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タグ: 雨亜

お題:思い出

「今日だった気がして」
唐突に話し掛けられ、怪訝げな顔で霧氷は雨亜を見上げた。相変わらずの無表情が、帽子の下から覗いている。
「誕生日」
「…あぁ」
意外だな、と思った直後、雨亜の右手に握られたものを見て霧氷は思い切り眉を顰めた。
「嫌がらせかよ」
「そう」
「ぶっ殺す」
無表情が、ほんの少し笑ったような気がした。それでもまだ睨み付けたままでいると、雨亜はぼすんと音を立ててその場に座り込んだ。ちょうど霧氷と向かい合う位置である。
「よく覚えてるよな、誕生日とか」
気付けばいつも通りの表情に戻っている雨亜は、淡々とそう言った。
「そっちこそ。よく人のまで覚えてんな」
今し方指摘された己の誕生日を、自分もだが雨亜も覚えている。
そういえば気にしたことはなかったが、そういえば忘れたこともなかった。
「あいつがいつも言ってきたからだろ。村の連中全員分覚えてた」
「まあ、それだよな。ほんと暇人」
二人の遠い記憶は殆どが一致している。
随分と昔の事になる上、その記憶以降の方が二人にとっては濃いものであるのだが。
「まだ生きてんのかな」
「生きてそう、あれだし」
少しだけげんなりした様子で、二人は呟いた。

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10分

CrossTune

お題:酒

扉を開けた途端に広がる煙の臭いに、雨亜は思い切り顔を顰めた。
臭いの元凶が扉の音に気付き雨亜の姿を見付ける。
「よお」
霧氷は煙草を持つ右手を軽く挙げてそう言った。
「吸うなら外でやれ」
「なんでだよ」
雨亜は露骨に嫌そうな顔をしながらも、霧氷の座る椅子の向かい側へと腰掛ける。
対する霧氷も、雨亜の言葉に眉根を寄せた。
けれど雨亜が対面にやってくる事自体は不快ではないようで、彼を一瞥すると横を向き、吸い込んだ煙を吐き出した。
短くなった煙草を灰皿へと押し付け潰す。
そこには既に、ぐしゃりと潰され火の消えた煙草が山のように積まれていた。
「何かあったのか」
「は?」
「そういうの、自棄になってるみたいだったから」
灰皿を指差し、雨亜はそう言った。
重度の喫煙者である霧氷だが、淡々と大量に吸うような事は普段あまりしない。
雨亜は煙草を嫌うが、煙草ではなく酒で似たような事をやる自覚があった。
だから気に掛かったのだろう。
霧氷は少しだけ嫌そうな顔をし、新しい煙草に火を付ける。
「別に、何もねえよ」
壁を、しかしその先のどこか遠くを見ながら、霧氷はそう言った。
何かあったな。雨亜は彼の表情を見て、そう確信した。

どんとテーブルに置かれた瓶に、霧氷は嫌そうに雨亜を見た。
対する雨亜は何処吹く風で、躊躇することなく栓を開ける。
煙の臭いの方が強いこの部屋にアルコールの香りはまだ広がらないが、やがて強さを増すのだろうと霧氷は直感した。
「別のとこ行けよ」
「そっちこそ」
先に来てたのは俺の方だっての。そう霧氷は言い返したが、雨亜は立ち上がる様子も見せなかった。
瓶に直接口を付け、一口、二口と嚥下する。
霧氷から見れば白旗を揚げて唸りたくなるような量を胃に注ぎ込むと、再度だんと瓶はテーブルに置かれた。
何の様子も変わらない雨亜を見て、霧氷はうんざりといった顔で溜息を吐いた。
昔同じ時期に同じ酒を飲んだ時、二口目には意識が遠退いた霧氷とそのまま飲み干した雨亜の差は今も昔のままだ。
「で、何があったんだ」
声の調子すら一切変わっていない。
先程投げられた質問を再び投げられ、霧氷はついと目を逸らす。
「なんでそこ拘るかな…」
「珍しいから」
「面白いから、じゃねえの」
吸い込んだ煙をわざと雨亜に向けて吐き出し、嫌そうに睨み付ける。
案の定、雨亜の表情は怒りのそれである。
しかし霧氷は気にせず言葉を続けた。
「理由分かってる癖に」
隣の空いた椅子に脚を上げ、壁に寄り掛かる。ぎしりと椅子が悲鳴を上げたが、まあ、問題は無さそうではある。
「どうせ言ってこないの、同じ事言われたくねえからだろ」
自嘲気味にそう言うと、霧氷は肩を竦めて息を吐いた。
雨亜からの返事は無かった。

+++++
30分

CrossTune