星空下のお話
「願い事?」
「そう、願い事」
「俺…そういうの苦手なんだけど…」
「えー、いいじゃんかぁー」
星が瞬いた
チカリと、音がするかと思うほど強く
星屑が散り、帚星が旅をした
空の川には、流れがあるかのよう
織姫は星に願い、彦星は星に祈る
また、2人が出会える事を
「ほぉーら!タンザク」
白い羽と黄緑の髪を揺らし、海蓮はエイジアに四角い紙切れを押しつけた。押しつけられ、受け取らざるを得ないエイジアの顔は、面倒ごとに巻き込まれたといった風であった。
「願い事…今更あるわけ無いだろ?他当たってくれ」
「なんでだよー。あるって、きっとあるさ。他のヤツじゃつまらないよ」
困ると髪をかき上げるのがエイジアの癖だ。かき上げた上、頭を掻き出したら最上級。まさに今の彼の状態はそれだった。
「ていうかね、シイバ君の願いとか分かりきってるしぃ。リオカ君居ないしぃ。ほら!エイジ君がぴったり」
「消去法か」
「違うよぉ、酷いなぁ!」
ぴしゃりと言ってのけるエイジアにもめげず、海蓮は引き下がらない。理由を連ねる彼だが、エイジアは一番のお気に入りなのだ。会話を考え妙な構想に至るなど、日常茶飯事だった。
そういえば七夕を教えたのは俺だったな…などエイジアは思いだし、少しだけ複雑な気分になった。
「ほらっ、書いた書いた。オレももう書いたんだよ」
そう言って見せつけるように取り出した“タンザク”には、エイジアには読めない字が書かれる…というより寧ろ描かれている。海蓮は字が書けなかった。
部分的に読める場所があればまだマシだが、海蓮の場合自分の気分で字を書く為、文字は文字でも象形文字に近い。
いつもの事だと分かりきっていたエイジアだった。が、願い事を文字で書けないというのは少しばかり悲しいのではないか、と海蓮を哀れむ。流石に神も、読めない願いを叶える事は出来ないだろう。
じっくりと“字”を観察すると、羽のようなものや、雲のようなもの、『ず』と読めそうな文字、そして海蓮がエイジアを指すときに描く、雷のマーク。
「海、…なんて書いたんだ?…シエルレーヴと俺ってのは分かった」
「さっっすがエイジ君!やっぱオレの事分かってくれてる!」
「や、それ以外は分からないけどな」
エイジアの答えに純粋に喜んでいるのは、本当に嬉しいからなのだろう。海蓮は喜ぶと声が高くなり、翼を羽ばたかせる。翼についた紅い玉が、僅かな星明かりに反射して煌めく。
「えっとねぇー。『シエルレーヴがずっと続きますように』と、『エイジ君がもっと笑ってくれますように』、かなぁー?」
「疑問系か」
ずっと孤独を過ごしてきた海蓮にとって、“シエルレーヴ”は初めて属した集団で、ある意味での故郷であった。彼にとって心地よい居場所である。その永遠を願うのは、彼らしいと、エイジアは思った。
そして。
「俺が笑って面白いか?」
2つめの願い事に、エイジアは違和感を覚える。確かに自分はあまり笑う方ではないが、もっと笑えと言われたのは初めてだったと思う。
「んー?だっていっつも仏頂面じゃない。笑った方が楽しいよ?ていうかオレが好きだから」
にっこりと満面の笑顔でそう言った海蓮に、エイジアは逡巡戸惑う。意味合いは分かるが、こう真っ正面から好きと言われるのも初めてだ。彼の性格上、深い意味で言っている訳ではない。が。返事に困る。
「あれぇー?エイジ君照れてる?かーわいいなぁ」
「待て」
先ほどぐるぐると脳内を巡っていた考えは飛ぶ。突拍子もない彼の台詞にいちいち反応していたら身が持たない。
「ったく。字が書けないなら俺が書いてやるよ。短冊は?」
「やった!エイジ君書いてくれるんだね!」
「俺は願い事はない」
勘違いをしてくれている海蓮に訂正をし、にこやかに渡された紙切れとペンを受け取ったところで、ふいに光が差した。
「何してるの?」
第三者の声に顔を上げると、そこにはバンダナを巻いた少年が立っている。傍らにはふわふわと浮く光の玉。辺りを急に照らした光は、この光の玉の所為だった。明るすぎず、暗すぎず。優しい光は、今まで暗がりだった周囲の姿を露わにした。
「あ、リオカ君」
「短冊?…そっか、七夕だもんね」
「うんっ、オレの分、エイジ君が書いてくれるんだー」
理陸と呼ばれた少年は、見た目よりもずっと大人びた話し方をしていた。視線も、子供のものとは思えない表情を持っている。海蓮の方がよっぽど子供らしく見えた。
「エイジアは?自分の願い事書かないの?」
まるで見透かしたかのように、言われたくない事を率直に尋ねてきた。ここで理陸に問われては、逃げられない。エイジアは再び髪をかき上げる。
「エイジ君、願い事ないって言うんだよ。オレが言っても書いてくれないの。酷くないー?」
始まった。
海蓮は理陸によく愚痴をこぼす。本気ではない、冗談交じりに笑いながら言うのだ、エイジア絡みの話題を彼の目の前で。
そして理陸もそれに悪ノリをする。はっきり言って、タチが悪い。
「分かった、書けば良いんだろ」
怒濤の非難がくる前に、エイジアは折れた。丸くなったな、とつくづく思う。
満足そうな表情を浮かべて後ろを振り仰いだ海蓮は、そこに期待通りの笑顔を浮かべる理陸を見つけ、さらに嬉しそうに笑う。
エイジアは海蓮の分の短冊を書くと、もう1枚受け取った白紙の紙切れになにやら書き始めた。覗き込もうとする海蓮を、とりあえず阻止し、書き上がった短冊を裏返して服の内側へしまい込んだ。
「なんだよぉ、見せてくれたって良いじゃん!飾らないとイミがないんだよぉ」
「嫌。飾らなくてもいいさ」
「堅いなぁ、エイジアは」
連鎖的なテンポで訴えと拒否と呆れが混じる。疲れ切った表情を浮かべるエイジアとは反対に、海蓮と理陸は楽しそうに話している。いろんな意味で今は勝てないと思った。
短冊を取り出し、おもむろに口にくわえると共にエイジアの姿が消えた。
「あ、エイジ君ずるいー!」
海蓮の声も虚しく、梟の姿へと変化を遂げたエイジアは、そのまま夜闇の中へと消え去っていった。
「あーあ。折角来たのになぁ」
つまらなそうに理陸が呟いた。視線はまだ、エイジアが消えた方に向いている。
「聞きだそ、絶対に聞き出すよリオカ君。気になりすぎるよ」
「うん、そうだね」
密かに誓い合った2人は、拳と拳をぶつけてその意思を確認した。
「全く…」
夜空を飛び続けるエイジアは、どこに行く当てもある訳ではなく、ただ単に飛んでいた。天の川がまるで目の前だ。ここで年に一度の逢瀬が行われるのだろう。
視線だけで彦星と織姫を捜してみた。
星屑に紛れて、それでも2人は互いを見つけるのだろう。
『もう二度と』
「…失いたくない、とはよく書いたな、俺も…」
紙をくわえたままで器用に呟くと、一羽の梟は闇の中へと消えていった。
星が瞬いた
チカリと、音がするかと思うほど強く
星屑が散り、帚星が旅をした
空の川には、流れがあるかのよう
織姫は星に願い、彦星は星に祈る
また、2人が出会える事を
出会いに別れは付き物でも
その出会いを忘れなければ
辛い思いだけを残さなければ