Encounter -Another-

IN 小さな喫茶店
 中央街の更に中央には、円上の広場がある。広場の中央には噴水。噴水の周りでは、子供たちが走り回っている。円上の広場の周りを囲むように、いくつかの店が出ていて、人が通りかかるたび、いや、離れた所にいる人も呼ぼうと、大声を張り上げていた。

 広場から続く道はいくつか有り、北と東へ向かう道は、比較的豊かな人々が住む居住地区へと続く。南東と南西に延びる2本の道も居住地区へと続くが、こちらはいたって平凡な生活をする人々が住む。道は先に進む程、細かく分かれていく。

 広場の東側に位置する場所には、役所があった。役所では役人が毎日仕事に追われているらしい。忙しい役人が、わずかな休息を取る場所が、役所から見て丁度南の道を挟んだ向かい側、広場の南東に位置する小高い丘だった。丘には大きな木が1本あり、陰を作っている。ここで皆、休むのだ。

 その丘に、1人の人影があった。

「あらあら」

 金色の髪を風に揺らしながら、影凛は役所の方を見ていた。視線の先は役所で、丁度青年2人――迅夜と左翊が出てくる所だった。

「オーグさんの依頼、受けちゃったみたいですねぇ、あの2人」

 覗いていた双眼鏡を顔から離すと、くるりと後ろを向いた。余談だが、この双眼鏡は先の秋月邸で見つけたもので、この辺では珍しいので拝借してきたものだった。視線の先には、丘に1本だけある木に寄りかかって座っている青年がいた。

「どうします?」

 影凛の問いに、額に赤いバンダナを巻いた青年、黒翔は目を開け、答えた。

「どうするって?何をだ?」

 不思議そうに尋ね返す黒翔だったが、それとは正反対に影凛は楽しそうだった。

「何をって、今度はオーグさん宅を狙うって言っていたのは、黒翔さんでしょう?」

 言いながらも、影凛の目は、何か面白いものを見つけたかのように笑っていた。返事は分かっている、そう言いたげだった。

「護衛ができたからって、やめるわけないだろ。むしろそっちの方が面白そうじゃねーか」

 そう言うと彼は快活に笑う。顔に入った2本の傷は古傷らしく、痛みを伴わない。
 やっぱり。
 影凛は微笑んだ。知らない人が見れば、金髪碧眼の美女と間違えそうな笑みだ。現に街を歩いている途中で、何人かの男が声を掛けようとしていた。かけようと、と未遂で終わっているのは、影凛の横には、顔に傷の入ったいかにも柄の悪そうな男、黒翔が歩いていたからだった。
 まあ実際、声を掛けなくて正解だったのだが。彼はれっきとした男だ。

「でしょうね。黒翔さんならそう言うと思ってました」
「だったら聞くなよ」
「いえ、ちょっとからかってみたかったというのもありますし、意思確認の意味もあります」
「絶 対 からかう方しか考えてなかっただろ」
「あら、当たり前じゃないですか」

 ったく…と、また木に寄り掛かりながら思う黒翔だったが、いつものことだったのでそれ以上は何も言わなかった。




「…ですから、そこでたたずまないで下さい」

 少し高めの声だったが、多少の怒りと呆れが混じっているのが感じられた。黒翔はそれを無視していたが、声の主へのからかい方を分かっている影凛は、軽い笑みを顔に表しながら振り返った。

「こんにちは、莅黄さん。ご機嫌麗しゅう」
「あ、はい、こんにちは、影凛さん、ご機げ………って、違いますっ」

 あやうく影凛のペースに流される所だった莅黄は、少々語尾を荒げた。


 黒翔と影凛は、少しだけ先程の場所を移動していた。やはり役所の近くとあっては、役人たちが良く来るのだ。しかも今は午後の休息時間。必然的に人も増える。顔が知られているわけではないが、役人との接触はなるべく控えた方がよい。そう昔から決めていたので、役所から役人が出てきて丘へ向かってくるのが見えると、不自然でないように移動した。

 そこが、ここ。
 丘を、役所と反対側に降りた所にある小さな喫茶店の裏庭。ここは裏庭と言うだけあり、客に見せる為の場ではない。高い木や茂みがあり、木陰も多い。しかし、じめじめしていたり鬱蒼としているということもないので、比較的過ごしやすい。
 そして、喫茶店を営む者の性格か、花々などの色鮮やかなものはないが、綺麗に整頓されている。最も、この裏庭を見る者は、そう多くはないが。


「どうしてそう、いつもいつもここに来るんですか。他にも場所はあるでしょうっ」

 必死に訴えている、少年とも見て取れるこの人物が莅黄で、この喫茶店の店主である。短い浅葱色の髪を揺らしながら、鳶色の大きな目で2人を睨んでいる。童顔のせいか、怖さは微塵も感じない。

「もちろん、ここの居心地が良いからですよ。本当、良い所ですよねぇ」
「……お褒めにあずかり光栄です。ですがっ、ここは僕の店の敷地内なので無断進入は禁止です。いい加減、覚えて下さいっっ」

 こう幼く見えて、莅黄はちゃんとした店主だ。親から受け継いだこの店を、しっかりと経営しているのだ。決して儲かっているとは言えないが、1人で生活していく分には不自由はないらしい。

 そして彼は、黒翔と影凛が盗賊であると言うことを知る、唯一の人間だ。決して人前に現れようとしないこの2人が彼には正体を明かしているのは、彼ならバラさないと思っているからか、それとも彼が知ったところでなんの影響も出ないと思っているからか。どちらでも2人にとっては変わらないだろう。とりあえず、彼は2人のお気に入りなのだ。

「そして黒翔さん。知らん顔で無視し続けないで下さい。僕はあなたにも言っているんです」

 明らかに有らぬ方向を見ている黒翔は、微かに「ちっ」と舌を打ちながら莅黄の方に向き直る。

「別にいいだろ。誰もいやしねえんだから。迷惑かけてねえだろ」
「そう言う問題じゃありませんっっ!」

 黒翔はバツの悪そうな顔で明後日の方角を見る。どうやら彼には弱いらしい。


×××××


「あれー?誰もいないのか?」

 小さな店内に、声が響いた。声の主は、店の中をきょろきょろと見回している。

 カウンター席のみの店内は、外の雑踏とは別世界ではないかと思わせる程静寂に支配され、ひんやりとした空気が漂っていた。

「“営業中”って書いてあったよなぁ?」

 1度外に出て、確認する。小さな喫茶店によく似合う、シンプルな戸。その戸には、しっかりと“営業中”と書かれた札が掛かっていた。

「少しは待ってやれ」

 先と違う声がした。入り口の前に立っていたのだろう。彼も店の中に入ってきた。

 迅夜と左翊は役所で依頼を引き受けた後、すぐ近くのこの喫茶店へやって来た。何度も役所へは出入りしているのに、そういえばこの喫茶店に入った事はなかった。
 これから役所の方で皐戸家に連絡を取り、詳細を聞く。そして迅夜たちへ連絡が入る。それまで、早くて1日2日かかるので、とりあえず休もう、ということになったのだ。なお、この時点では報酬は全く入らないので、今の2人の懐は寂しすぎる。



「うわぁぁーーっっっ!!!」

 店の奥から、慌てた声が聞こえたのは、店に入って3分ほどした頃。続いてドタバタと足音。

「すすすす、すみませんっっっ!!!」

 奥から出てきたのは、少年とも見て取れる人物。この様子からして、おそらくこの店の者だろう。

「な、なにかご注文は……」

 なんだか可哀想にも見えてくる様子だったが、迅夜は思わず吹き出してしまった。少年の顔は、みるみるうちに朱色に染まった。目には少し涙が浮かんでいる。

「あははは、莅黄さん、少しは落ち着いてください。お客さん、びっくりしてますよ」

 再び、奥から人が出てきた。迅夜と左翊は、同時にそちらを見た。出てきたのは、色素の薄いセミロングの金髪を持つ女性……女性?

「誰のせいだと思ってるんですかぁ」

 泣き声混じりの声に、迅夜はまた笑った。

「お前、おもしれーな。この店の奴なのか?」

 面白がっている迅夜とは反対に、莅黄は涙目で必死に何かを訴えようとしている。口がパクパクしてる。

「そうなんですよ。莅黄さんはここの店長です」

 胸を張るようにして説明した人物は、最後にこう付け加えた。

「私、これでも男ですよ。影凛といいますv」

 は、として、迅夜は“彼”の方を見た。
 にっこりと微笑む姿は、女性そのものだが、本人が言うのだから、本当なのだろう。




 ――それから数分

 カップ片手にたわいのない話をしていた。自分らは役所経由に何でも屋をやっているんだ、だの、この間受けた依頼はトイレ掃除だっただの、しかもその時の報酬が宿屋5日分で驚いただの、そのトイレは予想通りとんでもないトイレだっただの。まあ念の為、新しい依頼については話さなかった。あまり情報が流れるのも良くない。
 迷惑を掛けた、と、莅黄はタダでコーヒーを出してくれていた。お陰で2人の懐が空になるという心配は無くなり、迅夜は莅黄の頭をなで回しながら礼を言った。その後の話で、莅黄は迅夜より年上と分かったのだが、彼がそんな事を気にするハズはなく、莅黄の悩みがまた1つ増えてしまった。



「んじゃ、俺らは帰るか」

 話すこともなくなったのか、迅夜は腰を上げた。左翊もそれにならう。陽はそろそろ傾き始めている。

「あら、もう帰るんですか?」

 すっかりうち解けていた影凛は、残念そうに呟く。相変わらず、仕草が女性っぽい。苦笑しながらも、迅夜は店の出口に向かった。

「また来るぜー」

 迅夜は振り返り手をブンブン振り、そうして2人は店の外へ出ていった。狭い店内からは、外の様子は見づらい。2人がどこを歩いているかなど、もう見えないだろう。2人がいなくなり、再びシンとした店内で、影凛はそっと呟く。


「また会いましょう。迅夜さん、左翊さん」



「……じゃあ、やっぱり今の2人がそうなんですか?」

 莅黄が問う。影凛はふっと笑うと、軽く頷く。


「負けられねえな、あんなガキに」

 店の奥、裏庭の方から、黒翔が出てきた。顔は楽しみに満ち溢れたかのように明るい。先程の会話は全て聞いていたらしい。

「ええ」




 盗る者と守る者

 逃げる者と追う者



 ゲームはまだ、スタートライン。