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お題:夢

微動だにせず佇む男には、僅かな表情もなかった。
ただただ無言で、しかしそれでいて妙な不安感を煽る存在。
その存在に彼が気付いたのは、実のところつい最近になってからだった。
はっと気付くと男は背後に、目の前に、視界の何処かに映り込んでいる。
何度目かの遭遇時に声を掛け、意外にも会話をすることが出来る存在だということを知った。
そしてその時、彼はずっと近くにいたのだと答えた。
「俺は夢を司る。そういう、幽霊みたいなものだとでも思っててくれればいいよ」
声を聞くと、その声は微笑んでいるように聞こえた。
顔を見ると、その声を発しているとは思えない無表情だった。

「ねえ、なんでまだいるの」
抑えようと思っても抑えることの出来ない感情は、声の震えに表れていた。
「なんで俺なの」
目の前に立つ男にそう問い掛けても、答えは返ってこなかった。
見慣れすぎていっそ嫌になる無表情。
表情だけでなく温度も何もない、存在していない存在。
彼の存在を認識しているのは自分だけなのだと、気付いた時には随分と手遅れになっていた。
触ろうとしても触れない者を、消し去る方法を彼はまだ知らなかった。
「ねえ。今俺が見てるのも夢なの?あんたはそこにいるの?いるから夢なの……?」
何度聞いても、答えはなかった。
表情なく、言葉なく、しかし去ることもなく、男はこちらを見たまま動こうとはしていない。
「もう、やめてよ」
何度目かの懇願は、今回もまた叶えられることはない。

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10分