The evening in July
「さーさーのー葉ーさーらさらー」
「のーきーばーに揺ーれーる」
「「おー星さーまーきーらきらー」」

 楽しそうに歌を紡ぐ声。
 大きいとは言えないが、少女達の身の丈程の笹は、色とりどりの色紙によって着飾られている。
 強くも弱くもなく、心地よい風が笹を揺らす。
 今日は珍しく澄みきった蒼天が見えていた。
 ここのところ毎年雨だったから、雲のないこの晴れ空は嬉しい。

「「きーんーぎーんーすーなーごー」」

 昨日は雨で、今日の朝も曇っていたので心配したが、午後になると雨雲は太陽に席を譲った。
 西に傾き始めた陽も嬉しかったが、やはり早く夜が来て欲しかった。
「ねー、短冊、なんて書くの?」
 少女の1人が聞いた。
 もう1人の少女は飾り付けをしていた手を下ろすと、尋ねてきた少女に顔を向ける。
「うーん、今年こそは“アレ”に成功するぞっ!とか?」
 答えながら少女は笑う。
 本気なのか冗談なのか判断しがたい。
 でもこれはもう何年も言っていることなので、尋ねた少女にはちゃんと通じる。
「それ毎年言ってるよー。今年こそは実行してよねー、槇」
「そうなんだけどねー。どーせ書けないんだよなぁ。峡、絶対来るし」
「あははっ、そうだね」
 笑いながら、再び飾り付けを始める。風が吹いて飛びそうになる輪飾りを、どうにか押さえて。
 2人ともそこまで背は高くないが、笹もそんなに大きくないので難なく先まで飾れた。

「そーだ、るーは?短冊、何書くの?」
 今度は槇と呼ばれた少女が尋ねる。
 “るー”と言うのは愛称だろうか。少女が振り返る。
「って、決まってるか」
「…うん」
 少女が答える前に槇が言う。実際それは当たっていた。
「翔、早く退院出来るといいのにね」
「うん。槇も、今年こそは峡くんに告白しなよ?」
「……う…うーん……」

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「まーきー?いるかー?」
 太陽も沈みかけてきた頃、少年達の声がした。
 飾り付けに疲れて家の中に入っていた槇たちは、すぐに飛び出してくる。
「遅いぞーっ、男共っ!!飾り付け終わっちゃったよ」
 出てきた槇の第一声はそれ。
 食べ終わったアイスの棒をくわえたまま、びしりと人差し指を向ける。
「悪ぃー悪ぃー、寄るとこあったんだよ、なー深次?」
「え、あーうん、そうそう。あ、流衣ちゃんも来てるね」
「うん。もう2人で飾り付けしちゃった。ほら、2人も早く短冊書いた書いたっ」
 るー、こと流衣は、少年2人、峡と深次の背を押して家の中に上がらせようとした。
 そして、門の所にもう1人の姿があることに気付く。
「……は、はろー」
 右手を挙げながら小さな声でおどけて見せたその少年だったが、流衣の表情は止まったままだった。
 が、その表情もすぐに動き出す。
「翔君っ!」
 声を上げながら少年、翔に流衣は飛びついた。
「わわっ、危ないって…」
 突然のことにビックリしながらも、翔は足に力を入れ、流衣を受け止める。
「どうしたのっ?大丈夫なの?!」
「うん、調子がよかったから。峡たちがさ、先生たち説得してくれたんだ」
「やったー!一緒に七夕出来るねっ」
 嬉しそうに話している流衣を見ていると、槇もなんだか嬉しくなってくる。
「だからあんたたち、来るの遅かったんだ」
「そーゆーこと」
「見直してくれた?槇さんっ」
「さーねー」

 久しぶりに、病室以外に5人が揃った。
 いつもは翔が欠けていて、揃うときは彼の見舞いに病室に行ったときくらいだったから。
 流衣と翔は幼馴染み同士で、恋人同士。
 元気な翔の姿を見ている流衣は、本当に嬉しそうに笑う。
 その様子を見ているのが、槇は好きだった。

 夏の陽は長い。
 7時になったというのに、まだ辺りは明るかった。
 明るくては星見も花火も出来ない。
 それでも、5人いると言うことで槇の家は賑やかだった。
 5人の家の中間地点にあるという理由で、槇の家はよく集合場所になった。
 それに広い庭もあるので、バーベキューにはもってこいだった。

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「あ、一番星みっけ」
 最初に見つけたのは、流衣だった。
 スイカを頬張りながら、ずっと空を見上げていたからだろう。
 その声につられて、皆が顔を上げる。
「ホントだぁー」
「あ、あっちにも発見」
「けっこういっぱい出てきたな」
「もう少ししたら天の川も見れるんじゃない?」
 口々に話す彼らの会話は、どんどんと話題を変える。
「短冊、なんて書いたの?」
 深次がふと思いついたように言う。
 皆バラバラに書いて飾り付けたので、なんと書いたのか分からないらしい。
 槇と流衣は顔を見合わせて笑う。
「「内緒ー」」
「なんでだよー」
「いいじゃん、秘密で。願い事は秘密にするもんだよー」
「ずるいって……あっ、流れ星っ!!」
 叫んだ峡が指さす方に、全員顔を向ける。
 流れ星の早さに追いつくわけもなく、見れたのは峡だけだった。
「峡やんずるいーっ」
「何言う深次、すぐに見ない方が悪いんだろ?」
 峡に言い寄る深次は、真剣だった。
 短冊の願い事だけでも足りないと言うんだろうか。
「あ、さそり座発見」
 次に言ったのは翔だった。
 宇宙が好きで、病室にはいつも天文関係の本が置いてあった。
 ずっと星座を探していたのだろう。
「えーっ、どこどこっ?!」
「ばーか、慌てなくても星座は動かねーよ…」
「峡やんひどいっ!」
「あーはいはい」
「「「あははははは」」」
 他愛もない会話に、ずっと笑っていられる。
 だから楽しいんだろうな。


 風に揺れる笹の葉に、揺れる短冊が5枚。

『彼女ができますよーに!!!  峡』
『槇さんともっと仲良くなれますように。  深次』
『流衣が元気でいますように。  翔』
『打倒 深次!  槇』
『みんなずっと仲良しでいられますように。  流衣』

 そしてその陰になるように立っている木に、小さな短冊が2枚。

『今年こそ峡に告白出来ますように』
『翔君が早く元気になりますように』

 星にとっては小さな願い事かもしれない。
 でも私たちにとっては、とっても大きい願い事なんだ。

 だからお星様、願い事、少しでもいいから叶えてくださいね。