Press "Enter" to skip to content

お題:思い出

「今日だった気がして」
唐突に話し掛けられ、怪訝げな顔で霧氷は雨亜を見上げた。相変わらずの無表情が、帽子の下から覗いている。
「誕生日」
「…あぁ」
意外だな、と思った直後、雨亜の右手に握られたものを見て霧氷は思い切り眉を顰めた。
「嫌がらせかよ」
「そう」
「ぶっ殺す」
無表情が、ほんの少し笑ったような気がした。それでもまだ睨み付けたままでいると、雨亜はぼすんと音を立ててその場に座り込んだ。ちょうど霧氷と向かい合う位置である。
「よく覚えてるよな、誕生日とか」
気付けばいつも通りの表情に戻っている雨亜は、淡々とそう言った。
「そっちこそ。よく人のまで覚えてんな」
今し方指摘された己の誕生日を、自分もだが雨亜も覚えている。
そういえば気にしたことはなかったが、そういえば忘れたこともなかった。
「あいつがいつも言ってきたからだろ。村の連中全員分覚えてた」
「まあ、それだよな。ほんと暇人」
二人の遠い記憶は殆どが一致している。
随分と昔の事になる上、その記憶以降の方が二人にとっては濃いものであるのだが。
「まだ生きてんのかな」
「生きてそう、あれだし」
少しだけげんなりした様子で、二人は呟いた。

+++++
10分