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風花の追想

 外へと足を踏み出した時、ふわりと視界を掠めるものがあった。動作を止め、空を仰ぎ見る。薄暗い曇天から舞い落ちてくるのは、白。彼らはゆっくりと、不規則にふらふらと、ゆらゆらと宙を漂っている。ただ見上げ続けているだけなのに、どこかへと吸い込まれるような感覚を覚えるのが不思議だった。不安定に風に流れるそれを目で追い、左翊はそっと手を差し出した。一粒の欠片が手の平に着地し、そして消えた。
「雪、か」
 誰に宛てる訳でもない呟きが溢れた。白い息にすら揉まれて、途端に雪たちは進路を変える。差し出したままの手の平をするすると抜けていく様子は、まるで掴む事の出来ない幻のようにも見えた。
 シャオク大陸は比較的温暖な地域である。冬になれば冷え込むし、今日のように雪が降る事だってある。しかし一面の銀世界、という景色はそうそう拝めるものではない。地面へと辿り着いた雪は、そのまま静かに消えていく。音のない世界で、左翊は雪の降りしきる様をただじっと眺め続けていた。彼の故郷には、辺り一面が白に染まる季節があった。そして、あの日も白の世界。深紅。
「何してんの」
 不意の声にハッとし何度か瞬きを繰り返し、急速に記憶から引き返す。唐突ではあったが、予想していたよりは随分と遅く声を掛けられた。背後の、室内からの声は相方のものである。扉を開けたままにしていたのだからそのうち何かしらの声を掛けられるだろうとは思っていたが、どうやらしばらく様子を見られていたようである。呆れた声が、すぐ隣にやってきた。そして、
「あ、雪降ってるんだ」
 それは、どこか弾んだようにも聞こえる声だった。左翊の隣に並んだ迅夜は、左翊と同じように空を見上げる。じっと見つめる視線はまっすぐで、何を考えているのかは読めない。同じように、左翊が考えている事を迅夜は読めないのだろう。
 はらりはらりと舞う雪が頬に触れると、ひんやりと熱を奪っていった。引き替えに雪は姿を消す。何度も何度もそれを繰り返し、迅夜も、左翊も、言葉を発することなく身体が冷え込むまで立ち尽くしてた。

「…、そろそろ行く?」
「そうだな」

 雪がやがて小さくなり、少なくなり、そして姿を消していく頃。
 二人は扉を閉め、歩み出した。雲間からは細い光が差し込んでいる。