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カテゴリー: レナ側

異世界側の話

ノータイトル

カチッ ………ジー………
見慣れない物体と、それから発せられる聞き慣れない音に、首を傾げる。
黒い塊の先に付いたキラリと光を反射する丸いガラスが自分に向けられているような気がして、どうにも落ち着かない。
「あーホラホラ、横向かなーい。こっち向く、そして笑う!」
「見ず知らずの相手に笑えって言われても、ねえ。それに、それは何?」
指を差して答えを問うが、頭のどこかでは答えが返ってくる事を期待していなかった。
「さーあ、なんでしょう?いつか分かるかもね」
ケタケタと笑い声を上げて楽しそうな様子だがこちらは何一つ楽しくない。

ガチャッと音を立て、黒い塊の一部が開いた、ようだ。
そこから取り出されたのは、やはり用途の分からない黒い塊。当然、外身の塊よりは小さい。
「ハイこれ」
ぐいと押し付けられるままに小さい塊を受け取ってしまうと、酷く嬉しそうに目の前の人物は笑った。
「今は分からないだろうけど、多分いつか分かると思うから、それまで持っておくとイイよ」
くるりと周りながら笑うと、彼女の長いスカートと長い髪がぐるりと広がって揺れた。

意味が分からない。
そう言おうとした時には、もう後ろ姿が遠ざかっているところだった。
甲高い笑い声も次第に小さくなっていく。
残された不快感と黒い塊は、そう簡単にはなくならないような気がしていた。

CrossTune

いつか、会えたら

「七夕って、一年に一回だけオヒリメさんとヒコボシさんが会える日なんだって」
 空を見上げたままの光麗が、呟くようにそう言った。隣に座っていた涼潤は、彼女が何を言おうとしているのか分からずに首を傾げる。
 夜空には小さな星達が無数に煌めいている。落ちてきそうな程、と誰かが表現しているのを聞いた事があった。彼らが一斉に落ちたら、この辺り一帯には光のシャワーが降り注ぐのだろうか。光麗の言葉の続きを待ちながら、涼潤はぼんやりとそんな事を考えていた。
「お互いに大事な人同士なのに、会えなくなっちゃって。それで、一年に一回だけ会えるんだってお母さんに聞いたんだ」
 涼潤に話していると言うよりは、独り言に近いのかも知れない。吐き出したかった言葉を、そっとじわりと外に流しているような。そんな話しぶり。
「風じゃなくて?」
「うん。風さんは現実のことを教えてくれるけど、物語のことは知らないから」
「物語、なの?」
「うーん、どうなんだろう。本当かもしれないし、作り話なのかもしれないって、お母さんが言ってたの」
「そっかぁ」
 どこにでも昔話や言い伝え、伝説、そういった類のものはあるだろう。場所や人との繋がりによってそれは変わってくるのだろうが。涼潤は、オリヒメとヒコボシの話は聞いたことがなかった。

「大事な人と会えないって、辛いね」
 オリヒメとヒコボシがどういった間柄なのかは知らない。勝手な思い込みかも知れない、けれど聞き流せなくて。なんとなく、涼潤はそう呟いた。
 間が空いたまま返事はない。
 首を傾げられているのかと思い誤魔化すように笑って光麗の方を向くと、そこには少しだけハッとした表情の光麗がいた。その表情に、逆に涼潤が戸惑ってしまう。
「あっ、ごめん。変なこと言ったね」
「ううん。光も会えないのは、つらいもん」
 首をふるふると振り、少しだけ淋しそうな顔をして見せた。
「一年に一回だけでも会えるんだったら、我慢できるのかなぁ」
「…、一回会えちゃったら、あたしだったら次の日も会いたくなっちゃうな」
「なっちゃう!なっちゃうよね!オリヒメさん達すごいなぁ」

 そういう人がいるの?
 なんて聞けなかった。
 ただ、そういう人がいるんだ、と思っただけで。

「でもまぁ、一生会えないよりは、一回でもいいから会いたいなぁ」
「うん」
 頷いた光麗が、不意にクスクスと笑い出した。笑う理由が分からず、涼潤はきょとんとする。涼潤の様子に気付いた光麗は、申し訳なさそうに、けれどすぐににっこりと笑った。
「ごめんね。ちょっと、風さんが面白いこと教えてくれたから」
「面白いこと?」
「うん」
 返事のあともにこにことしている光麗から、話の続きを聞くことが出来ない。どうやら”内緒”の事のようだ。風の声が聞こえない涼潤には、話の内容を知る手立てはなかった。
「ずるいなぁ」
「えへへ」
 悪戯っこく笑う光麗に、涼潤もつられて笑うのだった。

 空には星、無数の願い。
 いつか叶うことを信じて、その日まで。

CrossTune

like and dislike or love and hate

「~♪」
 風の流れに乗って微かな旋律が聞こえてくる。外は晴れ、しかし屋内は暗い。それが日常。そんな塔の一室には、確か朝から真鈴が引きこもっていたような気がする。近くを通り掛かった時にふと思い出し、特に用事があった訳ではないが、少しばかりの好奇心で秦羅はその部屋を覗き込んだ。ふわりと漂う、甘い香り。
「やぁぁっと来てくれたわね」
 覗き込むと同時に振り返ってきた真鈴とばっちり目が合う。声は呆れているようにも、歓迎しているようにも聞こえた。こっそりと様子を見るつもりだった秦羅は思わずどきりとしたが、両腕を腰に当て笑いながらこちらを見てくる真鈴にすぐに観念する。きょろきょろと部屋を見回しながら足を踏み入れた。
「何してるの」
「バレンタイン。知ってる?」
「………、聞いたことある」
 真鈴が問い掛けながら首を傾けると、高い位置で結ばれた長い髪がさらりと揺れた。髪を一つに纏めている姿は、実はあまり珍しいものではない。普段は髪を降ろしている事の方が多いが、食事や、今のように菓子類を作っている時は邪魔にならないよう括っているのだ。そしてそんな姿を、秦羅はよく見ていた。
「聞いたことあるレベルなのね…。ね、秦ちゃんも一緒に作らない?」
 秦羅の答えを聞いた真鈴は小さく肩を竦め、そしてにっこりと笑った。というより、元々そのつもりだったのではなかろうか。そうでなければ第一声の意味が繋がらない。視線だけでテーブルを指すと、そこにはこれから焼かれるであろう生地と、既に焼き上がって粗熱を取っている段階のクッキーが沢山並べられている。
「作ってもあげる人いないし」
「そういうこと言わないの。あげ甲斐のあるやんちゃ坊主はいるんだから。それに峻君にあげたらいいじゃない」
「嫌」
「もぉ」
 即答。真鈴は峻が好きで、秦羅は峻が嫌い。連日何かとこの話題で話をしているから今更とやかく言う事でもない。好きな相手を嫌いと言われる真鈴としてはあまり楽しくないのかもしれないが、それは嫌いな相手の話題を振られる秦羅も同じだった。しかし「あげる人いない」とは言いながらも、クッキーを作ること自体は嫌ではないらしいようで。
「形、どうやって作ってるの?」
 秦羅はまだ形の出来ていない生地を見て、そして真鈴を見やった。

 用意されていた生地は全て使い切り、テーブルの上は焼き上がったクッキーだけになる。オーブンの中の様子をじっと見つめる秦羅の後ろで、真鈴はカチャカチャと音を立てながら使った道具類の片付けをしていた。それもまた日常。普段この調理場を活用しているのは真鈴だけで、作業に手慣れているのも真鈴だけ。期待していないと言えば聞こえは悪いが、秦羅が進んで片付けを手伝ってくれるとは思っていなかった。真鈴は何も言わず、秦羅の様子を片目に手を動かし続けた。
 やがてオーブンの熱気に当てられたのか秦羅は顔を離し、そして真鈴の方へと振り返る。その頃にはとっくに洗い物は終わり、真鈴は手にした最後の道具を綺麗に拭き上げている所だった。
「あ…ごめん」
「いいのいいの。焼けてそう?」
「うん。大丈夫だと思う」
 そんなやり取りを終え、休憩とティータイムを兼ねたお茶を淹れ、二人は椅子に腰掛けた。目の前には甘い香りを放つクッキーが置かれており、つい手を伸ばしそうになる。秦羅がじっとクッキーを見つめていると、くすりと笑って真鈴の手がクッキーへと伸びた。
「味見、してみる?」
 差し出されたクッキーを一枚手に取り、秦羅は無言で頷いた。
 テーブルの周りに置かれている椅子は五つ。今は空いている三つの椅子には、普段は烈斗や臣が腰掛けていることが多い。稀に、ふらりと立ち寄っていく雨亜が座っていることもある。調理場と同じスペースにあるこれらは、休憩スペースとして使われることもあるが大体が真鈴の作った食事を食す場である。ただし、峻やシーズがここに訪れているところは見たことがない。真鈴は部屋をぐるりと見て、そして視線を秦羅へと戻した。
「どう?」
「……、普通」
「素直に美味しいって言いなさいよ」
 ピンと秦羅の額を人差し指で弾き、真鈴は大袈裟に溜め息を吐いて見せた。むっと頬を膨らます秦羅が、本気で怒っている訳ではないことくらいお見通しなのだ。クッキーを一枚摘み、真鈴は自分でも口に運んだ。バターの香りと風味、柔らかな甘み、それらがゆっくりと口の中へと広がっていく。

 籠いっぱいに出来上がったクッキーは、量が量だけに全てを包むことなど出来ない。そこで渡す分だけ包装し、残りはこのテーブルに置いておこうという事になった。そうすれば、臣も、作った本人である真鈴や秦羅も摘むことが出来るし、包装した分だけでは満足しないであろう烈斗も喜ぶだろう。透明なシートでクッキーを数枚包み、更にそれを少しだけ光沢のあるピンク色の紙で包む。リボンでもあればもっと良かっただろうが、生憎手元にはなくくるりと口を捻るだけの簡単なもので包装は完了した。出来上がった包みは四つ。
「峻君にあげてシーズにあげないのも、あんまり気乗りはしないけど可哀想だものね」
 そう言う真鈴に、秦羅は心底嫌そうな顔を浮かべてみせるのだった。
「烈はすぐ見付かりそうだからいいけど、峻君とシーズは今日中に外に出てきてくれるかしら。出来れば直接渡したいんだけどねぇ、シーズにはあまり頼みたくないし。雨亜君は………見掛けた時で良いかしら」
 包みを軽くつつきながら真鈴はそう呟く。行動パターンを把握している、などと大層なことは言えないが、塔も閉鎖的な空間ではある。大体いつ頃どこに出没するかという程度であればなんとなく分かってきてしまうものだ。真鈴の様子を見ながら、ふと思い付いたように秦羅は口を開いた。
「真鈴ってさ、雨亜の事好きなの?」
「は?」
 あんまりにも唐突な秦羅の問い掛けに、真鈴は素っ頓狂な声を返してしまう。きょとんと首を傾げる秦羅に、真鈴はぽかんとすることしか出来ない。何せ調理中から今の今まで散々峻のことを話していたというのに、というか秦羅と出会った時から延々峻が好きだと言ってきているというのに、この切り返しは一体なんだろう。呆れを通り越して「意味不明」とでも言いたげに真鈴は秦羅を見た。
「秦ちゃん、私の話今までちゃんと聞いたことなかったの?」
「え、だって…」
 問い返されたことを不思議に思ったのか、うーんと秦羅は首を捻る。
「峻の事すごい好きなんだってのは耳タコなくらい知ってるけど」
「悪かったわね」
「で、烈斗はあげないと拗ねるだろうし、シーズはなんか嫌味言ってきそうだから分かるんだけど。雨亜って別に、あげなくても良くない?欲しかったとか言ってきそうにもないし」
 淡々とそう繋げる秦羅に、真鈴はやがて息を吐いて笑った。この子ともっとずっと話をしていたい、そう思いながら。
「秦ちゃん。バレンタインにはね、義理チョコっていう、とりあえずあげとこうっていう風習もあるの。雨亜君一人にあげないのも可哀想じゃない。…ううん、別に可哀想だからあげるってわけでもないんだけど…なんて言うのかしら、いつもお世話になってます、みたいな感じかしら」
「お世話になってるんだ」
「そんな雰囲気っていう例え話よ」
「ふぅん」
 どことなく腑に落ちないといった顔ではあるが、否定的では無さそうだった。真鈴は気付いているし、秦羅にも自覚はあった。真鈴が持っている感情の何かを、秦羅は持っていない。完全に欠落しているのか、ただ不足しているだけなのかは分からない。ただ、今はそれが二人の会話をすれ違わせているのだった。
 そして二人は気付いていなかった。部屋の外の丁度死角になっている所、帽子を深く被った青年が動くに動けず、不機嫌そうに立ちすくんでいることに。

 立ち上がった秦羅はふと、怪訝そうに手に取ったクッキーの包みを見つめた。じっと見つめるその様子に真鈴は首を傾げる。やがて秦羅は小さな声でぼんやりと、
「なんか、すっごい昔に、作ったことあるような気がする…」
とだけ、呟いた。その後に続く言葉はなかったし、真鈴も意味を問うことはしなかった。代わりに真鈴は少しだけ寂しそうな顔をして、そしてふわりと笑った。
「さぁて、配りに行くわよ」

CrossTune

風花の追想

 外へと足を踏み出した時、ふわりと視界を掠めるものがあった。動作を止め、空を仰ぎ見る。薄暗い曇天から舞い落ちてくるのは、白。彼らはゆっくりと、不規則にふらふらと、ゆらゆらと宙を漂っている。ただ見上げ続けているだけなのに、どこかへと吸い込まれるような感覚を覚えるのが不思議だった。不安定に風に流れるそれを目で追い、左翊はそっと手を差し出した。一粒の欠片が手の平に着地し、そして消えた。
「雪、か」
 誰に宛てる訳でもない呟きが溢れた。白い息にすら揉まれて、途端に雪たちは進路を変える。差し出したままの手の平をするすると抜けていく様子は、まるで掴む事の出来ない幻のようにも見えた。
 シャオク大陸は比較的温暖な地域である。冬になれば冷え込むし、今日のように雪が降る事だってある。しかし一面の銀世界、という景色はそうそう拝めるものではない。地面へと辿り着いた雪は、そのまま静かに消えていく。音のない世界で、左翊は雪の降りしきる様をただじっと眺め続けていた。彼の故郷には、辺り一面が白に染まる季節があった。そして、あの日も白の世界。深紅。
「何してんの」
 不意の声にハッとし何度か瞬きを繰り返し、急速に記憶から引き返す。唐突ではあったが、予想していたよりは随分と遅く声を掛けられた。背後の、室内からの声は相方のものである。扉を開けたままにしていたのだからそのうち何かしらの声を掛けられるだろうとは思っていたが、どうやらしばらく様子を見られていたようである。呆れた声が、すぐ隣にやってきた。そして、
「あ、雪降ってるんだ」
 それは、どこか弾んだようにも聞こえる声だった。左翊の隣に並んだ迅夜は、左翊と同じように空を見上げる。じっと見つめる視線はまっすぐで、何を考えているのかは読めない。同じように、左翊が考えている事を迅夜は読めないのだろう。
 はらりはらりと舞う雪が頬に触れると、ひんやりと熱を奪っていった。引き替えに雪は姿を消す。何度も何度もそれを繰り返し、迅夜も、左翊も、言葉を発することなく身体が冷え込むまで立ち尽くしてた。

「…、そろそろ行く?」
「そうだな」

 雪がやがて小さくなり、少なくなり、そして姿を消していく頃。
 二人は扉を閉め、歩み出した。雲間からは細い光が差し込んでいる。

CrossTune

cold wind

 ヒュウ、と。冷たい空気が流れた。つられるようにカサカサと音を立てる木の枝を、歩みを止めた左翊は見上げた。
 この世界のどこかに居るであろう少女のように風の声を聞く事は出来ないが、この風がどのような風であるかくらいは判別できる。冷たい北風は冬の訪れ。風量はそよぐ程度、時折少しだけ強まり小枝を揺らす。どこにもおかしい点などないはずなのだが、自然に流れる風とはどことなく違うような気がして、首を傾げる。辺りに人の気配はなかった。気に留めるほどのことではなかったかもしれない。しかし一度気になると暫くは気を紛らわす事の出来ない性格である。珍しい好奇心だったのかもしれない。左翊は風の流れてくる方、風上へと足を進めた。
 ぶわりと、マフラーを揺らす風が強く左翊にぶつかった。その途端、身を震わせる程の冷気。ひんやりという生半可な言葉で表現するには物足りない程の冷たさが、露出した肌の部分の体温を一気に奪った。思わず両腕をぎゅっと握るが、あまり効果はなさそうである。身に感じる冷たさを和らげる事を諦め、ふと顔を上げた左翊の目に一つの影が映った。どうやら、風の”発生源”はここで間違いないようだ。左翊の目の前には、ひらりと薄手の服を翻す少女が立っていた。彼女の周囲をくるくると風が周り、風に触れた空気中の水蒸気が凍り、そして雪となって舞っている。風に乗ってふわりと飛んできた雪の欠片が、左翊の頬に触れた。触れた途端に感じる冷たさと引き替えに欠片は消えてしまう。後ろ姿を眺めてみるが、少女はまだこちらに気付いていない。そっと、彼女に近付いた。
「寒い」
 風を操る為にか上げられていた少女の左手を、掴み上げると左翊はそう呟いた。掴んだ手が驚く程冷たく、体温も感じず、思わず離しそうになるのをそっと堪える。言葉と行動で、ようやっと少女は左翊に気付いたようだった。ビクリと肩を震わせると、おずおずと振り返ってきた。薄い茶色の髪に、同色の瞳。驚いているのか睨まれているのか分からない視線には、まだ幼さを感じた。彼女の意識がこちらに向くと同時に風が止み、やはり彼女がこの風の原因だったのだと確信を得る。こちらを見てくるだけで、少女は何も言葉を発しない。この冷たい手を握り続けていたら、いつか温かくなるのだろうか。その前に、自分も冷たくなるのだろうか。不意に、左翊の脳裏にはそんな考えが過ぎった。

「…触らないで」
 どれくらい動作を止めていただろうか。先に動いたのは少女の方だった。パシンと左翊の手を払うと全身でくるりと左翊に向き直り、キッと睨み付ける。顔の作りのせいか険しさを感じない少女の表情には、どこか戸惑いに似たものが見えた気がした。
「私、冷たいんだから」
 ぼそりとそう言うと少女は、ぷいと顔を逸らしてまた全身でくるりと背を向けた。そしてそれ以上何も言わず、どこかへと立ち去ってしまった。少女と共に風は走り去り、やがて少しだけ暖かいような気がする風が吹き込んでくる。これはきっと、いつもの北風。後ろ姿も見えなくなった頃に、左翊は払われた右手をそっと降ろした。すぐに追えば追いつけたであろう少女のスピードに、しかし左翊は追い掛ける気にはなれなかった。追い掛ける理由がある訳でもない。ただ、戸惑ったような少女の表情と、「冷たい」という言葉が、妙に頭に残った。

CrossTune