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月: 2013年11月

お題:炎

隠そうとして隠しきれていない足音を捕らえ、予測地点から素早く飛ぶ。
直後、数瞬前に立っていた地面が大きく燃え上がった。
炎の大きさと勢いを見て僅かに足を止めてしまうが、ずっとそうしている訳にはいかなかった。
強い風がぶわりと走り去り、思わず目を細めると同時に視界の隅で赤が舞い上がった。
「っ、風車!」
咄嗟に叫ぶ。
叫んだ声に呼応し、風と風が勢いよくぶつかった。
相殺された風は緩やかに元の景色へと溶け込んでいき、残されたのは舞い上がりぐるりと周囲を取り囲んだ炎だった。
やるじゃん、そう相手に聞こえないよう呟き、迅夜は笑った。
炎の壁の内側には迅夜以外の影はない。ならば相手は外側だ。
隙を見せれば負けだが、それを逆手にとって誘い込むことは出来る。
適当な場所にアタリを付け、目を閉じる。燃える炎は外の風の音を遮断していた。
揺らぐ空気に意識を集中させ、そして僅かな乱れを見付ける。
「鎌鼬ッ」
「げ」
一瞬だけ、こちらの方が早く動けたようだった。
間の抜けた声が聞こえた直後、ドサドサッと何かが地面に転がる音がした。
風の刃に切り裂かれ少しの間切れ目を見せていた炎は、すぐに元に戻り、やがて静かに鎮火した。
「油断大敵。俺の勝ちね」
炎に焼かれて黒くなった地面を跨ぎ、迅夜は少し離れた場所に転がる少年に声を掛ける。
目立った怪我はないように見えるが起き上がろうとはしない少年は、困ったように何かを訴えかけるように迅夜を見上げていた。
よく見ると、少年の首元には形状を持っているかのような風が、鋭く威嚇を続けている。
少しでも動こうものなら切り裂かれそうな位置。しかし迅夜が手を振るとそれはすぐさま霧散した。
刃が消え、少年は深く息を吐き出しながらゆっくりと起き上がる。
「ていうか、ズルいよ遊龍。光麗ちゃんの力借りたでしょ」
立ち上がった少年に歩み寄りながら、迅夜は肩を竦めてそう声を掛ける。
「オレじゃないです、アイツが勝手に」
すると少年、遊龍も肩を竦めてみせた。
「もしかして俺、悪者に見えた?」
「そーゆーワケじゃないとは思いますけど………たぶん」
「多分なんだ」
迅夜は思わず笑ったが、明らかにそれは隠せていない苦笑いだった。

「ありがとうございました。良かったらまた相手して下さい」
「うん。そのうち俺の相方も来たら二対一でやろうよ」
「イジメですか!?」
からかうように笑って迅夜がそう言うと、遊龍は即座に拒絶を返した。
二人じゃ勝てないかな、そう呟く迅夜の心中も知らないままに。

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25分

CrossTune

お題:夢

微動だにせず佇む男には、僅かな表情もなかった。
ただただ無言で、しかしそれでいて妙な不安感を煽る存在。
その存在に彼が気付いたのは、実のところつい最近になってからだった。
はっと気付くと男は背後に、目の前に、視界の何処かに映り込んでいる。
何度目かの遭遇時に声を掛け、意外にも会話をすることが出来る存在だということを知った。
そしてその時、彼はずっと近くにいたのだと答えた。
「俺は夢を司る。そういう、幽霊みたいなものだとでも思っててくれればいいよ」
声を聞くと、その声は微笑んでいるように聞こえた。
顔を見ると、その声を発しているとは思えない無表情だった。

「ねえ、なんでまだいるの」
抑えようと思っても抑えることの出来ない感情は、声の震えに表れていた。
「なんで俺なの」
目の前に立つ男にそう問い掛けても、答えは返ってこなかった。
見慣れすぎていっそ嫌になる無表情。
表情だけでなく温度も何もない、存在していない存在。
彼の存在を認識しているのは自分だけなのだと、気付いた時には随分と手遅れになっていた。
触ろうとしても触れない者を、消し去る方法を彼はまだ知らなかった。
「ねえ。今俺が見てるのも夢なの?あんたはそこにいるの?いるから夢なの……?」
何度聞いても、答えはなかった。
表情なく、言葉なく、しかし去ることもなく、男はこちらを見たまま動こうとはしていない。
「もう、やめてよ」
何度目かの懇願は、今回もまた叶えられることはない。

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10分

レナ側

お題:日常

「え、うそ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうくらいには、実の姉の言葉を信じることが出来なかった少女が一人。
きょとんとする表情を、何度も瞬きを繰り返しながら見つめる。
「付き合って…ないの…?」
こんなところで嘘をついたりはしないだろうと分かってはいても、二度目の確認を止められなかった。
少女の隣には黙り込んだ少年もおり、しかし表情は少女のそれと同じであり、驚きを隠せていないのは明らかだった。
少しの間を挟み、静寂が流れる。
呆然とした視線を向けられたままの少女の姉は、居心地悪そうに目を斜め下へと向けた。
「そういうの、分からないから」
小さな声が、困ったように紡がれた。
それ以上言葉を続けることの出来なくなった少女と少年の肩に、ぽんと手が置かれる。
「周りがとやかく言う事じゃないよ」
二人が振り返るとそこには、二人の見知った顔が一つ。
「お姉さんもお兄さんも、仲良いんだからそれでいいじゃん」
ね?と言って首を傾け、そしてその表情と言葉に、二人は揃って頷いた。

「……でもさ、ねえ、イズ」
少女は隣を歩く少年にこわごわと声を掛ける。
少女の姉と別れた後、三人は揃って歩いていた。会話はようやっと今始まった所だった。
しかし少女の言葉はそのまま続くことはなかった。
口を噤み、視線を不自然に揺らす。
一人の少年は少女と同じように口を噤み、もう一人の少年は前を向いたまま表情を変えない。
「なんでもないよ」
間を置いた後に、少女は自ら会話を終了させた。けれど。
「言いたいこと分かるから、言わなくて良いよ」
前を向いたまま、表情を変えないまま、少年は静かにそう言った。
その言葉で、少女ともう一人の少年は思わず足を止めた。数歩先で、少年も足を止める。
振り返った表情は二人が想像していたよりも穏やかだった。
「俺は大丈夫だから」
ふわりと笑う姿は、いつもと何も変わらない。
「原因は兄貴だよ。だから恨まれるのも分かってるし、それを否定しない。でも、だからこそ俺は兄貴の味方でいたいし、俺が恨むのは兄貴にとっての原因だから」
その言葉もいつもと変わらない。
その考えを否定しない二人もやはり、いつもと変わらない。
それが彼らの日常だった。

ただ少しだけ、人数が増えて揺らぎが出来てしまったことが、彼らにとっての日常への変化だった。

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20分

一次創作

お題:雨

地面を、窓を、壁を叩きつける激しい雨音に苛立ちながら、猛烈に不機嫌な表情を隠しもせずに立ち尽くしていた。
苦笑いを浮かべる宿屋の主人も、対応に困っているのだろう。
別に彼に対して苛立っている訳ではない。ただこの状況そのものが気に食わないのだ。
「この近くに別の宿は」
「残念だけどここしかないよ」
あるのならば土砂降りも気にせず向かおうという考えは呆気なく砕かれた。
打つ手無し。
それでも納得する気にもなれず、駄々をこねる子供のように唸り続けた。
「男女ならともかく、男二人旅で二部屋取りたがるなんて珍しいよ。嫌いな相手と旅してる訳でもないだろうに」
嫌味というよりも素直な感想なのだろう。主人がしみじみとそう呟いた。
客観的に見ようと思えば自分だって同じ感想を持つだろう。滑稽だとも自覚している。
しかし嫌なものは嫌なのだ。理解して貰おうとは思ってはいない。
「まさかお前さん達、そういう趣味なのか?」
「違うって」
間髪入れずに言い返すと、語気が強すぎたのだろうか、主人の顔がきょとんとしていた。
言い訳も謝罪もその場に合う気がせず、その後に言葉を続けることができないままそっぽを向いて口を噤んだ。
おおらかな、もしくは世間話が好きな主人だったのだろう。
さして気にした様子も見せず、いつの間にか元の表情へと戻っていた。
「まあ、深追いはしないけどね。泊まらないというなら引き止めはしないけど、この雨、一晩じゃやまないと思うよ」
鍵を用意しながら、聞こえてくる雨音に耳を傾けてそう伝えられる。
それも、分かっていることだ。
渋々と鍵を受け取り、主人に向けて頷き返す。
いっそ彼がもっと素っ気なく、土砂降りの中へと追い出すような人であれば迷わなかったのかもしれない。
そうしてまた、釈然としない出来事を他人の所為にしようとしているのだ。
重なる自己嫌悪に重い溜息を吐き、同じ表情をしているであろう連れ人の元へと足を向けた。

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15分

CrossTune

お題:夢

『大嫌い』
聞き慣れた声が紡ぐ聞き慣れない言葉が背後から聞こえると同時に、ドンという音が聞こえた。
状況を上手く処理できない頭には、どうやら痛みすらも随分と遅れて届いたらしい。
猛烈な目眩と急速に力の抜けていく足、地面が目の前に迫ってからようやく、背中に鈍く重い痛みを感じ始めた。
それでも何も理解しようとしない頭は何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
倒れる前に聞こえた言葉。その意味。
なんで……?
そう呟いたはずが、口から溢れたのは真っ赤な液体だけだった。
俺、そんなに嫌われるようなことしちゃったかな………
いっぱいしてるか。
意識の淵をもがき掴むことすら考えられずに、あっという間に世界から光と音が消えた。

―――
「おい」
ガタガタと伝わる振動に、ゆっくりと世界に音が現れだす。
「おい、起きてるのか」
聞き慣れた声と、そしてぼんやりとした光が意識を叩き起こしている。
現実と非現実の合間を揺らめきながら、やがて光は見知った形へと変わっていった。
「………」
目の前には引き攣った真っ青な顔があった。
肩に乗せられた手が先程の振動を生み出していたのだと、段々と理解していく。
あぁ、だから。
声には出さずに、表情にも出さずに、呟く。
「うなされてたぞ」
心配そうに、というよりはどことなく恐れを感じていそうな表情で声を掛けられる。
同じ部屋にはなりたくなかったんだ。
息を吐き出しながらゆっくりと瞬きをする。
どうせそっちだって何か隠しているくせに。
「変な夢見ただけだから。なんでもない」
先にバレるのが嫌だったのに。
「起こしてごめん」
恐らく寝てはいなかったであろう相手に向かって、視線を逸らしながらそう言うのが精一杯だった。
思った通り、返事は無かった。

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10分

CrossTune