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タグ: 海有

お題:クリスマス

台所から黒い煙と香ばしいを遥かに超えた匂いが漂ってくる。
やっぱりダメだった、そう溜息を吐き出しながら遊龍は足を向ける。
「大丈夫…?」
「ゆーくん…」
案の定泣き出しそうな目を向けられ、うっと言葉に詰まる。
ケーキを作りたいと言い出したのは彼女の方だった。
そして出来る限り一人でやってみたいと言ったのも彼女の方からだった。
初め遊龍は、デコレーションだけやってみないかと提案してみたのだが、頷いてはくれなかった。
どうしても出来なかったらお願いする、そう言われて一時間も経たないうちの結果がこれだ。
正直な所予想通りだったのだが、かと言って慰める言葉を用意していられる訳でもない。
「ごめんね、ちゃんと作り方見てたんだけどね。どうしてかなぁ…」
微かにまだ黒煙の昇るケーキ型を見つめながら、そう呟かれても返事に困る。
「海有さん、やっぱり一緒に作ろうよ。そしたらどこがおかしかったか教えられるしさ」
隣に並んでそう伝えても、悔しそうな彼女の表情は中々和らいではくれなかった。
「いっつもお願いしちゃってるから」
「いつも通りでいいんだって」
「今日こそは…せっかくの日なのに…」
「また来年も来るから!ね、その時までにもっと練習しておけばいいんだからさ。今日は、ね」
まるで年下の子をあやすかのようになってしまう口調に、海有もようやく渋々とだが頷いた
遊龍もほっと胸を撫で下ろす。この状態がこのまま続いていたらと思うと恐ろしい。

「私やっぱり、はーちゃんに釣り合えないのかなぁ」
イチゴのへたをゆっくりと取りながら、海有はぼんやりとそんな事を呟いた。
思わずクリームを泡立てる手を止め(そうでもしないとボウルも泡立て器も落としそうだった)、海有を見た。
どうやら冗談ではなく本気でそう言っているようで、段々と動作が遅くなりついに手を止めてしまった。
「どー考えても、それは、ないと思うけど……」
本人には本人なりの悩みがあるのかもしれない。とは言っても、それを肯定する気にはなれなかった。
「海有さんもうちょっと自信持っていいと思うよ」
何回、彼女を励ませば伝わるのだろうか。
考えた所で、彼女の想い人が一言言えばそれはすぐに伝わるのだろうが。
(オレもいつかなー)
これだけは口に出すまいと、遊龍は再びクリームを泡立て始めた。

+++++
25分

CrossTune

collapsed sweet

「チョコ、欲しい人ー??」
 やけに明るい声が部屋に響いた。各々作業をしていた二人は揃って顔を上げ、そしてきょとんと首を傾げた。あどけない笑顔でこちらを見ている人物の手には、両手持ちの鍋。
「チョ…コ…?」
 ひとまず浮かんだ疑問は、彼女の言葉と所持品との不一致。中身は見えないがどう見てもチョコレートの雰囲気ではない。眉を顰め、青年の方がまず口を開いた。
「ミユ、料理したのか」
 疑問というより詰問である。しかしミユと呼ばれた女性は動じることなく満面の笑みでウィンクをしてみせる。
「料理じゃなくてお菓子作り」
「もっと危険だと思う…」
 ぼそりと呟いたのはげんなりとした顔の少年。青年は無表情だったが、少年の方はすっかり顔が青ざめている。恐る恐る彼は立ち上がると、そっと鍋の中をのぞき込んだ。茶色い、液体。香りは確かにチョコレートである。
「え…っと、これで、完成形…?」
「完成にしようと思ったんだけど、これからどうしたらいいのか分からなくなっちゃって…、どうすればいいと思う?」
「それ聞く前に言って欲しかったです」
 間髪入れずに少年は息を吐いた。もぉ、と頬を膨らます彼女の顔は可愛らしいと形容できるが、容姿と中身は別問題である。鍋の中のドロドロのチョコレートは、次第に固まりつつある。
「あのさ、これってチョコ溶かしただけ?」
 鍋に手を伸ばしながら少年は問い掛けた。意外とすんなりと鍋は手渡され、少年の手元に移る。覗き込んでみた限りでは、チョコレート以外の物質は入っていないように、見える。
「そう、溶かしただけ。鍋にチョコ入れて火に掛けただけだから」
「あ、じゃあ焦げてるね」
「えっ、そんなぁ!」
 ミユの顔には悔しさと落胆とが浮かんでいる。少年にとっては苦笑しか出ないやり取りだがまぁ一応嫌いではない。満更でもないのだ、意外と。椅子に腰掛けたままの青年は何を思っているのか分からないが無表情のままこちらを見ている。安心している訳ではなかろう。
「どうにかしてみるから、待ってて」
 少年は鍋を少し持ち上げると、ミユに向かって笑って見せた。少しだけ彼女の表情が緩んだ。

「ごめんね、はーちゃん」
「別に」
 少年の姿がキッチンに消えた後で、ミユは小さく呟いた。
「二人に贈りたかっただけなの」
「分かってる」
 やがてキッチンからはチョコレートの甘い香りが漂ってくる。

 文字で当てはめるならぺたぺたではなかろうかという足音が聞こえる。聞こえると嬉しい反面、転ばないか不安になる足音。少年はすぐに振り返った。思った通りの小さい姿がそこにはあった。両手を背中に回して、にっこりと笑う。
「おにーちゃん、ぷれぜんと!」
 まっすぐに目を見上げて笑う少女に思わず少年の頬が緩むが、ふと考えて首を傾げる。今日は誕生日でもなければクリスマスでもないし、何か特別なことをした覚えもない。見に覚えがないプレゼントという単語に不思議そうに少女を見ていると、にこっと悪戯に笑い、少女は両手を目の前に出した。その手には綺麗な紙で包まれた何か。少年はますます首を傾げた。
「なーに?これ」
 少女の目線に合わせて身を屈め、優しい声で問いかけた。分かっていないという事を怒られるかもしれないと思ったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。少女はサプライズの種明かしをするかのようにVサインをして見せた。
「あのねっ、きょう、ばれんたいんっていうひなんだって!おかーさんがいってたの。だいすきなひとにおかしをあげるひなんだって」
 嬉しそうに、楽しそうに、少女はそう言いながら少年の手に“プレゼント”を渡した。紙のくしゃりという音に混じって、がさっと中身が動く音がした。小さくて固い物が複数入っているような音で、重量はさほど感じない。少年の直感が正しければクッキーといったところだろう。少しだけ意外なサプライズを遅れてじわじわと実感した少年は、思わずにっこり笑って少女の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。少女はくすぐったそうに目をつむる。
「ありがと、これ俺が貰ってもいいの?」
「うんっ、だってだいすきなんだもんっ」
「そっか、ありがと。俺も大好きだよ」
 ぎゅうっと抱きしめると、まだ小さい少女はくすくすと嬉しそうに笑いだした。少年もつられて声を出して笑う。

「ところでこれ、じゅんが作ったの?」
 クッキーを口に運びながらふと素朴な疑問を浮かべた。少女が料理をしている光景は今のところまだ見たことがない。目を向けると、丁度少女もクッキーに手を伸ばしているところだった。
「んーん、おかーさんがつくってくれた!」
「あっ、…そっか」
 そりゃそうだよな、と思いつつ、それでも少年は嬉しそうに三枚目のクッキーを口に運んだ。

「さて、今日は何の日でしょう」
 やけににこやかな声が二人の耳に届いた。にっこりと笑った表情を見上げても、あぁまたかくらいにしか思わない程度の仲にはなっている。目線だけで何?と聞き返す少女に、興味深そうに見上げる少年。結局最初の少年に対する答えが出てこないまま、部屋はシーンとした。
「答えてくれてもいいじゃない」
「だって意図が分かんない」
「誕生日?」
「それだったら分からなくないでしょ」
 少しだけ苦笑を浮かべて少年は、そっとテーブルの上に丸い皿をおいた。盛り付けられているのはチョコレートケーキ。三人分には丁度良い大きさのワンホールだった。きょとんとしたまま、少女は彼を見上げた。
「………何?」
 心当たりがない。暦を思い返し、今日の日付を脳裏に書き出す。正確には心当たりが無くもないのだが彼からの問い掛けとしては少々違和感がある。
「もしかしてバレンタイン?」
 先に口を開いたのは座っていた方の少年だった。ケーキを映す目がキラキラと輝いている。テーブルの横に立ったままの少年は、にっこりと笑った。
「うん」
「男なのに?」
「そこ気にしなくても良いじゃない…。大事な人に贈らせてよ」
 少女の辛辣なつっこみに少年は苦笑し、困ったように頭を掻いた。2月14日、バレンタイン。大切な人にチョコレートを贈るというイベントだが、女性から男性に贈るのが一般的だと聞いていた。少女は怪訝そうに表情を顰めた。
「そういう趣味だったんだ…」
「ねぇ、もう少し素直に喜んでくれないかなぁ」
「俺は嬉しいよっ、ケーキ貰えるんでしょ?」
 少しだけ空気が重くなった残念なやり取りの後、少年の弾んだ声が響いて場の空気は緩んだ。まあ、そうだけど、と少女が呟く。何だかんだ言って甘いものが好きな二人である。サプライズのケーキが嫌な訳がない。
「よかったら、お茶にしようか」
「うんっ」
 昼下がりのティータイム。そう言えば三人がこの時間に揃うことはそう多くない。言葉に出さずとも、どうやらそれは三人に共通する感情だったらしい。一緒に過ごすだけで、こんなにも楽しい。

「あっ、あのさ」
 お茶を淹れようと踵を返した少年に向かって投げた少女の声は、思ったよりも大きくなっていた。びくっとした少年二人が少女を振り返る。途端、パタパタと少女は自分の部屋へと走っていってしまった。突然の行動に意味を理解できず顔を見合わせる二人の元に、思ったより早く戻ってきた少女は何かを力任せに押しつけた。二人がそれぞれ手元を見ると、それは小さな箱だった。一瞬だけ理解が遅れるが、思い付いた結論は会話の流れ上間違ってはいないと思われた。
「お、女の子が、男の子に贈る日だって、聞いてたから」
 真っ赤になった少女はすっかり顔を俯かせている。再度顔を見合わせた少年たちは打ち合わせすることなくにっこりと笑い、そして。
「……っ?!」
 声にならない声を上げて、少女は状況を理解できずに二人を見上げた。ぎゅっと、両側から抱き締められている。
「ありがとう。僕も大好きだよ」
「俺の方が好きだって!ありがとっ」
 少女の顔は真っ赤になったまま、完全に動作を停止させている。少年二人は、おかしそうに笑ったままその腕を離そうとはしなかった。

「好きなんて、言ってない」
 少女がようやく絞り出した言葉は、二人には通じない嘘だった。

CrossTune