Encounter -Another-

IN アクマリカ役所
「仕事がないーっ!?」

 シャオク大陸最大の街アクマリカ。
 その街の一角でそんな声が聞こえた。

「アクマリカは最大の街だろ?仕事が無いわけないだろっ!」


 旅の者や生活に困った者は、大抵この役所で仕事を探す。街が大きく人口が多くなると、仕事を探す者が増えるが、その分人手を要求する仕事も増える。

 仕事内容は様々で、1時間も有れば終わってしまうような楽なものから、何日もかけて生きるか死ぬかを問うような難しいものまである。もちろん仕事が難しい程報酬は高い。

 ちなみに、仕事が難しすぎて途中放棄する場合や、命を落とした場合など、依頼された仕事が達成できなかったときは、報酬が貰えないばかりか、次からの仕事が貰いづらくなってしまう。当然と言っては当然だが。

 仕事を無理矢理押しつけることはほとんどない。できる、と言って引き受けて、できませんでした、となるとその者の信頼も落ちるし、仲介した役所の信頼も落ちる。そういうわけで、何度も失敗すればその分引き受けられる仕事も減る。


 しかし。


「俺はちゃんと仕事やってるだろっ!なんで無いんだよ!」

 役所の受付でわめいている茶髪の青年、迅夜は、かつて仕事を失敗したことはない。共に仕事をしている、長いグレイの髪の青年、左翊も同じだ。左翊も横で不思議そうな顔をしている。

「そう言われてもねえ。本当に無いんだよ」

 役所の受付人の男が、依頼一覧を差し出した。確かに一覧は空欄だらけで、数少ない依頼の文字の上には、引き受ける人が決まったことを示す「決」や既に終了したことを示す「済」の文字が赤々と書かれている。


「なんでこんなに少ないんだよ…」

 さすがに一覧を見せられると反論のしようがない。

「仕方ないんだよ。丁度タイミングが悪かったんだ。諦めろ、迅」

 何度も迅夜たちは役所を訪れているので、受付人とは仲がいい。こんなにフレンドリーに話せる一般人は、彼ら以外にはいないだろう。仮にも彼は役人で、役人は兵役をこなした者でないとなる事は出来ない。

 左翊は諦めたようで、役所を出ようとしていた。

「帰るのかー?どうするんだよ、宿代、今夜で終わりだぜ?」

 今2人が泊まっているのは、さほど高くはない宿だった。だがそれも、1月も滞在すれば金額もそれなりにかかるわけで。日払いをしているため何とかなっていたが、さすがに所持金に限界は存在する。
 迅夜は帰る気全く無しの様で、左翊の方を眺める。

「待っていたら仕事が来るのか?」

 口数少なく、抑揚のない返事が返ってくる。左翊は、話すことをあまり好まない。その左翊の返事にもっともなものがあり、ぶぅーと、駄々をこねる子供のように、迅夜は頬を膨らませた。そして諦め悪く、最後の望みをかけてもう1度依頼一覧に目をやった。もちろん内心には諦めの気が混じっていたのだが、ふと、赤文字の付いていない文字を見た…と思って気付く。

「おい、うっちゃん。これ、この依頼、まだOKじゃねえ?」

 呼びかけられた“うっちゃん”とは受付人のことだ。単純に、“受付人”だから“うっちゃん”なのだそうだ。ちなみに、迅夜も左翊も、彼の本名を知らない。いや確か、初対面の日にうっちゃん呼びをして訂正されたような気もするが、そんな細かい事〜などと言っていたせいでまるっきし脳裏に残ってはいなかった。

 受付人が迅夜の指さす所を見る。左翊も戻ってきてのぞき込む。
 迅夜の指す部分には、


『依頼。
 盗賊ルジールから金品を護る。
 可能なら彼らの捕獲。
 報酬は成果による。
 依頼主、オーグ・皐戸』


「皐戸!?」

 迅夜と左翊は顔を見合わせた。

 皐戸家と言えば、シャオクでも有数な金持ち一家。彼らの総資産はいくらあることか。本当かどうか分からないが、大豪邸の半分以上は、金銀宝石で埋まっているとかいないとか。

 とにかく、そんな金持ちの依頼と来たら、報酬は大量なはずだ。迅夜は目を輝かせた。

「ちょっと、2人共。皐戸さんより、こっち見たらどうなんだ?」

 受付人が、呆れて2人の意識を自分へと向けさせ、そして依頼書の一部を指さす。それは、“盗賊ルジール”の文字だった。

「こっちの方が大事なんじゃないか?」

 迅夜も左翊もそちらを見る。が。

「…ルジールって何?」

 迅夜があっさり返した。

 ゴンっ

 受付人は机に頭をぶつけた。どうやら彼には予想外すぎる答えだったようだ。

「もしかして、誰だか分からず依頼を受けようとしたのか?左翊まで」
「「………」」

 2人して黙った。受付人は、はぁとため息をつく。

「いいか、ルジールってのは、最近アカラキ辺りに出てきて街を騒がせている盗賊だよ。秋月さんのとこまでやられたらしい」
「え、まじかよ」


 秋月とは、海辺の街アカラキで有名な人物だ。なぜ有名かというと、1つは皐戸家と同じ理由だ。秋月は1人暮らしだが。そしてもう1つは、家中に張り巡らされた“超最新鋭の完全警備で盗難対策はバッチリ”を謳う豪邸の所持者と言う事。その秋月宅が盗みに入られたということは、その最新鋭の完全警備が破られた、という事だ。ルジールという連中は、それほどまでの技量を持ち合わせている事になる。

 備考に、秋月は常に勝ち気であることでも有名で、財産を盗まれても、
『まだ残っているから大丈夫だ。ルジールの奴らも盗むなら全部持っていけば良かったものを…ハッハッハ…』
 などと言っているらしい。それを聞いて、呆然としていた迅夜たちの表情は呆れへと変わった。


「秋月さんのとこだけじゃない。もう何件も被害に遭ってる。しかし彼らの足取りは全く分からない。分かっているのは、奴らが2人組で、ルジールと名乗っている、それだけだ」

 しかも狙われるのは金持ちばかり。受付人はそう付け足した。それで皐戸一家は、『次狙われるのはうちかもしれない』と思い依頼したらしい。


「なるほど。それでこの依頼を受ける奴がいないのか」

 左翊が珍しく自分から口を開いた。

「?どゆこと?」
「……。そんな盗賊、捕まえられない確率の方が高いだろ。下手に引き受けて失敗すれば、仕事が無くなるだけだ」
「あーなるほどー」

 迅夜がぽんと手を打つ。左翊はそれを見てやれやれとため息をつく。その様子に、受付人は微かな笑いと微かな呆れを滲ませる。

「やっぱ左翊は賢いなぁー。迅夜とは大違いだ」
「悪かったな」

 受付人の言葉に、即答した後またもやぶぅとふくれる迅夜。左翊と受付人は顔を見合わせて息を付く。が、今度の迅夜の復活は早かった。

「で、左翊はどうする?」

 突然話を振られた左翊は少し驚いたようだったが、迅夜の性格を把握していればなんの事を言っているかは容易に分かる。彼の中では答えは決まっていた。

「もちろん」 と左翊。
「「やるに決まってる」」 と2人。
「よなー」 と迅夜。

 見事意見は一致。
 受付人は、本日2度目、頭をぶつけた。

「お、お前らなぁ……」

 てっきり断るものだと思っていたので、不意打ちだった。そして同時に、この2人のシンクロに呆れながらも感心する。

「断っておけよ。こんな連中相手にどうするんだ?」

 信頼云々より、彼らの身を心配しているらしい。姿も見られず、手際よく盗みを働くルジールが、危害を加えないと断定することは出来ない。相手が何者かも分からない状態だと、危険度は増す。それで受付人は止めているのだ。

 しかし、迅夜も左翊も断る気全く無しで、むしろ引き受ける気満々だった。彼らのやる気に満ちた表情に、受付人は負けた。やれやれ、と依頼承諾書を引き出しから出しながら思った。2人の性格から、依頼の大変さの証拠を並べた時点で、断る事はないと気付くべきだった。

「後で後悔しても知らないよ」
「大丈夫大丈夫。後悔なんてしないしない。それに、財宝護るだけでもいいんだろ?平気だって」
「そうだな。むしろルジールの方だろう、後悔するのは。俺たちを敵に回して」
「はいはい」

 いくらなんでも迅夜は軽く見過ぎていないか。あまり喋らずおとなしい左翊も、仕事となると張り切る。しかも今回はやたら張り切っていないか?

 色々と考えつつも、依頼承諾書に2人のサインが既に書かれた事に気付くと、ぶんぶんと頭を振り考えを打ち消す。こうなったらやってくれる事を信じているしかない。


 依頼一覧表には、赤々とした「決」のハンコが押された。