻ってきた時、真鈴と烈斗はまだ同じ場所に残っていた。砕けた石碑の前でただ佇み、雨が降ってきたからと言って木陰へと移動し。それ以外に行動範囲の変化はない。膝を抱え込むように座り込んでいた真鈴を上から見下ろして、「何してんだ?」と先に声を掛けたのは雨亜だった。思いもしなかった人物の登場に驚いた真鈴だったが、彼の連れに霧氷が居た事にもまた驚いた。一応、とは付けたくなるものの雨亜はMistyのメンバー。そして霧氷は、見たところ直接的な関係はない傍観者である。しかし「知り合いだったの?」と問い掛ければ、戻ってくる答えは揃って「腐れ縁だ」だった。
 真鈴は事のいきさつを話し、遊龍と竜神は光麗と涼潤を捜しに行ってしまったと、霧氷たちに伝える。霧氷は、「竜神には会った」と答えたが、それ以上の進展は4人とも掴めていないままだった。

「で、あんた達はMisty、どうすんの?」

 座り込んだままの真鈴と烈斗を振り返り、雨亜が問う。やる気無さ気な投げやり口調だったが、真鈴には答えを出す事も反論を唱える事も出来なかった。この問題を、今一番彼女は悩んでいたから。反射的に口を開くが、続く言葉はなかった。口を引き結び、俯く。

「オレは…っ、オレっちは、峻サマを捜す」

 口を噤んだ真鈴に代わり答えを出したのは、烈斗だった。言い訳を喚いていただけだった彼は、いつの間にか先程より落ち着いた表情へと変化している。どことなく思い詰めた雰囲気を纏っているのは、恐らく彼の出した答えに理由があるのだろう。峻を捜す、と。曖昧ではあるがはっきりとした言い方である事に、その場にいた3人は少なからず驚かされる。

「だってオレっち、峻サマの事が好きだから……峻サマは悪い人なんかじゃないって信じてるから…!だから、捜すんだ」

 途切れがちに、それでも見失うことなく信じている事柄を少年は叫んでいた。真鈴も、雨亜も、烈斗がMistyに居る理由を知らない。峻の元へとやってきた経緯も知らない。だが自分たちの知らない峻を、きっと彼は知っているのだろう。だからこんなにも彼の事を、信じているのだろう。今更理由を聞きただそうとも思えなかったが。

「そうね、うん。私だって峻くんの事、好きだから。だから捜すのよね。……とりあえず合流しないと。シーズの奴、何考えてるんだか分からないんだもの」

 烈斗の言葉に頷いて、真鈴は立ち上がった。その後も言葉には出さずに数度頷き、己の考えを纏めているようで。様子を見ていた霧氷と雨亜は顔を見合わせると、肩を竦め、ふっと笑った。両手をグッと握るのは、烈斗だった。

「私たちがしていた事って、なんだったんだろう。峻くんの言う事に従って………何の為にやっていた事なんだろ。ちゃんと聞かないと」

 口ではそう言う真鈴だったが、実際の所思う事は1つだった。彼に、会いたい。



「んじゃ、どうする?」
「え?」

 さて歩こうか、といった雰囲気の中、両腕を上げ大きく身体を伸ばしていた霧氷は、そのままの体勢で真鈴へと問い掛けた。主語のない言葉に、真鈴は首を傾げる。

「お前ら2人で行く?それとも俺らと行く?」

 問い掛けの意味を解説された後も、真鈴は思わず首を傾げてしまった。彼女の中では、てっきり彼ら2人が着いてきてくれるものだと思っていたから。というより、そういう雰囲気だったじゃない、と彼女は胸中で喚いた。

「い、嫌なら私たち2人で行くけど、でももし戦闘とかになったら、私たちだけじゃ回避出来ないし………だから」
「だから守って欲しい?」
「!」

 霧氷に向けて話していた真鈴の視線は、パッと彼の横へと逸れる。投げ掛けられた疑問系は、雨亜によるものだった。
 
「……っ、言い方悪いわねぇ、一緒について来てって言いたいのよ」
「お前らが着いてくるんだろ?」
「なっ、何よ、どっちも変わらないじゃない。性格悪いわねぇ」
「変わるだろ。守って下さいとか言えよ」
「誰が言うもんですかっ!」

 突然始まった雨亜と真鈴の言い合いに、烈斗はポカンとし、雨亜の性格を知っている霧氷は笑いを堪えるのに必死だった。真鈴や烈斗からすれば、あまり話す事の無い、悪く言えば浮いている存在だった雨亜が、こんなにも喋ってくるとは思ってもみなかったのだ。コイツの性格は昔っからだ、と小声で霧氷は烈斗へ伝えた。ふん、と真鈴が顔を背けた事で、どうやら言い合いが終わったであろうという事を知る。小さく吹き出すように笑ってから霧氷は一息つき、全員へと声を掛ける。

「んじゃ、行きますか」
「場所の見当は付いてるの?」
「あぁ、雨亜がな、竜神の出した目印見つけたらしい。まずはあいつらと合流すりゃ、他とも会えるだろ」

 黙ったまま2人の会話を聞いていた雨亜は、霧氷の言葉が切れたのを確認すると先に歩き出した。その後に烈斗が続く。身長差がある所為で、大分歩幅にも差がある。彼らの後ろ姿を見ながら、真鈴はぼんやりと思った事を口に出していた。

「なんだか変なの。この間会ったばかりで、その上標的だった人たちと一緒に行動するだなんて。1週間でこんなにも立ち位置って変わるものなのね」
「さぁな。ま、そんな気にする事でもねぇだろ。全ての物事はなるようにしかならないんだから」

 そう言いながら、霧氷も歩みを進め始める。最後に足を動かしたのは、結局真鈴だった。置いて行かれないようスピードを合わせ、霧氷の横へと並んだ。真鈴が隣に来たのを確認すると、霧氷は「それと」と言葉を紡いだ。

「ホントの黒幕がやっぱり峻って奴だった、だとしてもお前平気?」

 何気なく投げられた仮説に、真鈴はドキリとする。悪をシーズだと決めつけて、それで不安を隠そうとしていた事は事実である。そして現実は、シーズが悪だという事が言い切れなければ、峻が悪ではないと言い切れる決定的な証拠も、持っているわけではない。何もまだ、分からないのだ。

「どうだろう、分からない。……でも、私は峻くんを信じる」
「そ。お前がそうならそれで良いけど。どうであれ、現実はちゃんと見届けろよ」

 パチクリと。目を瞬かせ、真鈴は物珍しげに霧氷の横顔を見やった。適当で軽い奴だと思い込んでいた彼は、意外な程しっかりとした言葉を投げ掛けていて。自分でも気付かぬ内に、グルグルと渦巻いていた不安は随分と軽くなっているのだった。烈斗の言葉が発端ではあるが、彼の言葉もまた、自分の答えを導き出す事に一役買っていた。

 振り返って「早くー!」と叫ぶ烈斗と、背を向けながらも足を止めている雨亜を追って、霧氷と真鈴はスピードを上げて歩み始めた。