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タグ: 遊龍

お題:人違い

初めて歩く土地で、何か懐かしいものを見掛けたような気がした。土地に似合わないような気さえした、青い色だった。
雑踏の中、うっかりするとあっという間に見失ってしまいそうな色は、それでも混じりきらない綺麗な色だった。
「ま、待って」
思わず叫んで人混みを掻き分ける。道行く人々が気にしたり、気にしなかったり、それぞれの形相で見ていた。
恐らく気付いていないのであろう後ろ姿は、振り返る様子を見せない。
もう少し、もう少しで手が届く。
逃げるために人混みの中を走るのは得意だが、人混み中目的地に向かって走るのは苦手なのだと、こんな時に気付かされた。
いつかの何かのために覚えておこう。そう思いながら少年は口を開く。
「峻!」
肩に手が届くのと、青い髪が振り返るのとはほぼ同時だった。
そして、
「…あ」
振り返った顔を見た途端、少年は口を開いたまま動きを止めた。
足を止めた二人を邪魔そうに避けながら、時折ぶつかりながら、人混みは流れていく。
ぶつかった衝撃でハッと我に返った少年は、見知った顔を想像していた見知らぬ人物にものすごい勢いで頭を下げた。
「ご、ごごごごめんなさい!人違いでした!」
よく見れば、青は青でも自分の知る青よりも幾分か緑に近い色だった。長めの前髪から覗く顔立ちは、自分と同じか少し上くらいの年頃に見えなくもない。一体何を勘違いしてしまったのだろうかと、少年は顔を真っ赤にしてしまう。
慌てふためいた結果最後にべたっと頭を下げ、そして少年はそのまま走り去ろうとした。が、
「待って」
今度は反対に、青い髪の少年が声で少年を制止する。あ、やっぱり声がどことなく似てる気がする。そう思って走る気力は即座に失われる。
「あ、あの、変なこと聞いてごめんなさい。あの、もしかして、俺のこと見て、”シュン”って言ったの?」
恐る恐る、けれど奥底には確信を持って。
青い髪の少年は、真っ直ぐに少年の目を見て問い掛けた。

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20分

CrossTune

お題:花

すっかり慣れてしまった振動を身体に感じながら、通り過ぎていく景色を眺めていた。
折角渡した花束は、結局助手席、つまりは自分の膝の上に置かれることとなった。
「要らないってワケじゃないからね」
四輪車に乗り込みながらダリアはそう言っていたし、実際そう思われているだなんて思ってはいない。
けれどどことなく複雑な気持ちになる遊龍だった。
ガタガタと激しく揺れながら砂埃が立ち上っていく。今はもう前にも後ろにも茶色い地面しか見えなかった。
途中で立ち寄った小川の流れる森で休息を取った際、色取り取りの花が咲いているのを見付けた。
森も、川も、そして花々も、随分と久しぶりに見たような気がしていた。
水の流れる音を聞きながら、風が木々を揺らす音を聞きながら、遊龍はごろんと地面に転がっていた。
おっ、いいな!とダリアも真似して寝転がり、そして今はすっかり爆睡中である。
気持ちよさそうに眠る彼女を起こすつもりはなかった。
風が頬をくすぐっていく度に、一人の少女の姿が脳裏に過ぎる。と同時に、この風は彼女の元に届くだろうかと想いを馳せる。風が届けるのか、少女が呼んでいるのか、そこまでは遊龍は知らなかった。
そうして思い出を振り返っているうちにたくさんの花々に目が行った結果、目を覚ましたダリアに「意外!」と大笑いされたのだった。
景色から膝の上の花たちに視線を落とす。見たことのない花だった。
この場所に来てからあんなに花が咲いているのを見たのは初めてで、もしかしたら他のもっと街や山に行けば珍しいものでもないのかもしれない。ただ今の遊龍の知識では、至極珍しいものだったのだ。
「作り慣れてンの?」
ダリアは前を向いたまま問い掛けた。エンジン音と振動に掻き消されないよう、声は自然と叫んでいる。
「ちょっとだけ!」
返す遊龍も声を張り上げる。見ると隣でダリアはえらく機嫌良さそうに笑っていた。
「いいねェ、青春少年!」
「そ、そんなんじゃないです!」
咄嗟に返した言葉が、どういう意図に返したどういう意味の言葉だったのか、遊龍には自分でも説明できなかった。

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30分

CrossTune

お題:手

光麗の隣は、いつも温かかった。
秋が深まり冬が近付くにつれ、森での暮らしに少し不安を覚えていた遊龍だったが、その事に気付いてからはすっかり不安は軽減していた。
彼女の周りにはいつも風がいて、彼らが光麗を、そして隣にいる遊龍の事を冷気から守ってくれていた。
どうやら遊龍を守るのは光麗を守るついでらしく、彼女から離れてしまうと随分と寒さを感じるようになってしまうのだが。それでもある程度の距離までは許容してくれるので、風達が遊龍のことも認めているのか、光麗が頼んでくれているのかだろうとは思っていた。
「でも変だよね」
隣に座る光麗が、遊龍の方を向いて首を傾けた。
風がくるくると回りながら二人を囲んでいて、そしてその周りでは白い雪がのんびりとちらついている。
遊龍は「何が?」と聞きながら光麗の方を向いた。
「遊は炎を使えるんだから、光より温かそうなのに」
不思議そうに、光麗はそう言った。
対して遊龍は、しばしきょとんとしたあと、おもむろに両手を開いてじっと見つめた。
「そんなことないよ」
遊龍から否定の言葉が返され、今度は光麗がきょとんとする番だった。
「そんなことない」
どうしてか二度呟いた遊龍は、両手を見つめたまま黙り込んでいた。
数秒、数分。
時間は分からなかったが、同じように遊龍の両手を見つめていた光麗は、不意にその手を自分の両手で取った。
びっくりした遊龍が顔を上げると、思っていたよりもずっと光麗の表情は硬いものになったいる。
と思ったのも束の間で、途端に光麗はくすりと笑った。
「ほんとだ、冷たいね」
笑いながら、光麗の両手はぎゅっと遊龍の両手を包んでいる。
「でも、手が冷たい人って、心が温かいって言うよ」
きゅっと力を込めてくる手は、冬の日のものとは思えないほど温かかった。
温かさを感じると同時に、遊龍の胸はキリキリと音を立てているようだった。
「じゃー、手が熱かったら、心は冷たいのかな」
ぼんやりと口に出してしまった言葉は、しっかりと光麗に届いている。
一瞬遊龍はハッとするが、すぐに目を逸らして「なんでもない」と呟いた。
何度か瞬きをしながら遊龍の言動を眺めていた光麗は、今度は首を傾げたりせず、けれど遊龍から目を離すこともなく、遊龍の手を握り続けていた。
「手が冷たくても大丈夫だよ、って意味だと思って言ってるから、手が温かいとか、熱いとか、それは別問題だと思う」
どことなく固い言葉に思わず遊龍が振り向くと、ううんと唸るような光麗の表情が見える。どうやら、言葉を必死に選んでいるらしい。その様子がおかしくて、温かくて、遊龍はくすりと笑ってしまった。
笑われたことに少しムッと頬を膨らませた光麗だったが、すぐにつられて笑い出した。
「ごめん。ありがと」
両手に包まれた両手に視線を落とし、それから光麗を見て、遊龍はそう言った。
「どういたしまして」
光麗も、にこりと笑ってそう言った。

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30分

CrossTune

お題:クリスマス

台所から黒い煙と香ばしいを遥かに超えた匂いが漂ってくる。
やっぱりダメだった、そう溜息を吐き出しながら遊龍は足を向ける。
「大丈夫…?」
「ゆーくん…」
案の定泣き出しそうな目を向けられ、うっと言葉に詰まる。
ケーキを作りたいと言い出したのは彼女の方だった。
そして出来る限り一人でやってみたいと言ったのも彼女の方からだった。
初め遊龍は、デコレーションだけやってみないかと提案してみたのだが、頷いてはくれなかった。
どうしても出来なかったらお願いする、そう言われて一時間も経たないうちの結果がこれだ。
正直な所予想通りだったのだが、かと言って慰める言葉を用意していられる訳でもない。
「ごめんね、ちゃんと作り方見てたんだけどね。どうしてかなぁ…」
微かにまだ黒煙の昇るケーキ型を見つめながら、そう呟かれても返事に困る。
「海有さん、やっぱり一緒に作ろうよ。そしたらどこがおかしかったか教えられるしさ」
隣に並んでそう伝えても、悔しそうな彼女の表情は中々和らいではくれなかった。
「いっつもお願いしちゃってるから」
「いつも通りでいいんだって」
「今日こそは…せっかくの日なのに…」
「また来年も来るから!ね、その時までにもっと練習しておけばいいんだからさ。今日は、ね」
まるで年下の子をあやすかのようになってしまう口調に、海有もようやく渋々とだが頷いた
遊龍もほっと胸を撫で下ろす。この状態がこのまま続いていたらと思うと恐ろしい。

「私やっぱり、はーちゃんに釣り合えないのかなぁ」
イチゴのへたをゆっくりと取りながら、海有はぼんやりとそんな事を呟いた。
思わずクリームを泡立てる手を止め(そうでもしないとボウルも泡立て器も落としそうだった)、海有を見た。
どうやら冗談ではなく本気でそう言っているようで、段々と動作が遅くなりついに手を止めてしまった。
「どー考えても、それは、ないと思うけど……」
本人には本人なりの悩みがあるのかもしれない。とは言っても、それを肯定する気にはなれなかった。
「海有さんもうちょっと自信持っていいと思うよ」
何回、彼女を励ませば伝わるのだろうか。
考えた所で、彼女の想い人が一言言えばそれはすぐに伝わるのだろうが。
(オレもいつかなー)
これだけは口に出すまいと、遊龍は再びクリームを泡立て始めた。

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25分

CrossTune

お題:炎

隠そうとして隠しきれていない足音を捕らえ、予測地点から素早く飛ぶ。
直後、数瞬前に立っていた地面が大きく燃え上がった。
炎の大きさと勢いを見て僅かに足を止めてしまうが、ずっとそうしている訳にはいかなかった。
強い風がぶわりと走り去り、思わず目を細めると同時に視界の隅で赤が舞い上がった。
「っ、風車!」
咄嗟に叫ぶ。
叫んだ声に呼応し、風と風が勢いよくぶつかった。
相殺された風は緩やかに元の景色へと溶け込んでいき、残されたのは舞い上がりぐるりと周囲を取り囲んだ炎だった。
やるじゃん、そう相手に聞こえないよう呟き、迅夜は笑った。
炎の壁の内側には迅夜以外の影はない。ならば相手は外側だ。
隙を見せれば負けだが、それを逆手にとって誘い込むことは出来る。
適当な場所にアタリを付け、目を閉じる。燃える炎は外の風の音を遮断していた。
揺らぐ空気に意識を集中させ、そして僅かな乱れを見付ける。
「鎌鼬ッ」
「げ」
一瞬だけ、こちらの方が早く動けたようだった。
間の抜けた声が聞こえた直後、ドサドサッと何かが地面に転がる音がした。
風の刃に切り裂かれ少しの間切れ目を見せていた炎は、すぐに元に戻り、やがて静かに鎮火した。
「油断大敵。俺の勝ちね」
炎に焼かれて黒くなった地面を跨ぎ、迅夜は少し離れた場所に転がる少年に声を掛ける。
目立った怪我はないように見えるが起き上がろうとはしない少年は、困ったように何かを訴えかけるように迅夜を見上げていた。
よく見ると、少年の首元には形状を持っているかのような風が、鋭く威嚇を続けている。
少しでも動こうものなら切り裂かれそうな位置。しかし迅夜が手を振るとそれはすぐさま霧散した。
刃が消え、少年は深く息を吐き出しながらゆっくりと起き上がる。
「ていうか、ズルいよ遊龍。光麗ちゃんの力借りたでしょ」
立ち上がった少年に歩み寄りながら、迅夜は肩を竦めてそう声を掛ける。
「オレじゃないです、アイツが勝手に」
すると少年、遊龍も肩を竦めてみせた。
「もしかして俺、悪者に見えた?」
「そーゆーワケじゃないとは思いますけど………たぶん」
「多分なんだ」
迅夜は思わず笑ったが、明らかにそれは隠せていない苦笑いだった。

「ありがとうございました。良かったらまた相手して下さい」
「うん。そのうち俺の相方も来たら二対一でやろうよ」
「イジメですか!?」
からかうように笑って迅夜がそう言うと、遊龍は即座に拒絶を返した。
二人じゃ勝てないかな、そう呟く迅夜の心中も知らないままに。

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25分

CrossTune