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月: 2014年3月

お題:白い世界

「大丈夫か?」
声を掛けられて迅夜がハッと顔を上げると、不安げな灰色の瞳がこちらを見ていた。足を止められた所為でこちらも止めざるを得なくなり、地をぎゅっと踏みしめた。
「平気」
「そう見えない」
「平気だってば」
視界の全てが白だった。
正確には”全て”ではない。顔さえ上げてしまえば周りの景色も前を歩く左翊の姿も見えるのだから、他の色などいくらでもあった。けれど慣れない足下に必死になり下ばかり向いていると、目に入るのは白ばかりだった。
「ちょっと、何も考えられなくなりそうになっただけ」
訝しがる表情が離れてくれないので、誤魔化すように笑いながらそう言うと、左翊は更に眉をしかめた。駄目だこりゃ、面倒臭いな…、迅夜はそう思って溜め息を吐き出した。実際、原因を作っているのは自分だ。この道に慣れている左翊には何も堪えるものはないのかもしれない。
「…俺の事見ていればいいだろう」
「サイ、その言葉すごく気持ち悪い」
「………悪かった」
言わんとする意味は一応分かっているが思わず苦笑いを浮かべる。居心地悪そうに左翊も視線を逸らした。
再び歩き出し、出来る限り白以外の色を視界に入れようと視線を動かす。時折足を滑らすが、転ばなければ問題はないだろう。白に入り乱れる黒、灰、青…
「赤は、映えるな」
突然ぼそりと声が聞こえた。
シーンという擬音が実際に聞こえてきそうな程静まり返った白の世界には、足音以外の音が聞こえず、低く小さな左翊の声もよく聞こえた。「なんで?」と返すのを一瞬躊躇う。
「白に飛び散って広がった赤、一度見たら忘れられない」
聞いてもいないのに左翊の言葉が続いた。それは迅夜に投げ掛けていると言うより、自分自身へと向けている独り言のようで、とても遠くの世界を見ているようだった。
「ねえサイ、重たいモノ俺にも押し付けるのはやめてよね?」
「……悪い、そういうつもりじゃなかった」
前を歩く左翊の表情は見えない。
―――見えなくて正解だった。見えていたら、どこに巻き込まれるのかが分からなかった。
“何も考えられなくなりそう”なのは、もしかしたら左翊も同じだったのかもしれない。

「ってかこの道どこまで続くのホントに!寒いんだけど!」
「まだしばらく掛かる。大体そんな薄着で出てくる方が悪いだろう」
「すぐ着くって言ったのサイの方じゃん、全然すぐじゃない!」
「歩いてれば着く」
「遠い!」

見える世界はまだまだ真っ白だった。

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20分

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