Press "Enter" to skip to content

タグ: 烈斗

お題:分かれ道

まっすぐな道の真ん中に立っていた。その道は、二人くらいが並んで丁度収まるくらいの幅だった。
五歩くらい進んだ所では、道が二叉に別れている。
一本道の終わりまで歩いて行き、そして足を止めた。右の道も、左の道も、進んだ先に何があるのかは見えなかった。
「   」
何か声が聞こえたような気がして隣を見ると、そこには一人の人物が立っていた。見上げると同時にそちらも視線を向けてきて、そして合う。
見覚えのある、とてもとても懐かしい顔だった。
彼は何も言わずに顔を道の先へと向けると、やはり何も言わずに右の道を指差す。動きを見守っていると、次はこちらを指差して、そして左の道を指差した。
「…オレはこっち、ってこと?」
左の道を指差しながら訊ねると、彼はゆっくり頷いた。
不思議な事に、彼の顔は分かるし誰なのかも分かるのに、表情は口元しか見えず、それより上は薄ぼんやりとした影だった。道の先が見えないのも、同じような影の所為だった。
「どうして同じ道には進まないの?」
ふと口に出したそれは、聞いてはいけない問いのような気がした。しかし、答えは知っているような気もしていた。けれどそれよりも、聞かずにはいられなかった。
問い掛けた途端に彼は困ったような表情をしたような気がして、でも口元は柔らかく笑っていた。そして、ゆっくり首を振った。言えないよ、分からないよ、そう言っているようには見えなかった。
「ねえ」
更に言葉を重ねようとすると、顔の前に右手をぽんと突き出され、ストップを掛けられてしまった。不満げにその顔を睨み付けると、まっすぐこちらを見たまま、また首を振った。それ以上は言うな、そう言っているように見えた。
他に言いたい事はたくさんあるはずなのに、何かもっと別の事を言いたいはずなのに、そう思うだけで言葉は何一つ出て来ない。そうこうする内に、隣にいたはずの人物の背中が視界に入ってくる。一歩、そして二歩、足を踏み出していた。
待って!そう叫んだつもりの声は、実際には息にもならずに消滅していた。声が出なかった。
にーちゃん!やはり声にはならず、背中はどんどんと遠ざかっていく。先の見えない道の先へと吸い込まれていく後ろ姿は、次第に霞んできていた。
「またね!」
何が起きたのかも分からないまま、頭に浮かんだその言葉はすっと、音となって道の先へと響いた。自分でも少し驚いてきょとんとしてしまった。しかしぼんやりとした道の先、もうシルエットしか見えないその先で、こちらを振り返ったような気配がした。ゆっくりとその右手が上げられる。それを見て、慌てて自分も右手を高く上げた。
「またね!」
もう一度叫んで、大きく手を振った。
道の先で、大きく手を振る影が見えて、そして消えた。

そして目が覚めた。
見慣れた天井と見慣れた部屋。ぼんやりしている事が鮮明な夢はまだ頭の中にこびりついていて、現実と夢の区別を付ける為に何度も瞬きを繰り返した。その結果、この部屋が現実だという事に気が付いた。
「…また、ね」
ぼんやりと自分の手の平を見つめながら、烈斗は小さく呟いた。

+++++
20分

CrossTune

お題:一本道

まばらに木々が生え、明るい緑の草が一面を覆い、その緑を割って陽の光に煌めく川が細く長く流れている、そんな静かな光景だった。川の水は澄んで川底の丸い石たちが転がっているのがよく見える。そよぐ風に緑が揺れる。
川の横を併走する小道に、やがて景色に似合わない爆音が響く。音に負けじと張り上げられる声も聞こえてきた。
「う、うわあああああ」
「にーちゃんばか!危ない!」
どう聞いてもただ事ではない叫び声は、しばらく景色の中の騒音として響き続けていた。そしてしばらく響いたあと、別の衝撃音と共に静かになった。
「だからもー、ばか!」
「ってえ…」
今にも泣き出しそうな声と、絞り出すような呻き声。声に被さるように断続的に続くごぼごぼという空気の漏れるような音。
小道の真ん中には横転してタイヤが空回りしている自動二輪車、その脇には放り出されて転がっている二人の少年がいた。少年の一人が自動二輪車の側面を操作すると、低く続いていたエンジン音はパタリと止まった。そのまま深く息を吐いて、倒れたままの二輪車に寄り掛かって座った。
「だから危ないっていったじゃん」
泣きそうな声は訴えるように言った。言いながら二輪車に向き合うように小道に座り込む。二人の少年は丁度向き合う形で座っていた。
「乗りたいってはしゃいでたのそっちだろ」
「にーちゃんもじゃん」
不機嫌な声が二人分、静かな景色に不釣り合いに響いていた。
小道をすっかり塞いでいる二人と一台だったが、道の先にも後にも通る者の姿は見えなかった。時折鳥が羽を休め、そしてまた飛んでいく程度だった。
「大体、乗った事もないのに二人乗りなんてできないって分かってただろ」
二輪車に寄り掛かった方の少年が口を尖らせながら言った。
事の発端はこっちの少年だった。使われなくなり放置されていたこの自動二輪車を弄ってみた所、まだ動く事に気が付いた。そして興味本位でそれに乗ってみた。そしたらもう一人の少年も後部座席に座り込んでしまった。そして、
「だってホントに走らせるって思ってなかったんだもん」
二人を乗せた二輪車は、必死に動かしたハンドルのお陰で辛うじて道を走っていた。しかし、止まり方が分からなかった。
強制的にその走りを止められた二輪車は、元々あった傷に加えて新しい傷も刻まれてしまっていた。小道はタイヤとハンドルの形に地面が抉られている。
よっ、と小さく声を掛けて、寄り掛かっていた方の少年が立ち上がった。二輪車のハンドルを持って慎重に起こす。細かい砂が大量に付いていたのをパタパタと払うと、地面を再び削りながら方向転換をさせる。もう一人の少年は、座ったままその一連の流れを見ていた。その少年を見下ろして、ハンドルを握った少年はニヤッと笑った。
「帰りも乗ってく?」
「ぜってーやだ!」
座っていた少年は慌てて立ち上がり、二輪車の横に立つ。
「危ないから押して帰ろ、ね?」
「怖がり」
「ちっげえ!」
ムッと声を荒げる少年を見て、ハンドルを持つ少年は吹き出して笑った。そしてゆっくり二輪車を押して歩き出す。
「帰ったら乗れる人いるか聞いてみよ。いたら教えてもらうんだ」
そう言った少年を、並んで歩く少年は嫌そうな目で見ていた。

+++++
30分

CrossTune

お題:花火

ドン…という低く遠い音が窓の外から響いた。
何事かと思い真鈴が外に視線を向けると、丁度そのタイミングで遠くの空がパラパラと光った。数秒置いて、再び低い音。
しばしきょとんと窓の外を眺めて、
「何事…」
そう呟いた。
遠くの空に咲く花が何であるかを知らないわけではなかった。ただそれが、どう見ても森の上空に打ち上がっているという状況に唖然としたのだった。犯人は考えるまでもない。
「全く、お気楽なんだから」
そう肩を竦めて息を吐くが、視線はつい窓の外へと向いてしまうのだった。
一つずつ、名残惜しむかのようにゆっくり打ち上がる大輪の花。また一つ、先に形だけが現れる。
ドン―――…ガタン
低い音に続いて、すぐ近くで何かが倒れる音が響いた。近くも近く、すぐ後ろである。
今度は何事かと後ろ、部屋の入り口を振り返ると、そこには倒れた椅子と蹲る烈斗の姿があった。
「ちょっと、どうしたのよ!」
真鈴は慌てて烈斗の元に駆け寄るが、少年の小さな身体はカタカタと震え真鈴の事など見ていないようだった。
「烈、烈!」
肩を揺らし声を掛けても、俯いたままの視線は床しか見ていない。もしかしたら床すら映っていないのかもしれない。
烈斗の様子は、真鈴は初めて見るものだった。しかし、知らないものではなかった。
少し考え、真鈴はそっと烈斗の頬を両手でパンと叩く。そして無理矢理顔を上げさせ、そのまま両手で頬を包み込んだ。
「烈」
少年の目を覗き込むように真鈴はゆっくり呼び掛ける。一度、二度。三度。呼び掛ける度に少しずつ、青紫の瞳が真鈴の姿を捉え始めた。
「鈴ねーちゃん…」
五度目の呼び掛けをすると、烈斗の口が微かに動き、か細い声がようやく聞こえる。目はすっかり真鈴の事を見ていた。
真鈴はほっと息を吐くと、優しく笑ってみせる。
「怖いものなんてないんだから。ね、怖がらなくていいんだからね」
そう言い終わると同時に、再び窓の外からドン…と低い音が響く。途端に烈斗の目が固く閉じられた。慌てて真鈴は烈斗の両耳を塞ぎ、ぎゅっと自分の近くへと引き寄せる。身体はまだ微かに震えているようだったが、先程よりは大分落ち着いているようだった。
「烈、向こうの部屋行こっか」
外からの音が聞こえなくなったのを確認し、耳を塞いでいた両手を離す。その手で烈斗の肩と頭を撫でると、烈斗も閉じていた目をゆっくり開いた。
「向こうだったら音もあまり聞こえないと思うし」
そう言いながら真鈴は立ち上がり、烈斗の両手を引いて彼の事も立ち上がらせた。そのまま手を握り部屋を出ようとする。烈斗は一瞬だけ迷ったようだったが、真鈴に手を引かれ、一緒に歩き出した。
手を引いて歩いていると、烈斗は実年齢よりもずっとずっと幼く感じた。普段から強がらなくていいのに、そう思わずにはいられなかった。

「爆弾使うくせに、花火は苦手なのね」
嫌なからかい方のように聞こえてしまうかもしれない。そう思いながらも、真鈴はそう小さく呟いた。
「鈴ねーちゃんには関係ない」
烈斗の答えは思っていたより簡単で、分からないものだった。

+++++
25分

CrossTune