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Sing a Song for…

 この時期になると毎年聴くようになる、定番のクリスマスソングが流れている。特にクリスマスに強い思い入れがある訳ではないが、気分は自然と高揚しているのだろう。遊の口から、響きを知っている部分だけのフレーズが零れた。生憎英語詞を空で全て言える程、聞き込んではいないし英語も得意ではない。ついでに言うと歌詞に込められた意味も、申し訳ないが理解してはいない。
 隣から、同じメロディラインに乗せた言葉が聞こえた。ふと振り向くと、見知った顔と声。目が合うと愉快そうに、しかしメロディは停止させずににっかり笑った。思わず遊は吹き出し、そして彼に合わせて音程を変えた。歌詞が分からない部分はリズムだけ、歌詞が分かる部分も両者の歌詞は一致しないから、結局ずっとちぐはぐな歌のままだった。
 恋人たちのクリスマス、だなんてよく言うけど、そんなもの無くたって十分だ。そう言っていたのは隣の彼だ。唄が恋人の彼だって十分、恋人たちのクリスマス、なんじゃないかと遊は思った。
 パンと弾けた噴水は、クリスマス用にアレンジされたウォーターショー。思わずメロディを止め、魅入る。純粋に“凄い”と感じている遊の隣、きっと彼の頭の中では新しいメロディと詞が生まれているのだろう。口ずさんでいるリズムは遊の知らないものだった。

 クリスマスイベントはやがて歌へと変わる。伸びやかなハーモニー、高音と低音。食い入るように見つめ、聞き入っていた迅夜はやはり唐突にぼそりと呟く。
「あの人たちも歌ってるのかな」
 声量は独り言、しかし“誰か”へと向けられている。何もない空中を見上げてはいるが、その目は何かを探している。
「山下さん、ほんっとお気に入りですよね」
 個人名を出していないにも関わらず、迅夜が指しているのが誰なのかあっさり見当が付く。分かり切っている事を、敢えて遊は呆れたように笑って言った。自分の“お気に入り”よりもずっとずっと深く気に入っている事は誰が見ても一目瞭然だった。
「だって好きなんだもん」
 ふわりと笑った顔は、心底幸せそうだった。きっと彼には唄の他にも恋人がいるんだと、遊はぼんやりと思った。
「…って、仕事中だったらどうするんですか」
 おもむろに携帯電話を取り出した迅夜にぎょっとし慌てて遊は制止する、が、それしきの言葉で止まってくれる人ではなかった。
「ん?留守電に入れとく」
 ニッと笑った表情。始めからそのつもりだったのかもしれない。「メーワク」と呟いた遊も、既に吹き出したあとだった。コール音を聞いているのか応答メッセージを聞いているのか、暫く黙り込んだ迅夜はやがて口を開く。

「メリークリスマス。ね、歌って?」