Press "Enter" to skip to content

タグ: 光麗

お題:手

光麗の隣は、いつも温かかった。
秋が深まり冬が近付くにつれ、森での暮らしに少し不安を覚えていた遊龍だったが、その事に気付いてからはすっかり不安は軽減していた。
彼女の周りにはいつも風がいて、彼らが光麗を、そして隣にいる遊龍の事を冷気から守ってくれていた。
どうやら遊龍を守るのは光麗を守るついでらしく、彼女から離れてしまうと随分と寒さを感じるようになってしまうのだが。それでもある程度の距離までは許容してくれるので、風達が遊龍のことも認めているのか、光麗が頼んでくれているのかだろうとは思っていた。
「でも変だよね」
隣に座る光麗が、遊龍の方を向いて首を傾けた。
風がくるくると回りながら二人を囲んでいて、そしてその周りでは白い雪がのんびりとちらついている。
遊龍は「何が?」と聞きながら光麗の方を向いた。
「遊は炎を使えるんだから、光より温かそうなのに」
不思議そうに、光麗はそう言った。
対して遊龍は、しばしきょとんとしたあと、おもむろに両手を開いてじっと見つめた。
「そんなことないよ」
遊龍から否定の言葉が返され、今度は光麗がきょとんとする番だった。
「そんなことない」
どうしてか二度呟いた遊龍は、両手を見つめたまま黙り込んでいた。
数秒、数分。
時間は分からなかったが、同じように遊龍の両手を見つめていた光麗は、不意にその手を自分の両手で取った。
びっくりした遊龍が顔を上げると、思っていたよりもずっと光麗の表情は硬いものになったいる。
と思ったのも束の間で、途端に光麗はくすりと笑った。
「ほんとだ、冷たいね」
笑いながら、光麗の両手はぎゅっと遊龍の両手を包んでいる。
「でも、手が冷たい人って、心が温かいって言うよ」
きゅっと力を込めてくる手は、冬の日のものとは思えないほど温かかった。
温かさを感じると同時に、遊龍の胸はキリキリと音を立てているようだった。
「じゃー、手が熱かったら、心は冷たいのかな」
ぼんやりと口に出してしまった言葉は、しっかりと光麗に届いている。
一瞬遊龍はハッとするが、すぐに目を逸らして「なんでもない」と呟いた。
何度か瞬きをしながら遊龍の言動を眺めていた光麗は、今度は首を傾げたりせず、けれど遊龍から目を離すこともなく、遊龍の手を握り続けていた。
「手が冷たくても大丈夫だよ、って意味だと思って言ってるから、手が温かいとか、熱いとか、それは別問題だと思う」
どことなく固い言葉に思わず遊龍が振り向くと、ううんと唸るような光麗の表情が見える。どうやら、言葉を必死に選んでいるらしい。その様子がおかしくて、温かくて、遊龍はくすりと笑ってしまった。
笑われたことに少しムッと頬を膨らませた光麗だったが、すぐにつられて笑い出した。
「ごめん。ありがと」
両手に包まれた両手に視線を落とし、それから光麗を見て、遊龍はそう言った。
「どういたしまして」
光麗も、にこりと笑ってそう言った。

+++++
30分

CrossTune

お題:花火(その2)

「わぁ!」
森の一角に、そんな声が上がった。
真っ暗な森の中に眩しい程の光が生まれている。力強く吹き出すその光を間近に眺めながら、光麗は飽きることなく笑い声を上げていた。隣の涼潤も、そんな姿を見ながら、そして自分の手元の光を眺めて、にこりと笑うのだった。
「どこからこんなにたくさん…」
呆れ声を呟くのは竜神だった。光麗達がしゃがみ込む場所から少し離れた地面には、手持ち花火が山となっている。そして竜神の足下には燃え尽き水を掛けられた花火が山となっている。
「風が運んできたんだと」
火花の吹き出す手持ち花火を片手で三本持って、遊龍は竜神に答えた。その答えている間に左手に持つ三本の花火に火を点ける。一気に火が噴き出して、遊龍の周囲は更に明るくなった。「危ね…」と呟く竜神の声は綺麗に無視されている。
「知ってたけど、やった事なかったんじゃね?」
パチパチと音を立てる花火を見つめながら、遊龍はぼそりと呟く。竜神は何も言わずにちらりと視線を向ける。
「街ん中じゃ出来なかっただろーし。こっち来てからだって一人でやっても面白くなかっただろーし」
「お前が来たの去年だろ」
「そうだけど、もし火事になっても消火できなかったし」
あぁ、と竜神は納得してしまった。現に、今の自分の役割は使い終わった花火の完全消火だ。
少し離れている場所の少女二人の会話は聞こえない。ただ、時折聞こえる笑い声は光麗のものだけでなく涼潤のものも混ざっていて、楽しくないという雰囲気には見えなかった。
「竜はやんねーの?」
「っ、だから危ないって言ってんだろ!」
遊龍が不意に竜神へと振り返った所為で、花火の先が竜神へと向けられる。六本分の火花が吹き出したままで、慌てて竜神は一歩後ずさる。と同時に一本ずつ勢いが弱まり終わりを迎えていく。思わず六本全てが沈黙するまで、二人は無言で花火を見ていた。そして辺りが静かに暗くなった時、堪えきれずに遊龍は吹き出していた。暗闇の中には、イライラとする竜神の表情が浮かんでいた。
「遊ー!」
声が掛けられて遊龍は笑いながらも振り返る。見ると光麗が大きく手を振っていて、どうやら火種を要求されているらしいのだと気付いた。
「ねえ!これに火、つけて!」
好奇心に溢れる表情で地面に置かれている花火を指差している。それはどう見ても今までの手持ち花火とは形も大きさも違う花火で、涼潤も、近寄った遊龍も竜神も一瞬言葉を失う。
「これって…」
「これって大きい花火なんだよね!」
円筒状の物体は、その場にいる全員が初めて見るものだった。風はなんてものを運んできたんだ…と遊龍は思うが、光麗からは期待の眼差しが向けられている。今この場で、点火を行えるのは遊龍一人だけだった。
「光、これは少し危ないから」
「そう、危ないから」
「離れて見てないと駄目よ」
「そっち?!」
遊龍の叫びを無視して、涼潤は光麗の手を引いてさっさと離れて行ってしまった。その後ろに竜神も着いていく。円筒状の花火の傍に、遊龍が一人だけ残されていた。
「マジですか…」
頬を撫でていく風は、まるで遊龍の事を慰めているようにも思えた。しかしその風がやがてピタリと止まると、風も花火を期待しているのか、と思わざるを得なかった。
森の中、少しだけ開けたこの場所の空は広く空いている。とはいえどれくらいの高さが上がるのか分からなかったので、迂闊に点火するのは少し躊躇った。振り返って離れた所に座り込んでいる三人を見ると、じっと遊龍の事を見ている。引くに引けない。それにきっと風だって危ないものは運んできていないだろう、もし危なかったら竜の野郎に任せておこう。そう結論づけて遊龍はぐっと拳を握った。
何本か届けられていた花火を等間隔に並べ、自分も少しだけ距離を置く。そして一つずつ着火する。
ドン―――と低く激しく響く音が、森の中に広がった。
思いの外高く打ち上がった空の花は、森の丁度真上に大きく広がる。見上げていた四人の顔を赤や青や黄色に照らしながら。
「すごーい!」
はしゃぐ声が後ろから聞こえて、遊龍はつい吹き出して笑ってしまった。

+++++
30分

CrossTune

お題:竜誕ネタ

うーん、と少しだけ考えながら光麗は迷っていた。
身体を後ろに傾け、両手を着いてぐいと仰け反ると木々の隙間から真っ青な空が見える。
清々しくて、気持ちのいい朝だった。
ゆったりと流れる雲を見て、優しい風が流れているのだと知る。
風に言葉を伝えて貰う事は、光麗には簡単な事だった。
でもなぁ…、と独り言を呟く。
様子に気付いたのか、風がサワサワと草を揺らして光麗の周りを回る。
金色に輝く髪を揺らし戯れてくる風に、くすぐったそうに少女は笑いかける。
「あのね」
姿の見えない相手に光麗は話しかける。
「贈り物をしたいんだ」
ふわりと静かに舞い上がるような風は、彼らなりの相槌だろうか。
光麗もうんうんと頷きながら続ける。
「でも、何がいいのかなぁって」
風は、今度はくるりと回ったりさっと通り過ぎたりと、少しだけ慌ただしそうだった。
これは彼らなりに迷っているという事なのだろうか。
言葉は当人同士か、光麗にしか分からない。
「うん、気持ちがあればいいのは分かるんだけど、どうやったら気持ちって伝わるのかなぁ」
腕の力を抜いて、光麗はそのままパタンと仰向けに倒れた。
空が一層遠くなる。
両手を伸ばしてみても、空や雲どころか木々にすら手は届かない。
「光は何をもらっても嬉しいよ」
端から見ればずっと独り言を呟いているようにしか見えないが、今のは恐らく風が問い掛けたのだろう。
腕を伸ばしたりパタリと地面に放ったり、そう何度か繰り返しては光麗は迷いを唸り声にして吐き出す。
うーんうーんと迷った末に、寝転がったまま、うん、と頷いた。
パッと起き上がるとそのまま立ち上がり、くるりと辺りを見回す。
「大丈夫かなぁ」
目的の物を手に取り、まだ少し迷いながらも空を見上げる。
「うん、大丈夫だって、思っておく!」
こくんと頷き、にっこりと笑い、そして。
「じゃあ、よろしくお願いします」
風がぶわりと森の中を駆け抜けていった。

竜神は突然の出来事に目をパチクリとさせていた。
いきなり突風が吹いたと思ったらこの有様である。
風という事はその原因となる人物に心当たりは一人しかいない。
彼女がやった、と言われればそうだろう、としか返せない状況でもある。
開けていた窓から飛び込んできた贈り物。
一瞬で部屋の中には、色取り取りの花がたくさん散りばめられていた。

+++++
20分

CrossTune

お題:7/4

あっという間の出来事だった。
今までの生活が突然変わってしまった。
そんな経験初めてだ、とは言えないけれど、慣れている、とも言えない。
慣れたくは、ない。

のんびりと時間の流れる森に突然やってきた少女と少年は、森に住む少年と少女を大きく戸惑わせた。
詳しい話はまだよく分かっていない。
何せ聞く前に一人は倒れてしまい、もう一人は最初から喋る事ができていなかったのだから。
元々酷い怪我を負っていたのだろう少女の気力は、一体どれ程のものだったのだろうか。
そんな素振り、全く見えなかった。

遊龍が水を汲んで戻ってくると、相変わらず光麗は不安そうな顔で少女、涼潤の顔を覗き込んでいた。
設備も何もある訳がない森の中で正しい治療が行えるはずもなく、かといって何もせずに放置するなどできず、手当たり次第必死になって二人で止血を行った結果、それはどうやら失敗には終わらなかったらしい。
呼吸も初めより落ち着いてきており、気を失っているというよりも、眠りについている、と言った方がしっくりくるようになっていた。
「大丈夫かなぁ…」
遊龍が戻ってきた事に気付くと、光麗は彼を見上げてそう呟いた。
大丈夫だ、と自信を持って言う事は遊龍にはできなかった。
けれど、駄目だとも言えない。ただ今は、大丈夫だろう、と祈っておく事だけ。
風がくるりと辺りを回った。
遊龍の表情を見、風の声を聞き、光麗はゆっくりと頷いた。

そして、そっと視線を涼潤からずらす。
そこには涼潤と共にやってきた少年、竜神の姿があった。
喋る事ができない、そう涼潤は言っていた。実際彼は、ここに来てから一言も言葉を発していない。
遊龍や光麗の事をどう思っているのか二人には分からなかったが、ただ一つ、涼潤の事が心配なのであろう事だけは伝わってきた。
その割には彼女を連れて帰ろうとする素振りだとか、治療を手伝おうとする様子だとかが見られなかったのは、「動けない」と言われていた事が原因なのだろうか。遊龍は竜神をちらりと見、そして小さく唸るのだった。

「なんか、また変わるな」
光麗に向けて、遊龍はそう呟いていた。
前回の変化の原因は紛れもなく遊龍自身なのだが。
風の少女が小さくこくりと頷くと、ひゅうと風が通りすぎた。
今はまだ、ゆったりとした時間が流れていた。

+++++
20分。

CrossTune

お題:月

「綺麗だね」
そう少女は呟くと、両手をすっと空に向けて伸ばした。
その指の先のさらに先に散りばめられた星、ゆったりと佇む月。
真っ暗な森を、静寂な光が照らしている。
くるりと回りスカートを大きく揺らした少女は、にっこりと笑うとそのままストンと、少年の隣へと腰を下ろした。
少年は見上げていた視線を隣へと移し、呆れたように、しかし楽しそうに、少女につられるように笑った。
小さく聞こえる虫の声以外、何の音もない世界だった。
時折通り抜けるように風が走り去るとざわりと大きく歓声のような音が聞こえるが、それが過ぎてしまえば再び静まり返る。
星の声が聞こえそうだね、そう少女が呟いたのはついさっきの事だった。
星はなんて言ってるの?そう少年が問い掛けると、分からない!とあどけない笑顔の答えが返された。
「明日も会えるといいね」
そっと呟かれた少女の言葉が誰に宛てられているのか、少年には分からなかった。
月かもしれないし、星かもしれない。過ぎ去った風かもしれない。
けれど、少年は自然と口に出してしまっていた。
「そうだな」
自分の事であればいいなと、そんな気持ちがどこか隅っこの方にあったのかもしれない。

+++++
15分

CrossTune