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月: 2014年7月

七夕当日の話

「てかさ、昨日っから何読んでんの?」
窓を叩く雨音は一向に弱まる気配を見せず、相変わらず昼間の空は暗いままだった。
ごろんとベッドに転がった迅夜は、隣のベッドに腰掛け視線を落としている左翊に問い掛けた。
彼はまだ半分にも到達していない本を読んでいる最中である。
「市場で見付けた古本だ。内容を見ないで買ったら、俺にはよく分からない」
「でも読んでんだ」
目を離さずにいるところを見るに、内容が嫌いなわけではないらしい。が、好きでもないらしい。
珍しいの、なんて呟きながら、左翊の様子を観察するのも飽きたのか迅夜はまたごろんと寝返りを打った。
視線の先にある窓の外。曇った窓ガラスからはぼんやりとした景色しか見えないが、ひっきりなしに新しい水滴がぶつかっては流れていく。パラパラという音が心地良いような、耳障りのような。無音の室内に響き渡るせいで、賑やかしい音も却って静かだと錯覚する。
「七夕の本?」
ぽつんと迅夜が訊ねた。
昨日の左翊の言葉を思い返してだろう。暇潰しなのかなんなのか、どうやら黙り込んだまま時間を使えないようである迅夜は、左翊の返事も待たずに更に口を開く。
「サイちょっとロマンチストになった?」
「そんなわけないだろ」
間髪入れずに一蹴。左翊もまた、本を読んでいるようでその世界にのめりこんではいないらしい。パラパラと目を滑らす程度。
「七夕は、少し話題に出てきただけだ」
とうとう飽きたのか、左翊は本をパタンと閉じてしまった。そして手元に放ると、窓の外に視線を向ける。
「当日に降る雨は、オリヒメに会えなかったヒコボシの涙なんだと」
似合わない。分かってる。ぼそりとしたやり取りの後、ふーんと迅夜は声に出していた。
「見栄張って綺麗にして、それで会えなくて泣いちゃうんだ」
転がり、天井に目を向けた迅夜は、その天井の微かな模様を眺めながら呟く。
「やっぱ自業自得だよね」
「夢がないな」
「えっ、サイあるの?!」
「ない」
思わずがばりと起き上がった迅夜に、左翊は冷たく静かな視線を投げた。
ちぇーっとつまらなさそうに口を尖らせ、しかしすぐにふっと吹き出していた。

「…で、結局何の本だったの?途中で止めちゃってるし」
古い本の表紙はすっかり色褪せておりタイトルも読み取れない。何が気になって手に取ったのかという問いにも答えが得られないまま、今度もまた左翊からの答えが期待できないようだった。

―――『遠くの人に伝える言葉』

CrossTune

七夕前日の話

「まーた雨だ」
窓を叩く水飛沫を見ながら、迅夜はうんざりといった声で呟いた。時間の割に暗い空は、この雨がしばらく止まないであろう事を告げている。今度は溜息が溢れた。
「雨だな」
ちらりと窓を一瞥し、またすぐに手元に視線を戻したのは左翊だった。わざわざ見ずとも音を聞けば外が土砂降りであることは分かる。左翊にとってはその程度の興味だった。
「明日には止むと思う?」
窓の外を見つめたまま、迅夜はそう投げ掛けた。対する左翊は、迅夜がそこまで天気に拘る理由が分からずに少しだけ首を傾げる。視線を上げても、迅夜はまだ外を見たままだった。
「さあ。何か用事でもあったか?」
「んー、用事って言うか、ほら、明日七夕じゃん?どうせなら星見たいなぁって思ったんだけど」
たなばた。一瞬言葉と意味が結び付かずに再度首を傾げた左翊は、今度はすぐに合点がいった。そういえばそんなイベントがあったような気もする。7月7日の星祭り、のようなもの。
「なんかちょっと違う気もするけど」
「星を見るんだからそうだろ」
「そうなんだけどなんか、なんかさあ!ニュアンスって言うか、ロマンとか」
「分からない」
「サイの分からず屋」
いつの間にか窓に背を向けていた迅夜は、子供のように頬を膨らませ左翊のことを睨んでいた。呆れた溜息を溢すと、更に迅夜の表情が険しくなったような気がした。
会話は終了したと判断し、左翊は視線を落とす。趣味と言うほどではないが、予定のない雨の日などには本を読むこともある。頻度が高くないせいもあり読む速度は大層遅く、興味が薄れれば途中でも読むのを放棄してしまうので一冊を読み切ることがあまりないのだが。この本は読み切れるだろうかと読み進めた時、ふと気になる文を見付けた。

「七夕の前日の雨は、ヒコボシが自分の使う車を洗っているから、だそうだ」
「へ?」
自分でもらしくない台詞だと思いながら、左翊は読んでいた本のページを開いたまま迅夜に差し出した。窓の傍から離れ左翊の目の前にやってくると、迅夜はその本のページに視線を落とす。指差された一文には、今まさに左翊が読み上げた言葉が書かれている。
「へえ」
顔を上げ、もう一度窓の外を見る。ざんざんと激しく降る雨は、なるほど空の上での洗車の様子だと思えばそう見えなくもない。
「んじゃこれは二人が出会うための準備、ってこと?」
「そういうことらしいな」
いや、別にそういうのは興味ないが。と付け足すも、迅夜は聞いてもいないようだった。ふーんだのへーだの、しきりに一人で感心しているように見える。言わなければ良かっただろうかと、左翊は聞こえないように小さく息を吐いた。

「けどさ、洗車したくてこんなに雨降らして、それで明日も雨になっちゃって会えなくなるんだったら、それは自業自得だよね」
やや置いて、ぼんやりとした声が聞こえた。
窓の外は相変わらずざんざんと音を立てており、迅夜の言う「自業自得」はどうやら当てはまる事態となりそうでもある。
「見栄張らなくたっていいのにね」
そう言った迅夜の心境は、今の所左翊には分からないものだった。

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