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月: 2010年8月

Evening 7 7

 今日は多分、珍しい日だったのだと思う。
 同居人の二人の帰りが遅いというのは、朝方に聞いた事だった。一方は普段通りだが、珍しいのはもう一方。不思議に思い理由を訊ねると、地域のイベントに参加するだとか付き添いを頼まれただとか。困ったような、嬉しそうな表情を見て、涼はあぁと納得した。そういえば今日は年に一度の祭りがある日だ。存在は知っていたが日付の感覚が少々間違っていたらしい、まだ先の事だと思い、何の予定も組んでいなかった。
 聞き流すように頷いていて、そしてその表情がどうやら酷くつまらなさそうにしていると映ってしまったのだろうか。予定帰宅時刻が通常通りであるもう一人の同居人からメールが来たのは、昼休み時間の事だった。内容は軽い心配と、誘い。メールを開いた涼は、思わず溜息混じりに笑ってしまった。直接彼に原因は無いというのに、いちいち律儀だなぁと思わざるを得ない。しかし周囲に「楽しそう」と指摘されるくらいには、自分の表情は崩れていたらしい。OKの返事をし、そして待ち合わせ場所と時間を決める。送られてきた場所は既知の公園で、時間は18時半。

 待ち合わせ時間よりも少し早く到着してしまい、ぼんやりとベンチに座る。思えばこうやってゆっくりと空を見上げるのは久し振りのような気がする。まだ明るい空である。雲を見上げたまま、思わず身体を倒しそうになった。斜めに傾けたまま固定、不自然な格好で思わずメロディを呟きそうになる。恐らく数秒の時間が、不思議な事に数分の時間に感じる錯覚。
 不意に携帯が着信を告げた。急速に戻ってくる現実に非現実を感じる。それがなんだか無性に勿体無くて、目に入った同居人に対して理由のない八つ当たりをぶつけてしまう事になった。
「遊、何やってんの、おっそい!」
「ユウ君、こっち!」
 ぶつけてしまったのだが、その少しだけ棘の入った言葉はすぐ後ろから聞こえた柔らかい声に中和された。同時に発せられた言葉、そしてワンテンポだけ遅れて気付く言葉の一致に、涼は思わずきょとんとした。視線の先にいる同居人の姿はまだ少しだけ遠い。涼はほんの少しの興味で声の主へと振り返った。目が合った。穏和という言葉がよく似合いそうな青年は、にっこりと笑って会釈をしてきた。どうやら彼も一致した言葉に気付いていたようである。笑顔につられて涼も会釈を返した。
「ご、ごめん涼、待った…?」
 心配そうな声が背後から聞こえ、涼は振り返る。叫ばれて思わず走ったのだろう、少しだけ息を切らした遊は、不安そうにこちらの様子を伺っていた。何気なく見た携帯のディスプレイには18時半の文字。時間通りの到着に、彼を責める要因は何一つ無い。それに一瞬だけ発生した苛立ちは、偶然を共有したあの笑顔にすっかり掻き消されている。
「ううん、待ってない」
 でも謝るのは好きではないから。ついさっきの自分の発言は対しては言及しない事にした。矛盾する言葉に首を傾げられているが、細かいことは気にしないでいてくれる彼である。涼が立ち上がると遊は既に息を整えていて、出発の準備は整った。
 小さな出来事を、なんだか忘れる事がないような気がする。そう思っていたらどうやら感情は表情に出ていたらしく、「どうかした?」と声を掛けられた。それを涼は軽くかわしてくすくすと笑う。
「なんか、良いことありそうな気がするんだ」
 首を傾げたままの遊を置いて、涼は足取り軽く歩きだした。

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