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お題:人違い

初めて歩く土地で、何か懐かしいものを見掛けたような気がした。土地に似合わないような気さえした、青い色だった。
雑踏の中、うっかりするとあっという間に見失ってしまいそうな色は、それでも混じりきらない綺麗な色だった。
「ま、待って」
思わず叫んで人混みを掻き分ける。道行く人々が気にしたり、気にしなかったり、それぞれの形相で見ていた。
恐らく気付いていないのであろう後ろ姿は、振り返る様子を見せない。
もう少し、もう少しで手が届く。
逃げるために人混みの中を走るのは得意だが、人混み中目的地に向かって走るのは苦手なのだと、こんな時に気付かされた。
いつかの何かのために覚えておこう。そう思いながら少年は口を開く。
「峻!」
肩に手が届くのと、青い髪が振り返るのとはほぼ同時だった。
そして、
「…あ」
振り返った顔を見た途端、少年は口を開いたまま動きを止めた。
足を止めた二人を邪魔そうに避けながら、時折ぶつかりながら、人混みは流れていく。
ぶつかった衝撃でハッと我に返った少年は、見知った顔を想像していた見知らぬ人物にものすごい勢いで頭を下げた。
「ご、ごごごごめんなさい!人違いでした!」
よく見れば、青は青でも自分の知る青よりも幾分か緑に近い色だった。長めの前髪から覗く顔立ちは、自分と同じか少し上くらいの年頃に見えなくもない。一体何を勘違いしてしまったのだろうかと、少年は顔を真っ赤にしてしまう。
慌てふためいた結果最後にべたっと頭を下げ、そして少年はそのまま走り去ろうとした。が、
「待って」
今度は反対に、青い髪の少年が声で少年を制止する。あ、やっぱり声がどことなく似てる気がする。そう思って走る気力は即座に失われる。
「あ、あの、変なこと聞いてごめんなさい。あの、もしかして、俺のこと見て、”シュン”って言ったの?」
恐る恐る、けれど奥底には確信を持って。
青い髪の少年は、真っ直ぐに少年の目を見て問い掛けた。

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20分

CrossTune

お題:日常

「え、うそ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうくらいには、実の姉の言葉を信じることが出来なかった少女が一人。
きょとんとする表情を、何度も瞬きを繰り返しながら見つめる。
「付き合って…ないの…?」
こんなところで嘘をついたりはしないだろうと分かってはいても、二度目の確認を止められなかった。
少女の隣には黙り込んだ少年もおり、しかし表情は少女のそれと同じであり、驚きを隠せていないのは明らかだった。
少しの間を挟み、静寂が流れる。
呆然とした視線を向けられたままの少女の姉は、居心地悪そうに目を斜め下へと向けた。
「そういうの、分からないから」
小さな声が、困ったように紡がれた。
それ以上言葉を続けることの出来なくなった少女と少年の肩に、ぽんと手が置かれる。
「周りがとやかく言う事じゃないよ」
二人が振り返るとそこには、二人の見知った顔が一つ。
「お姉さんもお兄さんも、仲良いんだからそれでいいじゃん」
ね?と言って首を傾け、そしてその表情と言葉に、二人は揃って頷いた。

「……でもさ、ねえ、イズ」
少女は隣を歩く少年にこわごわと声を掛ける。
少女の姉と別れた後、三人は揃って歩いていた。会話はようやっと今始まった所だった。
しかし少女の言葉はそのまま続くことはなかった。
口を噤み、視線を不自然に揺らす。
一人の少年は少女と同じように口を噤み、もう一人の少年は前を向いたまま表情を変えない。
「なんでもないよ」
間を置いた後に、少女は自ら会話を終了させた。けれど。
「言いたいこと分かるから、言わなくて良いよ」
前を向いたまま、表情を変えないまま、少年は静かにそう言った。
その言葉で、少女ともう一人の少年は思わず足を止めた。数歩先で、少年も足を止める。
振り返った表情は二人が想像していたよりも穏やかだった。
「俺は大丈夫だから」
ふわりと笑う姿は、いつもと何も変わらない。
「原因は兄貴だよ。だから恨まれるのも分かってるし、それを否定しない。でも、だからこそ俺は兄貴の味方でいたいし、俺が恨むのは兄貴にとっての原因だから」
その言葉もいつもと変わらない。
その考えを否定しない二人もやはり、いつもと変わらない。
それが彼らの日常だった。

ただ少しだけ、人数が増えて揺らぎが出来てしまったことが、彼らにとっての日常への変化だった。

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20分

一次創作