「ある日の目撃者は語る」
すっかり聞き慣れた喧噪の中を歩いていたカンナは、そこで見知った姿を見掛けた。私服の長身、綺麗な金色の髪と赤いリボン。まず見間違う事のない姿の、宇佐美龍巳だった。
ゲームセンターで何度か遭遇するうち、"普通"の会話ができるようになった数少ない黒軍以外の人物。
ただいつも声を掛けられてばかりで、自分から話し掛けたことはなかった。
両替機の置かれた場所から歩いてきたということは、おそらくいつものように散財している所なのだろう。
今日こそ自分から声を掛けてみようと、カンナは宇佐美に足を向けた。
…が、いざ声を掛けようとした時に聞こえてきたのは、聞き慣れない声だった。
「うさみ先輩おそいよぉ」
「うう…すまない、実は所持金が尽きてしまっていて両替できなかったのだ」
「うっわ、格好悪い」
「どうするの?もうちょっとで取れそうって言ってたのに」
「ううう…うむ、申し訳ないのだが」
「俺貸さないよ」
「僕もお金持ってきてないなぁ」
「うっ…、まだ何も言っていないのだが」
会話。
ちょうどゲーム機の陰になっていて宇佐美の姿以外は見えなかったが、声だけで判断するなら宇佐美の他に二人。
どこかで聞いた事があるような、ないような声だったが、誰の声だったか思い出せなかった。
悔しげな宇佐美の唸り声が聞こえてくる。
なんとなく状況を察し、手助けに行きたい気持ちはあった。
しかし見知らぬ人物(しかも宇佐美の知り合いとあれば黒軍ではない可能性の方が高い)の前に出て行く勇気が湧かなかった。
「あ、今度5倍返ししてくれるなら貸してもいいよ」
「うっ」
「じゃあ僕6倍で」
「う、ぐ…」
「ケイお金無いんじゃなかったの」
「ん〜?」
ゲームセンターで遭遇する人に、悪い人はいない。今までもいなかったはずだ。
そう思って、カンナは宇佐美の前へと出て行きたかった。自分なら、協力するつもりで返済なんて気にせずに貸したい。
しばしの葛藤の末、勇気を出してゲーム機の陰からちらりと身を乗り出す。
「これも…ジャバラット春の桜餅バージョンのためだ…」
そう呟いて頭を下げている宇佐美の横に居たのは、赤茶色のセミロング、焦げ茶のくせっ毛―――
(……!!柊…ケイ……?!)
どことなく聞き覚えのあった声が確信に変わり、そしてそれ以上カンナは動けなかった。サッと完全にゲーム機の陰に身を隠す。
柊ケイ、カンナにも見覚えのある、白軍の男だった。使用する武器の相性もあって極力鉢合わせたくない相手。
その場にいた三人とも制服など身に着けてはいなかったが、非戦闘区域ではそう珍しい事でもない。
(けど…ということは、宇佐美君も、もう一人の人も…白軍…)
ここで戦闘は起こらない。
それは分かっていても、あの場に出ていく訳にはいかなかった。
「すまない柊くん、河合くん。この恩はすぐに返そう…」
「10倍返しでね」
「なっ、増えている…だと?!」
「でもまずこれ取らないとだめだよねぇ」
「うっ…くっ、必ずや迎えてみせるぞ…桜餅」
「取れないに一票かな」
「じゃあ僕も〜」
「うぐぐぐぐ…」
宇佐美君ごめん、俺じゃ力になれなかったよ…
三人のやり取りを聞きながら、カンナは胸中で宇佐美に謝罪し、そしてゆっくりとその場を離れた。