Encounter -Another-

IN オーグ邸
「思ったんだけどさ」


 不意に声をかけたのは迅夜。かけられたのは左翊。


 あれから3日。役所の方が人手不足だったらしく、手続きの為に3日も要してしまった。自分たちで直接オーグ邸へ向かうと言っても、「規約だから」と、役人に断られてしまう。役所経由はこういう所が面倒なんだ、と、迅夜は散々左翊に愚痴をこぼした。
 そのせいで所持金は底をつき、金欠事情を宿の主人に話し、なんとか宿代の滞納を認めてもらうという、情けない結果になってしまった。

 そして3日経った今日、やっと役所から連絡が入り、こうやってオーグ邸へと向かっていることとなる。
 大抵の富豪家は、街の中心から離れた閑静な土地にその豪邸を構える。オーグ家も例外ではなく、しかも役所のある中央広場から、ご丁寧にも一番遠い土地へと豪邸を所持していた。歩いて半日は間違いなく掛かるだろう。
 今2人が歩いているのは、静かな道。道、という以外に表現方法はなく、本当に、道しかない場所を歩いていた。道はレンガで舗装され、周囲は緑が溢れている。一定間隔に植えられている樹木を見ると、これは並木道として作られたものなのかもしれない。時々左右に延びる道があり、その先が各豪邸へと繋がっているのだろう。小さな道それぞれが、綺麗に舗装されていた。


 声をかけられ、左翊は迅夜に視線を向ける。

「なんだ?」
「あのさ、オーグさんの家って…どこ?」
「…は?」

 唐突な、問題提議。歩き始めて大分経っていた。午前中に宿を出たはずが、明らかに昼を過ぎている。

「や、ほら、オーグさん家って広場から一番遠いんだろ。だからこの道真っ直ぐ行けば着くのかなーって思ってたんだけど…」

 そう言う迅夜の目前には、アクマリカのシンボルであるレグの大木。レグの木は不朽の木と呼ばれ、繁栄の象徴である。そのことからアクマリカのシンボルとして、重宝されている…らしい。
 が、そんなこと今の2人には関係なく。
 レグの木は街の外周5ヶ所に植えてあり、街の守護を表している、という話がある。ということは、ここから先は街の外なのだ。

「ちょっと待て、場所分からないで来てたのか?しかも間違っていることすら気付かずに…」
「……悪ぃ…」


 盛大に溜息を吐くと、左翊は踵を返す。

「どうせサイも分かんないだろ?」

 そう後ろから掛けられた声に一瞬動きを止めつつも、彼は振り返らずに歩み出した。

「…地図を用意するか役所で聞いてくるかすれば良かっただろ…」

 そう呆れつつ、自分の非も認めつつ、結局また2人で中央広場へと戻ることになった。


×××××


「これってもしかして多分要するに…迷ってる?」
「…認めろ、迅。もうその台詞も6回目だ」

 こんな会話が聞こえてきたのは、陽も傾き始めた頃。疲れ切ったその声音たちには、幾分諦めも含まれている。

 2人はUターンをし、来た道を戻っているはずだったのだが、どこをどう間違えたのやら、いつまで経っても中央広場へ出る気配がない。辺りの景色は既に並木道ではなく、農道と化していた。

「………。アクマリカって広いんだな…」
「何を今更。王都トレイトよりも大きな街だ。当たり前だろう」

 ぼやいた迅へ、左翊は冷静に言葉を返す。この相方は、本当にこういう点では考え無しだ…。
 ちなみにトレイトはアクマリカの南方に位置する街で、王都という名に相応しく立派な城を構えている。アクマリカの方が広い街というのは、元々アクマリカが王都であったことの名残で、アクマリカにあった城が火災によって焼け落ち、その後トレイトへ王都が移ったのはかれこれ50年程前の話である。


「俺ら、帰れるのかなぁー」

 迅夜はもう何度目かになる呟きを零す。それ以外に言うことがない。


「てかさ、街の中で野宿ってなんなんだろうな…」
「さあな」

 もうそろそろ陽が沈むのではないかという時間にまでなってきた。つまりもうすぐ、夜。2人からは焦りという文字が消え、既に野宿の相談体勢になっていた。
 今の景色は平野。一体全体何故に街の中に平野があるのか疑問だったが、左翊に言わせると、『富豪家達へ売る為の土地』なのでは、とのこと。所有土地にしてはあまりにも荒れすぎているからだ。ただ、平野の先の方には建物が見えるので、とりあえずはそこを目指せば大丈夫ではないかと踏む。



「あらぁー、迅夜さんに左翊さんじゃないですかー?」

 突然声を掛けられたのは、平野に踏み出して10歩ほど進んだ頃。後方から掛けられた声は中性的な声で、つい先日聞いた、まだ記憶に新しい声だった。
 2人同時に振り返ると、先程2人が歩いていた歩道には、セミロングの金髪をなびかせる青年がいた。

「あれ、えーっと………影凛さん!」
「当たりですー、覚えて頂けたなんて光栄です」

 迅夜が答えると、影凛は嬉しそうに微笑む。絶対に、男じゃない。

「お2人ともこんな所で一体何をなさってるんです?トレイトへ行かれるんですか?」
「「………トレイト?」」
「てっきりお2人はアクマリカにおられると思っていたんですが…」
「や、ちょっと待って、え、ここどこ?」

 話し続ける影凛を遮り、率直に迅夜は尋ねた。この際格好悪いとかそういうのは無しらしい。

「え?ここですか?ここはゼンの平野ですよ。アクマリカとトレイトの間にある…」
「…もしかしてここって、アクマリカじゃない…?」
「えぇ、アクマリカはそこまでです」

 振り返って指さす先には、先程の歩道。そういえばよく見るとしばらく先へ行ったところにレグの木がある。それはつまり。

「つまり俺たちは中央広場へ行こうとして、街の外周を歩いていたんだな」


 固。





 沈。


「なんで気付かなかったんだぁー!!」
「………」
「あははははははっ」

 物凄い事実に気付き、絶叫と絶句。そして爆笑。
 涙を浮かべながら爆笑している影凛に、情けなくなり迅夜はまた叫ぶ。終わらない。
 叫びと笑いが治まるまで、肩を落とせるだけ落とした左翊は辛抱強く待つしかなかった。


×××××


「えーと、じゃあ、お2人はオーグさんのお宅へ行きたいのですね」


 しばらくしてその場が治まると、急に辺りがシンとしたような気がした。周辺には民家もなく、店もなく、誰もいない。加えて、陽が沈んだ。辺りが闇に包まれるのも時間の問題だろう。

 影凛に道の相談をし、オーグ邸が近ければオーグ邸へ向かう、中央広場が近ければ中央広場へ向かう、と決まったようで、尋ねられた影凛は顎に右手を添え、ひとしきり考えると答えを出した。

「そうですねぁ。ここからだったらオーグさんのお宅の方が近いと思いますよ。あのレグの木のある場所から延びる道を真っ直ぐに西へ向かっていけば、明かりが見えるはずです。あ、私地図も持っていますし、差し上げますよ」

 簡単な説明ではあったが、とりあえずはオーグ邸が近いということにほっとした。しかも地図付き。

「よっしゃー、マジありがと!良かったーコレでやっと見つけられるー!」
「全く…」

 心底呆れかえっている左翊の反応にむっと来た迅夜は、ふととある事を思い出し軽く笑う。

「……。そーいやさっきさ、あの平野見てサイ、売買用の土地って言ったよな?」
「………言ったか?」
「言 っ た !」
「…とにかく、早く出発しないと日が暮れるな」
「逃げるなっ」

 迅夜の手から地図を取ると、そのまま早足で歩道の方へと戻っていく。それを慌てて迅夜は追いかけた。

「あ、影凛さーん、マジサンキュ!助かったぜー!またなっ」

 振り返り際、礼を言わない左翊の分までか、声を張り上げて叫び、影凛へと手を振った。そしてその間も進んでいく左翊の後を追いかけ、あっという間に道を曲がり、その姿は見えなくなった。

 その場に佇む影凛はきょとんとしつつも、すぐにその表情を消し、再びいつもの微笑を浮かべる。

「本当に、面白い方達です。楽しみですね」

 踵を返すと、ゼン平野へと歩みを進めた。
 が、すぐに足を止めると、再び振り返り、2人の消えた方を見やる。



「黒翔さんが認めている方々です」




  力不足でしたら、許しませんから ――――





 × × ×


「2回目の遭遇。一月アクマリカにいて一度も見なかった顔。読めなさすぎる気配。妙にフレンドリーな態度…」

 先程からすぐ横で指折りブツブツと呟いている相方を見やる。その様子は、さっき叫んでいた様子とはまるで違い、こういう点では、普段の彼の性格を疑う。

「…。だだっ広い平原に1人で立ってた。店の中になーんか妙な空気が漂ってた。…やっぱ怪しいよなっ」
「は、え?あ、あぁ」

 前置きなしに急に話を振られた。独り言を聞いていたから返事が出来たものの、聞いていなかったら返事は出来ない。そういうことを考えているんだろうか、彼は。

 足を止め、左翊と面を向かい合わせ、迅夜は急に溜息をついた。

「やりづれー!アイツら相手ってやりづれーっ!」




 だから迅夜は侮れない。決して、子供なんかじゃない。 こういう点は―――




×××××


「はーい、情報せーりー」

 ベッドの上にメモを散らし、迅夜がそう言った。隣のベッドに座っていた左翊が寄ってくる。

「依頼はオーグ邸にある財宝の護衛。さらに可能ならばルジールの捕縛。期限を設け、その期限は一月………て、簡易説明となんら変わんねーだろ詳細説明ー!」
「…そらな」


 なんとかオーグ邸に到着したのは星明かりちらつく頃。影凛と分かれてからしばらく歩き、そう掛からない内に到着することが出来た。迎えたのはオーグ邸に住み込みで仕えている召使いで、2人の疲れ切った様子を見て真っ先に個室へと案内してくれた。どうやら泊めてくれるらしい。
 少し時間の経った頃、夕食に呼ばれ、その夕食の席で主人から直接依頼内容を聞かされた。さすがに食事中にメモを取るわけにもいかず、2人で必死に暗記したのだが、内容はほとんど簡易説明と変わりなく、加えられたのは報酬と期限、住み込みに関することだった。

「まー期限設定一月、1日25000セル×2人分、てのは嬉しい追加事項だけどな。けど住み込みって…どんだけ拘束されんだよ…」

 いつ盗みが入るか分かるわけないので、依頼期限の間はこのオーグ邸に住み込むように、とのことで、つまりこれから一ヶ月、ずっとここに住むということになる。

「この家に仮住まいか…。居心地悪いな」

 左翊は顔をしかめると、ほとんど吐き捨てるに近い物言いで言った。 普段から安い宿ばかり選んでいるので、いきなりこんな豪邸に住めといわれても戸惑ってしまう。なにより、広さに慣れていない。
 迅夜は興味深そうに部屋の壁やら天井やらを見回すと、左翊のその様子に気付き、苦笑する。



「オーグさんに言って、一番小さい部屋にしてもらおーぜ」