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タグ: 一宮峡

お題:線香花火

パチパチと音の鳴る花をじっと見ていた。
いつか終わってしまう事も、その時が案外あっという間にやってきてしまう事も頭の中では分かっていた。
けれどその同じ頭の中で、ずっとずっとずっとこの音が鳴り続いていればいいのに。そう思っていた。
火花が飛び散り、その反動で花は小さく揺れている。
微かな振動がじんわりと指先に伝わってきて、あまり揺れるな、と念じた。
念じたって、祈ったって、何も変わる事はない。そう分かっているのに。
「深刻な顔しすぎだって」
急に声を掛けられて、ビクッと腕を大きく揺らしてしまった。
慌てて手元を確認すると、そこにはまだ必死に咲き続ける花が揺れていた。
バレたくなくて、小さく小さく息を吐いた。それから返事をした。
「なんか、夢中になっちゃって」
しゃがんでいた自分の隣に、声を掛けてきた人物―――峡もしゃがみ込む。
さっきまで向こうではしゃいで騒いでいたのに、こういう時だけ声が全然違う。そう気付いていた。
峡はしばらく何も言わなかった。
ただじっと、手元に揺れる花を見ていた。
邪魔するわけでもなく、競うわけでもなく。ただじっと、見ているだけだった。
そしてやがて―――ぽとんと最後の命が落ちた。呆気ない終わり方だった。
目一杯咲いて咲いて咲いた花は、何も残さずに終わっていった。
「綺麗だったな」
峡はそう話し掛けてきた。
きっと、何を思っていたのかくらいは見通されている。
きっと、それを分かってて隣に来て、一緒に眺めて、言葉を選んでる。
期待しすぎている部分がありそうな気もしている、でも裏切られはしないような気がしていた。
「うん。綺麗だった」
こくんと頷いて、そう答えた。
「何も残らなくてもさ、いっぱい盛り上がるし、綺麗だし。ずっと覚えていられるよな」
しゃがんだまま、こちらを見ることなく峡は呟いていた。
話し掛けるのと同時に、それは自分に言い聞かせているようにも見えた。
「うん」
それには、頷く事しかできなかった。

+++++
15分

Chestnut

お題:風鈴

人気の少ない路地だった。
道路、塀、固いアスファルトに閉ざされた一本道に、真昼間の太陽を遮る物は少ない。
空のど真ん中にいる太陽は、あちこちにとても短く狭い影しか作っていなかった。
道の両脇は民家。けれど静かなその道には不思議と全ての生き物が存在していないような空気が漂っていた。
そのじりじりと焼かれるような道の中を、両手で自転車を押しながら歩いていた。
本当なら自転車を力一杯漕いでこんな道をあっという間に通り過ぎてしまいたかった。
けれどぺたんこに潰れている自転車の後輪は、それを許さなかった。
峡は深く溜息を吐き、そして諦めて一歩一歩踏み出していく。
歩き始めてすぐに汗の滲み出した額や首元は、今は既にぐっしょりと濡れている。
拭う事は無駄だと分かっていたので流れるままに流していた。
この道を抜けたら大通りで、並木道。そこまで辿り着ければ日陰は増えているだろう。
それだけを頼りに、峡は歩き続けていた。
そんな峡の耳元に、チリンと軽い音が届いた。思わず足を止める。
辺りを見回しても民家の塀が見えるだけで、動くものは何も見えない。
チリン、もう一度聞こえた。
聞き覚えのある音だった。
風が吹く度に涼(の気分)を味わえる、夏の風物詩。
ぐるりと辺りを一周、二周見回したが、結局峡にはその音がどこから聞こえてきているのかは分からなかった。
音はすぐ近くから聞こえているような気もするし、風に流れてどこか遠くから聞こえているような気もした。
峡は足を止めたまま暫く待ったが、どうやら今日は風の少ない日らしい。それきり音は聞こえなくなった。
すっかり汗で湿っている両手でハンドルを握り直し、再び歩き出す。
その足取りは、ほんの少しだけ軽くなっているような気がした。

+++++
15分

Chestnut

もう腕まくりしたくなる季節なのね

 なんだかいつもと違う様子に気付いて、ふと横を見る。何が違うんだっけ?と首を傾げて幼馴染みを凝視すれば、何ジロジロ見てんだ、と嫌そうに返された。一呼吸置いて、あぁ、と手を打つと、やっぱり変な目で見られるハメになった。
「峡やん、半袖なのか」
 一瞬、はぁ?とした目で見られて時が止まる。どうやら向こうはこちらの言葉の意味を理解しようと思考モードに入ったようである。単純な言葉にそう長く考え込むことはなく、数秒後には再び時は回り出した。
「それがどうした?」
 言葉の意味というよりそれを言葉にした者の思考回路に疑問が射したのか、まるで無表情で問い返す。
「や、ね。なんか今日はいつもと違うなーって感じがして」
「………それだけ?」
「それだけ」
 やれやれと溜め息を零しながらうっかり遅くなっていた歩みを速める。このペースで歩き続けていたら確実に始業のチャイムに間に合わない。幼馴染みのマイペース振りはいつものことだったから、そう毎回リアクションを返しているわけにもいかない。
「俺も腕捲っとこうかな」
 やはりマイペース。隣でシャツの袖を無造作に捲り上げた深次は、得意げに峡に笑顔を見せた。

Chestnut