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タグ: 荘太郎

お題:無題

パタパタと走る音がすぐ後ろから聞こえ、荘太郎は足を止めて振り返った。思った通りの姿がそこにはいた。
「なあ荘太郎!今日は何しに来たんだよ!」
「来ちゃ悪いのかよ」
年端もいかない少年の言葉だけを聞くとまるで歓迎されていないようだが、声の調子と表情と、何より普段の彼の様子を知っている側としては、そうではないということくらいすぐに分かるものだった。軽く苦笑を浮かべながら言い返す。
「ちげーよ!何しに来たのか聞いてるだけだっての」
少しだけムッと頬を膨らませ腕を組んでみせるも、大して怒ってはいないという事もバレバレだった。
「今日は調べ物しに来ただけだよ」
歩き始めると少年も隣を歩き始めたので、そのまま荘太郎は口を開いた。行き先は資料庫であり、少年への言葉に偽りはない。少年は「へー」と面白くなさそうに返事をするも、足を止めることなく着いてきた。
「お前も調べ事すんの」
「しねーよ、面白くねーし」
「じゃあなんで着いてくんだよ」
「着いて来ちゃ悪いかよ」
理由が分かんねえよと荘太郎が呟くも、それには少年の返事はなかった。やがて資料庫の扉の前に到着する。鍵は掛かっていない。中への出入りは自由だが、資料によっては閲覧に制限があるものもある。そういうものが置かれてもいる部屋だった。
扉の前で足を止めると、荘太郎はもう一度少年に視線を向けた。
「もしかして、監視か?」
思い当たった一つの可能性を思わず口にする。口にはしたものの、その可能性がどれ程の確率であるのかまでは自己判断では決められなかった。少年はニッと笑うと、首を振った。
「ンなわけねーよ。荘太郎の方が信用されてるよ」
「んじゃ逆か?俺が鍵開けて、そこにこっそり侵入して盗み見る」
「オレに何の得があんだよ」
「知らねえよ、そんなの」
まあそこまで、不審の目を向けられてはいないか、と思い直す。自分も、この少年も。
「荘太郎が普段何してんのか、気になってるだけ。別に悪い意味じゃなくてさ」
ぼそっと呟かれた少年の言葉に、荘太郎はあははと軽く笑う事しかできなかった。そういえば、「理由」はまだ限られた人間にしか話していない。彼らの口が固いままでいる限りは、それらを知る者もごく僅か。
「んじゃオレ資料とかそーゆーの興味ねーから!」
くるりと背を向けた少年は、ひらひらと手を振って来た道を戻り始めた。元々、ここに到着するまで間の「お喋り」をしに来ただけらしい。肩を竦めるて笑うと、荘太郎はその背中に向かって声を掛けた。
「知りたきゃその内教えてやるよ」
届いた言葉に少年がバッと振り返り「ほんと?!」と声を返すのと、後ろに向かって手を振る荘太郎の姿が扉の向こうに消えるのはほとんど同時だった。
廊下にバタンと扉の閉まる音が響いた。
取り残された少年は、微かな高揚感を胸に感じながらもう一度振り返り、来た道を歩き出した。

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25分

がくせん!

無題

どう見ても良い印象を抱かれないであろうこの容姿を見た彼女が、最初に何を思ったのかは今となっては分からない。おそらく聞けば嘘偽りなく答えてくれるだろうとは思うのだが、さすがに「大嫌いだった」という言葉を直接聞きたくはなかった。
「俺のこと本当に好きか?」
せいぜい聞けるのはこれくらい。
確信を持てているのがこれくらいだった。
「どれだけ自信がないんですか。そんな人だとは思って いませんでした」
毎度、返される言葉は同じだった。それに安心感を覚える。
「ごめん、聞き流してくれていいよ」
「無視したら拗ねるのにですか?」
「…痛いところ突くね」
「事実じゃないでしょうか」
「はい、負けました」
肩を竦めて両手を挙げると、くすりと笑う声が聞こえた。床を見つめたまま、勝てないなぁと改めて思うと自然と口元が緩む。本当に、勝てない。
「いつまで顔下げてるんですか」
顔を上げてくださ い、だなんて言わない。いつまでも彼女は一歩引いて、そしてすぐ横を歩いてくれている。
顔を上げると、見慣れた微笑みが自分の目をしっかりと見つめていた。この目はもしかしたら、いくつも隠している自分の中身をすっかり見通しているのかもしれない。いつか、本当にいつか、全てを打ち明けたくなる目だった。
「好きですよ。私の目の前にいる、あなたのことが」
照れることもなくまっすぐに投げられる言葉が、望んでいるもの だったというのに素直に受け取るには相変わらず気恥ずかしさが先に訪れる。「嬉しい」という感情が、おそらく顔に思い切り出ている。
「今では、ですけど」
付け加えられた言葉。くすっと笑った彼女の顔にはいつになく悪戯っこの笑みが浮かべられ、荘太郎の背筋は一気に冷え込んだ。

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20分

がくせん!

お題:ひみつ

「憎んでいたんだ、アイツらの事を」
俯いた顔でそう言う男が、今どんな顔をしているのかは分からなかった。表情もだし、胸中もだ。声が辛そうで、表情が苦しげだったとしても、その内面では何を考えているのかなど分かりはしない。分かるわけがない。
「憎んで、憎んで。どうやったら復讐できるのか、考えていた」
相変わらず淡々とした声は、尚のこと感情を感じさせない。
「そうした時に、君に、君たちに出会った」
だからこそ、どう捉えるかは自分次第なのだと。この男のことを、自分がどう見るかが全てなのだと。そう思っていた。
両手を額に当てて完全に顔が見えなくなった彼の背を見て、そして思った言葉がするりと口から離れた。
「やっぱり」
男の方がぴくりと揺れた気がした。
「何か事情があるんじゃないかとは思ってました。私が一目惚れされるだなんて思っていませんでしたから。つくなら、もっと上手な嘘をつくべきでした」
するすると流れるように飛び出す言葉の一つ一つが、男に刺さっているのだろうかと思った。聞いた話と、今の彼の様子を見ていれば、そうなのだと察することができた。仕返しは、これだけで充分だった。
「違うんだ、これだけは信じて欲しい」
「分かっています」
ガバッと顔を上げて真っ直ぐに向けられた視線を、同じく真っ直ぐに受け止める。
分かっている。だから今こうやって話を聞いているのだ。
言葉を遮られた男の瞳が、ぐらぐらと揺れていた。なんだ、この人もやっぱり、随分と弱い人だ。
「あなたが私のどこを好いているのかだなんて気にしていません。私はあなたの事が好きで、信じています。だから、あなたの選んだ道を応援します」
真っ直ぐに、黒の瞳の下に隠れる金色の瞳を見つめた。彼は、私が知っているということを知っているのだろうか。いつか聞いてみよう。
「私はあなたも、あの子も守りたい。それだけです」
「柳…」
ふわりと風が通りすぎ、木の葉が舞った。
今日は会えないはずの日だった。だからこれは、私たちだけの秘密になる。
「俺も、守るから」
ぐっと両手を握り締められ、その暖かさに思わず微笑みが溢れた。
ああ、やっぱり、私は彼のことが好きなんだ。

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20分

がくせん!