「黒と赤の狭間で」
「あっ、あの…」視線だけのやり取りにストップを掛けたのは二人の様子をおろおろと見ていたカンナだった。
声を掛けられ、龍巳と玻璃の視線が同時にカンナへと向けられる。
視線での言い合いを繰り広げていた二人の視線は一瞬鋭く、カンナは一歩後ずさった。
「あの、お邪魔でしたら俺帰りますから…」
不安げな表情で、しかし(どこか引き攣った)笑みを浮かべてカンナはそう言った。
正直その方が都合が良いと、玻璃は思う。下手に会話を重ねてしまってはいつボロが出るか分からない。
「あっ」
お帰り願おうかと口を開き掛けた所で、不意に別の声が遮る。龍巳のものだった。
「その…大和君にはその…お礼をすると言っていたのに…」
玻璃には聞き覚えのない単語。それを聞いてカンナはぶんぶん手を振る。
「あっいえ、そんな、俺も結局取れなかったですし」
「しかし一緒にお金を使ってくれたではないか!そのまま帰してしまうわけには…」
「大丈夫ですよ本当!ほんとうに!」
なんとなく話の流れの発端が予想でき、玻璃は眉を顰める。聞かない方がいいかもしれない。
いいかもしれないと思うのに。
「龍巳…、お前何約束したんだよ…」
「おおお河合君!」
パァァと表情を明るくする目の前の男が、我ながら自軍の参謀だとは思えない。
そういう所嫌いじゃないんだけど、ちょっと今回のは、良くない。
「実はこの蛇腹兎が取れたら、共に戦ってくれた大和君へのお礼としてこちらも狙おうという話をしていて」
そう言って龍巳と、そしてカンナの視線が蛇腹兎のいるクレーンゲームの隣の台へ。
そこに鎮座するのは(正直見る前から分かっていたが)赤と黄色のきのこ。ぐりこだった。
「宇佐美さんちょっと、何故お礼にクレーンの景品を選んだんです?取れるの?」
「きっと取れると思ったんだ!」
どうしようこの人本気だ。
玻璃は僅かに表情を引き攣らせ、面倒臭そうに息を吐いた。
コロンと転がった蛇腹兎を抱き抱えご満悦の龍巳を横目に、玻璃はぐりこのいる台へと足を向ける。
玻璃の隣にカンナはそっと着いてきた。
「あの…すみません。巻き込んでしまって…」
クレーンゲームの中を覗きながらカンナはそう言った。
言葉の端々に緊張感が見えて、玻璃はどこかむず痒いものを感じる。が、それに触れることはできない。
チャリンと硬貨を投入すると聞き慣れた軽快な音楽が流れ始める。
…だからそんな緊張した顔すんのやめてくんない?
……無理か。
じゃあなんでまだここにいんの。
「あんたさ」
視線をアームから逸らさないまま、玻璃は口を開く。カンナの顔がこちらを向いたのが横目に見える。
「黒軍だろ。龍巳が別の軍だって知らねーの?」
息を飲む気配がするが、その表情は見たくなかった。
目的の場所で止まったアームが降下していき、ぐりこを少しだけ動かす。一回で取れないのは想定済みだ。
アームが戻ってくる前にチャリンと次の硬貨を入れる。
「…知ってますよ。一応」
ボタンを押したタイミングでカンナの言葉が返され、思わず止めるタイミングがずれた。
まだ奥側への位置で調整すれば問題はない。
「怖くねーの?」
ボタンから手を離すと同時に投げ掛けると、話の流れを綺麗に無視するチャラランという音楽。
アームが下がるのを見ていると、少し迷ったようなカンナの声が耳に届く。
「……気にしないようにしてます。宇佐美君は、同年代の友達なんだって、思ってます。確かに軍は違うけど、こうやってゲーセンで遊べるのが楽しいって思えるなら、それをなくしちゃうの勿体ないな、って」
ごろんとアームはぐりこを押して、けれどまだ落下にまでは至らなかった。
……なんでこの人、こんなに馬鹿なんだよ。
随分と傾いたぐりこを見て、玻璃は迷うことなく次の硬貨を投入した。
タン、タンッと短くボタンを押し、そしてアームを見送る。
「それで…ここじゃなくて戦場で会ったら?どーすんの」
「戦いますよ。…戦います」
ころんとぐりこは転がり落ちた。
「ありがとうございます」
ぐりこを抱え、少しばかり嬉しそうに笑いカンナは言った。玻璃は「別に、」とだけ言って目を合わせなかった。
いつの間にか近くに来ていた龍巳の視線が不安げで、とりあえずそれはやめろと視線だけで訴えておく。
幸い背を向けているカンナには見えていないだろう。
「あの、」
カンナの視線が玻璃に向けられた。
「あなたのこと、なんて呼んだらいいですか?宇佐美君は、河合君って呼んでたけど…」
「呼ばなくていいよどうせもう会わねーだろ」
あんたが、呼ぶ必要なんてない。
「でももしかしたらまたここで会えるかもしれない」
「言っとくけど」
被せるように放った言葉、語気が荒くなったのは気のせいじゃない。
制するような龍巳の視線に気付き、一瞬カンナへ向けた視線を再び逸らした。
しかし言い掛けた言葉は止められずに、少し勢いの落ちた言葉が口から溢れる。
「戦場で会ったら、俺はお前を殺すから」
賑やかなゲームセンターの音楽が周囲との距離感を感じさせる。周りの声は聞こえなかった。
そのくせ、小さなカンナの声はいやに良く聞こえてしまった。
「うん。俺も」
ハッとして目を向けると、カンナは迷ったように視線を揺らした末、真っ直ぐに玻璃を見た。
「次もしあなたと戦場で、敵として出会ったのなら。俺はきっとあなたを殺すと思います」
「………できんのかよ」
「できますよ」
真っ直ぐな目が痛かった。
「…先帰るよ、龍巳」
間を置きすぎたな、と思いながらくるりと二人に背を向けた。
龍巳の蛇腹兎もカンナのぐりこも取ったんだ、もう用はないだろと。もう話し掛けないでくれと。
言葉に出さないまま呟く。
「おお。ではまた。助かったよ今日は」
「あ…」
龍巳の声に続いてカンナの声が聞こえたが、それは聞かずに歩き出した。
もう二度と、会いたくない。
ポケットに手を突っ込み不機嫌そうに去っていく玻璃の背中を見ながら、カンナはぐりこを抱く手に力を込めた。
(……またね。瑠璃君)
おまけ
終われ!