「白でもなくて、黒でもなくて」
自動ドアが開く度にけたたましい音が聞こえてくる。そしてその度に、ドアの横に立っていた大和カンナはびくりと肩を震わせた。
ゲームセンター。
存在は知っていても実際にやって来るのは初めてだった。
自動ドアが閉じている間は喧噪など感じられないというのに、少しでも開くとそこは別世界だ。
戦場での爆音は聞き慣れているはずが、慣れだけの問題でこのけたたましさが苦手だった。
だと言うのに何故足を運んだのかと言えば、一つの興味だった。
先輩である氷上涼平が、「ゲーセンで取ってきた」と言って渡してくれたぬぐるみ。
一体自分は何歳なんだとセルフツッコミを入れつつも、それをどうしても大事にしてしまっている自分がいた。
そして、そのゲーセンとやらがどんな所なのかと興味を抱いたのだった。
…と、ここまでは良かったのだが、ゲームセンターとやらは予想以上に足を踏み込むのに勇気の要る場所だった。
何せ扉が閉まっている限り中の様子が分からないのだ。そんな場所に踏み込む勇気など、カンナは持ち合わせていない。
先程から人の出入りがある度、じろじろと見られているような気がするがもちろん気のせいではない。
入るか、帰るか。
その二択に答えを出せないまま、かれこれ30分近くは立ち尽くしていた。
「何をしているんだね」
「ひやぁあうあああ!?」
突然背後から声を掛けられ、ものすごく奇妙な声を上げてしまった。
恐る恐る振り返ると、すらりとした長身に陽の光に照らされキラキラと光る金髪と、赤いリボン。
白なのか、黒なのか、そもそも学生なのか。まずそこから分からなかった。思わず緊張感に息を飲む。
「きみもここに用があるのではないのか?」
酷い奇声に少し驚いたようだったが、彼の表情はすぐに穏やかなものへと変わる。
「い、いいいいいいいえ、別に、そういう、わけじゃ…」
全身全霊の力を込めて首と手を振り一歩二歩と後ずさる。長い髪がバサバサと揺れて顔に散らばった。
「しかし入りたそうに覗いていたのではないのかね?」
「そんなこっないっ、…です」
あまりの緊張に言葉が言葉になっていない。
見知らぬ人と出会うのが苦手ならば外に出なければいいのにと思いながらも、既に時遅しだった。
ただ、穏和に話し掛けてくる様子を見るに、彼に敵意があるようには思えなかった。
正体が分からずに警戒するというのはこの世の中では間違った事ではない。だというのに、この様子は一体何なのだろうか。
まるで、白や黒など関係ない、とでも言いたげな。―――流石にそれは考えすぎかとも思ったが。
「そそそそれ、では俺は…これで…」
とは言え、この状態でゲームセンターの中へ入るなどもう無理だと観念したカンナは、精一杯に振り絞った声で軽く挨拶をするとくるりと後ろを向いた。
向いたのだが。
「そんな事を言わずに。きみも興味があるのだろう、俺がゲームのお手本を見せてあげよう」
ぽんと肩に手を置かれ、「ひぃいっ?!」とまた上擦った声が吐き出される。
振り返り肩越しに見えた表情は、本当に敵意のない、ただただ純粋に優しい笑顔だった。
警戒しかしていない自分の尖った感情が、馬鹿みたいに思える笑顔だった。