「初陣」
人を斬った感触を、覚えてなんかいなかった。何度も何度も行った訓練は、実際の感触なんか教えてくれない。
皮膚を裂く感触は覚えても、切断して、そして命を奪う感触は知らなかった。
無我夢中で走り、叫び続け、ハッと我に返ると戦場だった場所はすっかり静まり返っていた。
その光景に気付くと同時に右腕にズンとした重みを感じる。
腕に引き摺られるかのようにぐらりとバランスを崩し、そのまま地面に膝を着いた。
それでも右手は固く握ったままだった。固く、愛用の長刀の柄を掴んだまま離していなかった。
大きく息を吐き出す。
吸って、吐き出して。
身体がどんどんと重くなるのを感じて、そうしてようやく現実に帰ってきたような気がした。
「終わっ…た…?」
ついさっきまで長刀を振り回していたというのに、今はそれを持ち上げる力がどこからも湧いてこない。
だらりと降ろしたままの腕を見ると、黒い袖にはべっとりと黒いものがこびりついている。
―――それが何であるか、分からない訳がなかった。
学ランだけでなく、手にもシャツにも、もちろん長刀の刃や柄や至る所に赤がこびりついていた。
ただただ必死だったのだ。
相手を殲滅させようと意気込む敵兵一人一人の表情が、心の奥底から恐ろしかった。
直視する事もできず、目を瞑ったままがむしゃらに剣を薙ぎ払っていた。本当にただそれだけだった。
お陰で、感触を何一つ覚えていない。
ぶつかったのか切ったのか、斬れたのか、斬れていなかったのか。何も見てもいない。
対峙していた直前まで生きていた相手が、今生きているのか死んでいるのかも分からない。
そのまま、戦闘は終わっていた。
「大和おい、大丈夫か?!」
背後の少し離れた場所から声を掛けられゆっくりと振り返る。
場慣れした"先輩"達は、負傷者の手当てや残党の有無の確認を手際よく行っている。
どうやらこちら側にもいくらかの犠牲はあったようで、布を掛けられた担架が静かに運ばれていく。
血に塗れた姿を見て焦ったのであろう黒軍の3年生が、カンナの元へと駆け寄ってくる。
「怪我は」
「大…丈夫、です」
ようやく、手が震え始めた。
ガタガタと揺れ、地面に転がる石と鉄の刃が僅かに音を立てる。
「俺は、大丈夫です…」
絞り出した声に、3年生が少し意外そうな顔をして、そしてすぐに手を差し出してきた。
「なら良かった。初陣でよくやってくれた。お前が先陣を切ってくれたお陰でこちらの犠牲は最小限に食い止められたと言っても過言じゃない。これからも、期待している」
伸ばされた左手を左手で掴んで、立ち上がった時にはもうすっかり手の震えはなくなっていた。
大和カンナ、黒軍1年生。
初めての実戦での話。