「きのことマフラーねこの話」
ドサッドサドサッ
そう音を立てて取り出し口に落ちてきた大量のお菓子を、カンナは呆然と見ていた。
狭い取り出し口からそれらを取り出そうにも、箱の角が完全に引っ掛かっている。
ゲームセンターという場所に足を運ぶ事数回目。
ぐりこぬいぐるみが入っていたクレーンゲーム以外にも様々なゲーム機がある事を知ったカンナは、おそるおそる店内を探索していた。
見ただけではどう遊ぶのかも分からない機種も多く、そういったものは他の客が遊ぶのを遠くから眺めた。
初めて遊んだゲームがクレーンゲームだった所為もあり、景品の出てこないゲーム台の楽しみ方が分からなかったが、遊んでいる人々が皆一様に楽しんでいるように見えるのを考えると、人それぞれ楽しみ方があるんだな、と思えた。
そうこうするうちに目に入ったのは、ドーム状のプライズゲームだった。
中を覗き込むとたくさんの菓子類が、ぐるりとゆっくりと流れている。
取り出し口と思われる場所とちょうど同じ位置のドーム内には、これまた菓子類の乗った前後にスライドする台。
隣の同機種の台で遊ぶ客を覗き見てみると、どうやらアームを使って流れている景品を取り、それをスライドする台に落とし、景品で景品を押して取り出し口に落とす。といったゲームらしい。
目に入った原因は、流れている景品にあった。
「ぐりこ……」
包み紙に包まれた手の平サイズのぐりこ(おそらくキャンディーか何かだろう)が、ドームの中を流れていた。
目を引く赤と黄色が、白い目をこちらに向けてきている。
幸い、流れているだけでなくスライドしている台の手前側ギリギリにもぐりこキャンディーが乗っている。
少し押したら取れるかもしれない。そんな好奇心が湧いた。
100円玉を投入し、アームを動かす。
コツなど分からなかったが、たくさん取れればそれだけ押し出す量は増えるだろうと景品の多い箇所を狙ってアームを降ろした。
タイミングが良かったのか、アームは大量のぐりこや菓子類を乗せて正面まで戻ってきた。おお、とカンナは僅かに目を輝かせる。
次は落とすタイミング。そう思ってボタンを押す時まで、カンナは気付いていなかった。
台の上に転がる菓子類だけでなく、積み上げられた箱菓子類も景品の一部だという事に。
たまたま上手い位置に落ちたのだろう。
景品は景品を押し、そして綺麗に並べられていた箱菓子のタワーがぐらりと揺れた。
え?!と思う間もなく、どさどさとタワーが崩壊していく。バラバラとキャンディー達は景品の落とし口へと吸い込まれていき、崩れた箱菓子達は落下して流れていったり、台に残ったり、そして落とし口に向かって転がったり。
ようやく崩壊が収まった時、ゲーム終了と共に閉じるであろう落とし口の穴はたくさんの菓子達で埋められていた。
「え…っと」
取れなかった。
最初に転がってきた小さな菓子類は取る事ができる。しかしそもそも落とし口に引っ掛かっているものは手を伸ばしても取れない。
こういう時にどうしたらいいのかすら分からなかったカンナは、途方に暮れるしかなかった。
「へえ、すごいね」
不意に横から声を掛けられた。
ビクリと飛び上がりそうな勢いで、それでも声は堪えて全力疾走を始めた心臓を落ち着かせる。
もしかしたら声を掛けられたのは自分ではないかもしれない、という一抹の期待を込めてゆっくり視線を横に向けると、そこにはにこにこと笑う―――白いブレザーと身に着けた男子学生。
ひぃッ、と、今度こそカンナの喉から悲鳴にも似た声が漏れた。
ゲームセンターは非戦闘区域と言えど、カンナ自身黒の制服を身に着けている。既に敵であると、バレている。
ゲーム機に置いた手がガタガタと震えている自覚はあったが、それを止める術がなかった。
「あぁ、これ店員サン呼んだ方がイイよ」
ガクガクと震える足で必死に立つカンナをよそに、白いブレザーを羽織っただけの彼は取り出し口を「おぉ〜」と言いながら眺めていた。
「俺これ苦手なんだよねぇ」
そう言うと、ちょうど近くを通りかかった店員に声を掛ける。
カンナが返事を何一つできていない間に、やってきた店員がドームを開け、詰まった菓子類を取り出してはゲームセンターのロゴマークの入った袋へと入れていく。そうして獲得扱いとなった景品達を袋に入れ終わると、その袋は白いブレザーの彼に手渡されていた。
このやり取りの間にそっとその場を離れる事もできたのだが、つい見入ってしまって足が動かせなかった。
(……かわいい)
白い制服に付けられた、ねこのマスコットが揺れていた。丸っとした、マフラーを巻いたねこ。
それが目に入った時、偶然にもそのねこと目が合ったのだ。目が離せなかった。
「はいこれ」
と、視界がガサリと塞がれる。
目の前に景品の入った袋が差し出されたのだと気付くのに一秒、差し出したのが白軍の学生である事を思い出すのに二秒。
「うっわああ!」
更に一秒遅れ、声を上げて一歩後ずさった。
袋を手にしたままの彼は、そんなカンナの様子を少しぽかんとして眺めていた。
しばし膠着。
うーん、と先に口を開いたのは白い彼の方だった。
「これきみが取ったんだから、受け取ってよね」
そう言ってにこりと笑って見せる。
どこにも敵意など見えない、壁など見せない笑顔に、カンナは数日前に出会った私服の青年を思い出した。
ゲームセンターとはもしかして、そういう場所なんだろうか。
そうぼんやり思った。
「ところできみさ」
恐る恐る袋を受け取ると同時に、彼は再び口を開いた。礼を言おうとした口は言葉を発する前に閉じられる。
「さっきコレ見てた?」
そう言って指差したのは、制服に揺れているマフラーねこだった。
バレてる。そう思った途端、うっ、と呻き声に近い声が出てしまった。
あは、と笑うと彼は制服のポケットをもそもそと探り始める。何をしようとしているのか分からないままカンナがそれを見ていると、やがてポケットから出てきたのは、彼が身に着けているものとは少し色の違うマフラーねこ。
「さっき取ったやつなんだけど、いる?」
「えっ、え、えと…あの…」
袋を両手で受け取り手の空いていなかったカンナは、彼の顔と、自分の両手と、マフラーねことを順に見やる。
湧き上がる様々な感情に、どう言葉を返したらいいのかが全く分からなかった。
ええと…と言ったまま返事らしい返事のできていない様子に呆れたのか、痺れを切らしたのか。
彼がパッと手を離すと袋の重みが全てカンナの手に掛かる事になる。
「あ…」
「あげるよ。入れとくね」
そう言うなりマフラーねこはお菓子の詰まった袋へとダイブしていった。袋を覗き込むと、ちょうど見上げてくる瞳と目が合う。
「それじゃ」
軽く手を上げ踵を返す彼に、声を掛けるチャンスは今しかなかった。
「…っ、あの!」
思っていたよりも大きかった声に自分でも驚いたが、足を止め振り返った彼の顔もまた、予想外に呼び止められて驚いていたようだった。
「あ、…あの、ありがとう…ございます…」
緊張と恥じと恐怖と好奇心とがない交ぜになり、言葉が妙に震えていた。
段々と小さくなる声を、このゲームセンターという喧噪の中で果たして彼は聞き取ってくれただろうか。
「お菓子、一人じゃ食べきれないんで、…その…」
寮に戻れば学生はたくさんいるのだから、大量のお菓子が困る事もない。きっとすぐになくなってしまうだろう。
けれどそうでも言わないと上手い理由を作れないような気がした。だから自然とそう口に出していた。
「お礼になるか分からないですけど、少し、貰って下さい…」
ぺこんと下げた頭をどう思われたのかは分からなかった。
けれど彼が笑って歩みをこちらに向けてくれたことに気付いて、どこか安心したような心地を覚えたのだった。