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タグ: 霧氷

お題:思い出

「今日だった気がして」
唐突に話し掛けられ、怪訝げな顔で霧氷は雨亜を見上げた。相変わらずの無表情が、帽子の下から覗いている。
「誕生日」
「…あぁ」
意外だな、と思った直後、雨亜の右手に握られたものを見て霧氷は思い切り眉を顰めた。
「嫌がらせかよ」
「そう」
「ぶっ殺す」
無表情が、ほんの少し笑ったような気がした。それでもまだ睨み付けたままでいると、雨亜はぼすんと音を立ててその場に座り込んだ。ちょうど霧氷と向かい合う位置である。
「よく覚えてるよな、誕生日とか」
気付けばいつも通りの表情に戻っている雨亜は、淡々とそう言った。
「そっちこそ。よく人のまで覚えてんな」
今し方指摘された己の誕生日を、自分もだが雨亜も覚えている。
そういえば気にしたことはなかったが、そういえば忘れたこともなかった。
「あいつがいつも言ってきたからだろ。村の連中全員分覚えてた」
「まあ、それだよな。ほんと暇人」
二人の遠い記憶は殆どが一致している。
随分と昔の事になる上、その記憶以降の方が二人にとっては濃いものであるのだが。
「まだ生きてんのかな」
「生きてそう、あれだし」
少しだけげんなりした様子で、二人は呟いた。

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10分

CrossTune

ある日の平凡な日常

静かな森の中の少し開けた場所は、周囲に木が多い茂っていて空は丸く切り取られ、まるでどこかの闘技場のようだった。観客は、いない。
その空間にヒュンと短い風切り音が響いた。
一度だけではなく二度、三度。
その音に混じって軽い足踏みの音も聞こえる。
じり、と地面を強く踏み込む音がして、次の瞬間にはより一層大きな、地面を蹴る音が響いた。
そんな音も、景色も、霧氷の耳にも、目にも届いていなかった。
彼の目に入るのは目の前にいる男の姿のみ。聞こえる音は男の動きが発する微かな空気の揺れだけ。
飛び込んだ速度は霧氷の方が早かった。躊躇の欠片もない目で男を睨みつけ、右手に握る刀を大きく薙ぐ。完全に男を斬り裂いたように見えた。
だがその切っ先はほんの僅かに届いておらず、男を何一つ傷つけることなく空中で静止した。
届かなかった訳ではない。
わざとギリギリの距離で避けていた。
むっとした顔で霧氷が口を開こうとするよりも先に、男の方が口を開いた。
「惜しい、けど不正解」
霧氷に顔を向けながらも目を閉じている男の声は笑っている。霧氷は表情を堅くしたまま男をじっと見ている。
「あんなに大きく薙ぎ払わなければ当たっていたかもしれない」
「どうせ避けますよね」
「だから言ってるでしょ、”かもしれない”、って」
霧氷があからさまに悔しそうに唇を噛むのを見て、一層男は楽しそうに笑った。
「どうせ避けるって思ってて、どうやって人が殺せる?」
男が目を開いて霧氷を見据える。
声も表情も笑っているが、目だけは凍てついたアイスブルー。一瞬、霧氷の身が強ばった。
その一瞬で男は一気に距離を縮めた。まるで腕と一体化しているかのように持っていた細長い棒は、霧氷が刀を振るう速度よりもずっと早く空を切る。すんでのところを霧氷は避けるが、それはさっき男がやって見せたような余裕のあるかわし方には到底及ばないギリギリのものだった。歯を食いしばりながらバランスを保とうとするが、それを許す男ではなかった。
さっと身体を沈めた男を見て、霧氷はとっさに刀を構える。太陽の光がキラリと反射し男の目に差し込む。しかしそれすら見えていないかのように棒はまっすぐに霧氷へと向かう。ガツンと鈍い音がして一瞬だけ刀と棒が交差した。そしてそれは本当に一瞬で終わり、次に見えたのは宙をくるくると回り飛んでいく刀だった。トスッと軽い音がして、霧氷の背後の地面に刃が食い込んだ。
振り返る間などない。続く三撃目は霧氷の右肩の関節を的確に、そして容赦なく撃ち付けた。声を上げる間もなく吹き飛ばされ地面に転がる。すぐに立ち上がれないところを見ると、ダメージは見た目以上に大きいようだった。左腕一本で身体を支え起き上がるのを男は見守るように眺めていたが、その口元が不意に笑みの形を作る。立ち上がった霧氷は左手で右肩を押さえており、その右肩からはだらりと力なく右腕が垂れ下がっていた。
「きー君、まだやる?」
笑いながら男はそう訊ねた。霧氷の足は少しふらついていて、顔はすっかり険しくなっていたが、男を睨み付ける目は少しも変わっていなかった。
「やる」
返事を聞いて、嬉しそうに男は棒を振り上げた。
やる、そうは言っても、霧氷には男の攻撃を防ぐ手段はもう残っていなかった。刀までの距離と男までの距離、走る速度、どう考えも間に合わない上に、間に合ったところで刀を握れるような手ではなかった。
容赦のない攻撃を避けられたのは二撃目までで、三撃目はこめかみを直撃した。勢いよく飛ばされ再び地面に転がった霧氷だが、まだ立ち上がろうと左腕を動かしていた。その首元にゴンと棒が当てられる。
「終わりかな」
霧氷が見上げると、にっこりと笑う男が見下ろしていた。
「まだ…」
「最初に言ったよね。これは棒じゃなくて、刃物だと思え、って」
ぐっと力が込められ、首元が棒に強く押される。これがもし霧氷の使っていたような刀だったら、とっくに動脈が切られている。その前に、右腕は断ち切られているし顔が半分なくなっていた。
悔しそうに霧氷がギリリと歯を鳴らすと、男はあははと笑いながら棒を自分の肩に担ぐようにして持ち上げ、一歩下がった。その様子を見て霧氷もゆっくりと起き上がる。足を投げ出したまま左手で首元を触ると、その手にはうっすらと赤が滲んでいた。男の持つ棒は何の変哲もない棒だったが、一瞬太陽の光にキラリと光ったように見えた。
「肩、動かないでしょ」
今までのやり取りが何一つなかったかのように男は霧氷の元へと歩み寄る。対する霧氷もまた、何もなかったかのように男に向かって頷いた。
男は霧氷の隣に屈み込み彼の肩の様子を見る。そしてすぐに両手に力を込めた。バキッと音がして霧氷は顔をしかめたが、男は至って涼しい顔だった。
「覚えた?ここ狙えば案外すぐ外れる」
ぽんと右肩を叩き、男は立ち上がる。恐る恐るといった具合で霧氷が肩に力を入れると、ぎこちなくもすんなりと動くようになっていた。
「今度試してみます」
霧氷も男の隣に並んで立ち上がった。
「きー君は生き延びそうな感じで根性あるね」
棒で自分の肩をぽんぽんと叩きながら、男は笑いながらどこかを見つめた。
「あー君の方が根性はあるんだけど、あいつは最後まで飛び込んでいくからすぐ死にそうだ」
男の言葉に、霧氷は苦笑いを返すだけだった。
「起きたら適当に宥めておいてよ」
「嫌ですよ面倒くさい。季雪さんが面倒見てくださいよ」
「やだよ俺だって面倒くさいんだから」
笑いながらそう言う横顔に見えた瞳がすっと冷えきっているのを見て、霧氷はそれ以上何も言わなかった。
男が、季雪が面倒くさいなどと思っていない事などはどう見ても明らかだった。

CrossTune

お題:酒

扉を開けた途端に広がる煙の臭いに、雨亜は思い切り顔を顰めた。
臭いの元凶が扉の音に気付き雨亜の姿を見付ける。
「よお」
霧氷は煙草を持つ右手を軽く挙げてそう言った。
「吸うなら外でやれ」
「なんでだよ」
雨亜は露骨に嫌そうな顔をしながらも、霧氷の座る椅子の向かい側へと腰掛ける。
対する霧氷も、雨亜の言葉に眉根を寄せた。
けれど雨亜が対面にやってくる事自体は不快ではないようで、彼を一瞥すると横を向き、吸い込んだ煙を吐き出した。
短くなった煙草を灰皿へと押し付け潰す。
そこには既に、ぐしゃりと潰され火の消えた煙草が山のように積まれていた。
「何かあったのか」
「は?」
「そういうの、自棄になってるみたいだったから」
灰皿を指差し、雨亜はそう言った。
重度の喫煙者である霧氷だが、淡々と大量に吸うような事は普段あまりしない。
雨亜は煙草を嫌うが、煙草ではなく酒で似たような事をやる自覚があった。
だから気に掛かったのだろう。
霧氷は少しだけ嫌そうな顔をし、新しい煙草に火を付ける。
「別に、何もねえよ」
壁を、しかしその先のどこか遠くを見ながら、霧氷はそう言った。
何かあったな。雨亜は彼の表情を見て、そう確信した。

どんとテーブルに置かれた瓶に、霧氷は嫌そうに雨亜を見た。
対する雨亜は何処吹く風で、躊躇することなく栓を開ける。
煙の臭いの方が強いこの部屋にアルコールの香りはまだ広がらないが、やがて強さを増すのだろうと霧氷は直感した。
「別のとこ行けよ」
「そっちこそ」
先に来てたのは俺の方だっての。そう霧氷は言い返したが、雨亜は立ち上がる様子も見せなかった。
瓶に直接口を付け、一口、二口と嚥下する。
霧氷から見れば白旗を揚げて唸りたくなるような量を胃に注ぎ込むと、再度だんと瓶はテーブルに置かれた。
何の様子も変わらない雨亜を見て、霧氷はうんざりといった顔で溜息を吐いた。
昔同じ時期に同じ酒を飲んだ時、二口目には意識が遠退いた霧氷とそのまま飲み干した雨亜の差は今も昔のままだ。
「で、何があったんだ」
声の調子すら一切変わっていない。
先程投げられた質問を再び投げられ、霧氷はついと目を逸らす。
「なんでそこ拘るかな…」
「珍しいから」
「面白いから、じゃねえの」
吸い込んだ煙をわざと雨亜に向けて吐き出し、嫌そうに睨み付ける。
案の定、雨亜の表情は怒りのそれである。
しかし霧氷は気にせず言葉を続けた。
「理由分かってる癖に」
隣の空いた椅子に脚を上げ、壁に寄り掛かる。ぎしりと椅子が悲鳴を上げたが、まあ、問題は無さそうではある。
「どうせ言ってこないの、同じ事言われたくねえからだろ」
自嘲気味にそう言うと、霧氷は肩を竦めて息を吐いた。
雨亜からの返事は無かった。

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30分

CrossTune