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Short Story

七夕前日の話

「まーた雨だ」
窓を叩く水飛沫を見ながら、迅夜はうんざりといった声で呟いた。時間の割に暗い空は、この雨がしばらく止まないであろう事を告げている。今度は溜息が溢れた。
「雨だな」
ちらりと窓を一瞥し、またすぐに手元に視線を戻したのは左翊だった。わざわざ見ずとも音を聞けば外が土砂降りであることは分かる。左翊にとってはその程度の興味だった。
「明日には止むと思う?」
窓の外を見つめたまま、迅夜はそう投げ掛けた。対する左翊は、迅夜がそこまで天気に拘る理由が分からずに少しだけ首を傾げる。視線を上げても、迅夜はまだ外を見たままだった。
「さあ。何か用事でもあったか?」
「んー、用事って言うか、ほら、明日七夕じゃん?どうせなら星見たいなぁって思ったんだけど」
たなばた。一瞬言葉と意味が結び付かずに再度首を傾げた左翊は、今度はすぐに合点がいった。そういえばそんなイベントがあったような気もする。7月7日の星祭り、のようなもの。
「なんかちょっと違う気もするけど」
「星を見るんだからそうだろ」
「そうなんだけどなんか、なんかさあ!ニュアンスって言うか、ロマンとか」
「分からない」
「サイの分からず屋」
いつの間にか窓に背を向けていた迅夜は、子供のように頬を膨らませ左翊のことを睨んでいた。呆れた溜息を溢すと、更に迅夜の表情が険しくなったような気がした。
会話は終了したと判断し、左翊は視線を落とす。趣味と言うほどではないが、予定のない雨の日などには本を読むこともある。頻度が高くないせいもあり読む速度は大層遅く、興味が薄れれば途中でも読むのを放棄してしまうので一冊を読み切ることがあまりないのだが。この本は読み切れるだろうかと読み進めた時、ふと気になる文を見付けた。

「七夕の前日の雨は、ヒコボシが自分の使う車を洗っているから、だそうだ」
「へ?」
自分でもらしくない台詞だと思いながら、左翊は読んでいた本のページを開いたまま迅夜に差し出した。窓の傍から離れ左翊の目の前にやってくると、迅夜はその本のページに視線を落とす。指差された一文には、今まさに左翊が読み上げた言葉が書かれている。
「へえ」
顔を上げ、もう一度窓の外を見る。ざんざんと激しく降る雨は、なるほど空の上での洗車の様子だと思えばそう見えなくもない。
「んじゃこれは二人が出会うための準備、ってこと?」
「そういうことらしいな」
いや、別にそういうのは興味ないが。と付け足すも、迅夜は聞いてもいないようだった。ふーんだのへーだの、しきりに一人で感心しているように見える。言わなければ良かっただろうかと、左翊は聞こえないように小さく息を吐いた。

「けどさ、洗車したくてこんなに雨降らして、それで明日も雨になっちゃって会えなくなるんだったら、それは自業自得だよね」
やや置いて、ぼんやりとした声が聞こえた。
窓の外は相変わらずざんざんと音を立てており、迅夜の言う「自業自得」はどうやら当てはまる事態となりそうでもある。
「見栄張らなくたっていいのにね」
そう言った迅夜の心境は、今の所左翊には分からないものだった。

CrossTune

またあした

さして広くもないはずなのに、白を基調とし、静寂に包まれた部屋は随分と広いような気もする。もう何度も足を踏み入れ、馴染み深い場所となっているというのに、知らない世界へとやってきたような感覚。無音なわけでもない。開いた窓から入り込む風の音、その外の草葉の揺れる音、遠くの道路の音、空調の音、廊下の向こうから響く声、足音。聞こえる音は多い。ただそのどれもが、一枚ガラスを隔てた向こうの世界の音のようだった。
「お昼寝中かな」
小声で流衣は呟いた。ベッドに横になった翔は、目を閉じたまま静かに寝息を立てている。返事がないのを確認し、流衣はベッドの隣に置かれた椅子にそっと腰掛けた。鞄は床には置かず、膝の上に抱えたまま。じっと翔の顔を見つめていると、静かに眠る彼は、本当にただ昼寝をしているだけの少年だった。奇妙な安堵感と不安感がどうじに押し寄せ、目元がぐっと熱くなり、そして口端が少し上がるのを感じた。本当に変な感覚だ、と思う。
窓の外に視線を移すと、澄み切った青が目に入る。そこに浮かんだ白は、ゆったりとした時間を具現化したように静かに形を変える。まだ夕方までは長い時間があった。
「帰りたい?」
空を見つめ外の空気を感じながら、流衣はもう一度口を開く。独り言のような問い掛け。返ってくる言葉はやはりない。
「私はいつでも、いつまでも待ってるよ」
静寂の中に言葉は消えていった。

「流衣?」
読んでいた本から顔を上げると、こちらを向いている翔と目が合った。気付くと陽は先ほどよりも随分と傾いており、もうすぐ西日になりそうな太陽が、白い部屋に光を送り込んでいる。
「おはよう」
そんな時間ではないというのは分かっていたが、眠っていた相手に掛けるには最も適した言葉。
「おはよう」
翔からも同じ言葉が返ってきた。
「よく眠れた?」
「寝すぎたと思う」
身体を起こしながら、翔は肩を竦めて笑った。流衣は本を閉じると、椅子を少しベッドに寄せる。いつも通りの表情。困っていないのに困ったように笑う顔。今度感じた安堵感には、不安感は紛れ込んでこなかった。膝の上に置かれた鞄のさらに上に、本を置いた。
「もしかしてずっといた?」
「うーん、この本を半分読んだくらい」
「うわ、ごめん」
「いいよ私が勝手に来てるんだし、本読んでたんだし」
もうちょっと寝てたら最後まで読めたのになぁ、なんてふざけて言ってみたら、夜眠れなくなっちゃうよ、と返された。それは確かにそうだろうなと思う。
「明日はみんな来るって。欲しいものあったら聞いといてって言われたんだけど、何かある?」
明日は土曜日だった。大体恒例の部屋が賑やかになる日。ときどき日曜日も。ときどき静かな週末も。
「今は大丈夫かな。……あ」
答えながら思案していた翔の表情と言葉が一瞬止まる。何かを見つけたかのような目が流衣へと向けられた。
「ソフトクリーム……って、大丈夫かな」
おそるおそる訊ねる翔の様子に、流衣は数回の瞬きをした。そしてその意図するところを察して、くすりと笑った。
「大丈夫じゃないかな、峡君が頑張ってくれると思う」
「…大丈夫かなぁ…」
明日の「彼」の労働力に期待と不安が半々。けれど聞いてきたのは向こうからなのだから、ここは頑張ってもらわないわけにはいかない。伝えておくね、と言いながら、流衣はくすくすと笑っていた。翔も、つられて笑ってしまっていた。

太陽が本格的に西日となって、青が橙へと移ろい始める。急に風の温度が下がったような気がして、流衣は椅子から立ち上がり鞄と本を椅子に置いた。
「窓、閉めていい?」
「うん」
ベッドの足下をぐるりと周り、窓際へ。カラカラと窓を閉めると外の空気が遮断され、鍵を掛けると室内の静けさはさらに増した。廊下から聞こえる音も随分と少なくなっている。だんだんと人の少なくなる時間だった。
「そろそろ帰るね。また明日、お昼過ぎには来れると思う」
「うん、待ってるね」
椅子の置かれた場所へと戻り、空いたままだった鞄に本を入れる。ファスナーを閉じる音がギュッと室内に響いた。
入り口の扉を開けると、廊下の音が一気によみがえってくる。静かであることは室内と同じであるはずなのに、違う静寂のような感覚。
くるりと振り返ると、翔と目が合う。先に片手を軽く上げて、にこりと笑った。
「また明日」
「うん、また明日」
翔も同じように片手を上げて、そして笑った。
廊下に出て扉を閉めると、そこに立ちこめるものがやっぱり別の世界の空気のような気がした。けれど居心地が悪いわけではない。廊下も、室内も、流衣がいつもいる場所の空気だった。

また明日。言葉には出さないで、流衣はもう一度呟いた。また明日、そのまた明日、その次も、また次も。会える限りはずっと会えますようにと、魔法の言葉を呟いた。

Chestnut

玉子焼きの話

 寮に入って、少しだけ勝手に慣れた頃だった。
 カンナは男子寮内の共同台所にぽつんと立ち尽くしていた。台所と言ってもガスコンロが二口と小さな流し台、それに作業スペースがあるだけの簡易なものである。インスタント食品を食べるためにお湯を沸かすには充分なものではあるが。
 作業スペースにはいくつかの調味料のボトルや袋が、「ご自由にお使いください」と書かれた紙を貼られて無造作に置いてある。簡単な料理を作りたいが、調味料があからさまに余ってしまう。そういった学生に向けて誰かが置いているものなのだろう。いつから置かれてるのか―――それは考えないことにした。ボトルに書かれた賞味期限はまだ先の日付であるので、とりあえずはまあ、問題はなさそうだった。
 そんな台所を見ながら、正確には並べられた調味料を見ながら、カンナは唸っているのだった。
 作業スペースに置かれているのは買ってきたばかりであろう4個入りパックの生玉子。調味料と同じく「ご自由にお使いください」と置かれていたボウル、フライパン、菜箸。ひとまず使いそうなものを取り出してみただけ、といったラインナップを前に、しかしそれ以上の行動が行われていなかった。
 玉子焼き。カンナが作りたかったのは、ただそれだけだった。朝起きて唐突に玉子焼きが食べたくなったのは、他でもない、玉子焼きを食べる夢を見たからだった。夢の中ではあったが味もしっかり覚えている。甘い。
「甘いってことは、砂糖、だよね…?」
 誰宛でもない独り言を呟き、調味料たちを見回す。記憶の中で、確か砂糖は白い粉のようなものだったはずだ。ボトルでなければ袋のどれかなのだろう。ありがたいことに、買ったままのパッケージの袋に入っているおかげですぐに「砂糖」の名前を見つけることができた。スプーンで少し掬い、ボウルの中に放り込む。
「えっと、それで玉子を…玉子、を」
 砂糖の袋に封をして元の場所に戻すと、カンナの手は再び止まった。玉子を使うことは分かる。が、玉子の使い方が分からなかった。玉子を手に取ってみても、まさか刃物で切るわけでもなかろうという堅さの殻であることしか分からない。
 しばらくの間、無言の睨めっこが続いた。当然の如く、先に観念するのはカンナの方だった。
「……やっぱ、無理だよね」
 諦めたように笑うと、カンナは手にしていた玉子をパックの中へと戻す。備え付けられている冷蔵庫を開けて覗き込み、スペースが余っていることを確認すると一旦扉を閉める。辺りを見回して紙とペンを見付けると一言、「余ってしまいましたので、ご自由にお使いください」と紙に書き記す。それを玉子のパックにぺたりと貼り付けると、冷蔵庫の中のよく見える位置に置いた。きっと誰か、せめて玉子の使い方が分かる人が使ってくれるだろう。
 どうせ味付けだって分からなかったんだ。食べたかった味を、料理を全くやったことのない自分が再現できるわけもない。
 バタンと冷蔵庫を閉じると、今度は出してしまった調理器具を片付ける。ボウルに入れてしまった砂糖は、すみません、と呟きながら、何も混ぜていないのを自分の中での言い訳にして、砂糖の袋の中へと戻した。
 そうして出したもの全部を片付け終え、台所を元の状態に戻した後、カンナはその部屋をあとにした。もうあの玉子焼きは食べられないんだろうなぁ。そう思いながら。
 カンナが台所に立ったのは、それが最初で、おそらく最後だった。

がくせん!

さがしもののゆくえ

その日クラロスが役所に向かうと、狭い室内には他の利用者は誰も来ていなかった。
それぞれがそれぞれのタイミングでやって来るものだから、たまたまタイミングが合えばごった返しているし、合わなければ誰もいない。
視線を彷徨わせようと少しだけ動かした首をすぐに止め、まっすぐに受付口へと歩いた。そこには男の役人が立っていたが、たまたまなのか、クラロスを見掛けてからなのか、すっと立ち上げるとどこかへ歩いて行き、そして入れ替わりに女の役人が現れた。長いうさぎの耳を隠そうともしない、この辺りでは珍しい獣人の役人、ルクスだった。
ルクスはクラロスの姿を見ると、そのままの視線で彼が近くまで来るのを待った。
「時間できたから。何かする」
クラロスが短くそう言うと、ルクスは呆れたように軽く笑って見せ、受付口の下から大量の紙が挟み込まれたファイルを取り出す。その中の何枚かを素早く抜き取り、クラロスの手元へと差し出した。
「あんたが好きそうなの、その辺りかな」
差し出した後もパラパラとファイルを眺めるルクスをちらりと見たクラロスは、手元に出された紙へと目を落とす。そこに書かれているのは、引っ越し手伝いや、知人への配達や、隣の町への買い出し。どれも何かを“運ぶ”ものばかりだった。
その中の一枚に手を伸ばした時、その手のすぐ横に、スッとルクスの手が伸びた。静かに視線をそちらに向けると、その手の下には他の依頼の紙よりも小さな、カードと表現するのに丁度いい大きさの紙が置かれていた。クラロスは辺りを見回したが、受付口の奥の部屋にいる役人達と、入り口側の空間にいるクラロス以外に姿はなかった。なので、隠そうともせずそのカードを手に取った。カードに書かれたアルファベットと数字の羅列を見て、表情も変えずそのままポケットの中へと滑らせる。
「これにしとく」
再び依頼の紙に視線を戻し、最初に手を伸ばした紙とは違う物を手に取ると、クラロスはそう言った。その目の前でルクスはにっこりと笑うと、慣れた手付きで承認の印を押す。
「いつもご苦労様。よろしくね」

役所を出て南下し、中央街を抜けてもまだ歩き続けると、次第に街並みが変わっていく。
二回目の変化を横目に見ながら西へと方向を変え、また歩く。中央街の雑踏とは違う人並みが、そこが居住地区である事を教えていた。街を東西に貫く大通りはいつ来ても人が多かった。そしてその大通りから細い通りに入っても、そこには沢山の人々の生活があった。
クラロスは折りたたまれてポケットに押し込まれていた紙を取り出し、広げる。依頼内容は、古くなった棚の廃棄。依頼主は女性。番地まで書かた住所の下には、丁寧に地図まで書かれている。十字路で足を止めて地図と周囲を見比べる。この角を曲がれば依頼主の家はすぐそばだった。
しかしクラロスの頭には、依頼内容も、住所も、この街の地図も全て入っていた。
クラロスが見ていたのは、依頼の書かれた紙と共にポケットから取り出したカードだった。そのカードに書かれた“番地”も、この十字路を依頼主の家とは反対方向に進んだ所にあるはずだった。
それだけ確認し、カードごと紙をたたみ込み無造作にポケットへと突っ込むと、クラロスは迷うことなく依頼主の女性の家へと向かった。
周囲の家とさほど変わらない平凡な扉を二回ノックし、様子を伺う。思ったよりもすぐに扉は開き、中から少しだけ疑問の表情を浮かべた中年の女性が現れる。扉に鍵は掛かっていなかったようで、クラロスは胸中で溜息を吐いた。その感情を悟られないうちにと、すぐに依頼の紙を取り出して女性に向け、言葉を続けた。
「レインの者です。ご依頼、引き受けに来ました」
「あぁ!どうぞ、お願いしますね」
すぐに気付き納得した様子の女性に室内へと招かれ、見えない所でクラロスはもう一度息を吐いた。こんな無防備な所にアイツみたいなのが来たらどうするんだ。そう考えては、頭を振ってその考えを打ち消した。今はそれを考える時ではない。女性の背を追いながら、クラロスも家の中へと入って行った。
「ありがとう、助かるわぁ」
数分後、入った時とは逆順に、今度はクラロスが女性の前に立っていた。部屋の片隅に置かれた棚を持ち上げ、扉の大きさよりも一回りだけ大きいそれを傾けながら、どこにもぶつからないようにと気を配ってゆっくり外へと出て行く。棚は壊れてもいいものだったが、家は壊してはいけないし、壊れれば持ち運びが不便だった。
完全に外へと出しきると棚を一旦地面に降ろし、クラロスは女性へと振り返る。
「これは責任持って廃棄致しますので」
爽やかな笑みに、女性は嬉しそうに頷いた。壊れているようには見えなかったこの棚を廃棄する理由はクラロスには分からなかったが、それを詮索する気は一切なかったし、興味もなかった。この棚を廃棄場へと運ぶ、ただそれだけ。
「よろしくね」
「はい。では、失礼します」
もう一度にっこりと笑いかけ、一礼。バランス良く棚を背に担ぐと、あとは振り返らずに歩き出した。少しの間を置いて、後ろで扉が閉まる音がした。鍵を掛ける音はしなかった。もうすぐ役目を終える棚が、背中の上で揺れる。この棚が置いてあった場所は棚がなくなりがらんとしていたが、そう遠くないうちにその場所を他の何かが占拠するのだろう。
柔らかい表情をあっという間に消滅させて、クラロスは歩いていた。
嘘の笑みではない。ただ、本物の笑みでもなかった。

街の区画に何ヶ所かある廃棄場の一つにドンと棚を降ろすと、それでこの仕事は終わりだった。
あとは役場に戻り、ルクスから報酬を受け取ればそれで完了。いつもの流れだった。
そして、いつもの流れにいつものおまけが付いていた。
廃棄場を抜け、大通りを避けて少し狭い通りを歩く。隣を子供たちが数人笑いながら走ってすれ違っていった。気にも留めずにさらに南下して、三回目の街並みの変化を確認する。今までの規則正しく並んだ道はぱたりと途絶え、目の前に広がるのは無造作に配置された小道と、背の低い建物の区画だった。
複雑に区切られたその街へ足を踏み入れると、明らかに先程までいた場所とは空気が違う事が分かる。密集した建物同士の隙間は狭く、通り抜けていく風はない。人気はあり生活感だって感じるというのに、のし掛かる空気が重いような気がした。
足は止めずにカードに書かれていた文字を頭に思い浮かべる。あの文字列が現すのは、この区画に入ってすぐの場所だった。その場所を目指して周りを見回すことなく、まっすぐに進む。不思議そうにこちらを見ている子供たちの姿があったが、気付かないふりをしてクラロスは歩き続けた。北の方からやってくる来客はそう滅多にいないのだから、そこは仕方がなかった。
目指す先、目的の場所には、一つの影が立っていた。
古びたフードを目深に被った姿は、街の北部であれば酷く目立って人を呼ばれるだろう。しかしこの辺りではそんな姿は珍しくはなかった。隠す為に使う人もいれば、それが普段着である人も多かった。
こちらよりも先に向こうは気付いていたようで、クラロスが姿を認めると同時にそばの脇道へと姿を消した。
僅かな間を置いて、クラロスも脇道へと足を踏み入れる。道の両側は窓のない建物の壁に挟まれて狭く、反対側から人が来てもすれ違うのも困難な場所だった。その道の始まりと終わりの丁度中間くらいの場所に、フード姿の人物が立っていた。今度はまっすぐクラロスを見ている。今の所は一応、敵意は感じない。それはあくまで、“一応”だった。
道の真ん中まで近付くと、クラロスはようやくそこで足を止めた。
狭い道でフード姿と対峙する事になったが、深く被ったフードの中は薄暗く、輪郭しか見えない。その姿がゆっくりと右手を差し出してくる。長い袖の先から少しだけ見えている指先は、まだ若い女のもののように見えた。
「これを、ここに」
フードの下から聞こえた声も、やはり女のものだった。意外だな、とだけ胸中で呟き、クラロスは無言で女の手に握られたものを受け取る。それは小さな木箱と紙切れだった。それほど重さのない木箱の方にはきっちりと封がしてあり、中に何が入っているのかは分からない。もう一方、紙切れには意味の無さそうな数字の羅列が書かれている。“ここ”と言われた、木箱の届け先だった。数字を確認すると、クラロスは二つをサイドポーチに入れ込んだ。
「了解」
一言だけ呟くように伝え、すっと右手を上げる。何の反応も返さないフードの女を気に留める事もせず、クラロスは上げた右手を引くようにして高く跳躍した。耳元で風を切る音一瞬が聞こえ、すぐに止まる。女の頭上を飛び越えて、あっという間にその背後に音もなく着地した。そのまま歩き出し、入ってきた道の入り口とは反対側の入り口へと進む。背中に女の視線を感じたが、そこにはもう興味はなかった。

面倒な手順が発生する時は、大概面倒な事態が付きものだった。
陽は沈み始めていたが、構わずに街の外へと出る。足を止めて辺りの様子を伺うが、まだ気になる気配はなかった。
運び屋は、物を運ぶのが仕事。
その物がどういった物なのか、どういった理由なのかを知る必要はない。
そう思っていたから、クラロスはルクスからの仕事も気にせずに引き受けていた。
昼間でさえ滅多に人の通らない街の外は、もうすぐ夜がやってくる時間ともなると風と音と虫の声しか聞こえない世界だった。西の空はまだ赤いが、東の空はすっかり宵の色。その中を、クラロスはやはり無表情で歩き始めた。届け先は、隣町へ向かう道の途中を森の奥へと逸れた所。ルクスが持ってくる仕事らしい場所だった。
人の姿は見えない。だが誰もいない訳ではない。クラロスはそう確信していた。
その確信は、道を逸れて森へ足を踏み入れた時に正確に形となって表れた。ヒュンと風を切る音が聞こえ、クラロスのすぐ後ろで乾いた音がする。素早く右に飛ぶと、更に乾いた音が続く。見ると木には、細いナイフが三本刺さっていた。じっとそれを見ていると、丁度ナイフの飛んできた方向から足音が聞こえる。隠そうとしていない足音を聞き、そちらへゆっくりと振り返った。
「要件は分かるだろう」
そこには見知らぬ男が立っていた。森の入り口に背を向けるように立っている所為で、背後の空に月を配置するシルエットになっている。神々しくもないし、似合いもしない。それを顔に出さず、クラロスは男を見ていた。
「大人しく渡せば逃がしてやる」
男がナイフを持った手を肩の位置まで上げると、残照がキラリとナイフを光らせた。それでもクラロスの表情は変わらなかった。代わりに、呟くように言い放つ。
「見逃してくれるなら、逃がしてやる」
最初男は、言われている意味が分かっていないようだった。しかしすぐに気付き、あからさまに怒りの表情を浮かべる。「調子乗りやがって…」と呟いてギリリと歯を鳴らすのを見て、クラロスは無表情で呆れた。また、ハズレだ、と。
瞬間、男が素早くナイフを投げる。腕は良い、狙いも正確だ。だがこの場所が悪かった。
ナイフが当たる直前にクラロスは横に跳び、続けて地を蹴り上へ飛ぶ。次に着地した場所は男のすぐ目の前だった。男が一歩足を引き、その目の前をクラロスの右手が通過していく。手に武器は何も握られてはいない。それに気付いた男は今度は一歩踏み込み、手にしたナイフで大きく斬りかかった。―――つもりだった。
振り上げた右手は振り上げたままの形で固まっていた。何が起きたのか分からないといった顔で男は自分の右手を見上げる。その隙にクラロスは何かを投げるように左右に右手を振った。クラロスの動きに気付き男はそれを目で追うが、追った先には何も見えない。男の顔には次第に焦りの表情が浮かびだしていたが、右手はまだその場に固まったままだった。
「お前…何を…」
男が呟くように言ったが、クラロスはそれには答えなかった。代わりに後ろへと大きく跳ぶ。
途端、男の身体がふわりと宙に浮いた。重力に逆らって胴体が浮かび上がりながら、それより少し速いスピードで左手と右足も上へと上がっていく。上がった先にあるのは右手で、やがてその三つはぶつかる事になる。
抵抗する間もなく、両手と右足を上にした状態で、男は何もない空間にぶら下がっていた。
「な、なな、何が」
動く左足をばたつかせてるが、ぐらぐらと身体が揺れるだけで状況は何も変わらなかった。
「暴れていればそのうち降りれるだろ。今は俺の邪魔をするな」
そう言ってクラロスは男に背を向け歩き始めた。
「な、なんだとお前、おい!降ろせ!戻ってこい!逃げるのか!!」
対する男はそんなクラロスの背に目一杯の怒鳴り声をぶつける。その大声はクラロスがしばらく進んでも変わらずに聞こえ、どうやら森の外にまで響いているようだった。
「……、…うるさい」
後ろを振り返ることなくクラロスの右手が左右に振られる。
ほんの数秒後、バサバサッと何かが大量に落ちる音がして、急に男の声が静かになった。直後、ドサッと鈍い音が響く。それきり、何の声もしなくなった。
クラロスの背後では、大量の木の葉を被った男が地面の上で目を回しているのだった。

森の中にひっそりと佇んでいる建物には、人の気配を感じなかった。
窓から漏れる明かりもなく、辛うじて残っている残照と強みを増してきた月の明かりにだけ照らされている。
入り口の目の前に立ち、クラロスは辺りを見回す。指示された届け先ではあるが、無防備に置いて帰る訳にはいかない。
しかし見回してもやはり人の姿は見当たらない。その代わり、微かな足音を捉えた。
家の裏、乱れた足音。
状況に心当たりがあり、クラロスはそっと動いた。
サイドポーチから黒い革手袋を取り出しぐっと手にはめる。そして何度かあちこちに手を振り、最後に建物に向けて何かを投げた。一瞬だけ月明かりに照らされ糸のようなものが現れるが、すぐにそれは見えなくなる。丁度その糸を引くような形で何かを確認すると、クラロスはトンと地面を蹴り上げた。するとクラロスの身体は軽々と宙を跳び、建物の屋根にトンと着地する。わざと立てたその音に気付いたのか、聞こえていた足音が止まった。
屋根の上を駆け出し、そこから一気に飛び降りる。飛び降りた先には二人の男が唖然として立っていた。
「な、なんだお前は…」
一人がそう声を漏らした。その左手はがっしりともう一方の男の口元を押さえつけ、右手はナイフを首元に押し付けている。口を押さえられた男は怯えた目でクラロスを見ており、その様子にすぐに二人の関係図に気付いた。
「仕事の邪魔をしないでもらえるか」
「そっちこそ邪魔をするな!」
いきなり激昂した男の声に、クラロスは何度目かの溜息を吐く。やはり、ハズレ。正直期待はしていなかったが、と。
ナイフに力が込められ、押し当てられた男の顔は恐怖に引き攣っていた。助けを求めるようにクラロスに視線を向け、首を振ろうとしてナイフに気付いてすぐに動きを止める。溜息を見えないように溢し、クラロスは二人をじっと見た。
「人助けは仕事じゃない。けど、届け先がいなくなるのは困る」
そう言い終わるが早いか、素早く右手を振るう。ナイフを持つ男の視線がクラロスの手に沿って動き、その隙に左手が振るわれる。途端、男の持つナイフが何かに弾き飛ばされた。
「?!」
どこに飛ばされたのかと男が辺りを見回すと、少し離れた木と木の間、そこの何もない空間にナイフが浮いていた。刃を下に向け、まるで柄の部分を何かに吊り下げられているかのようだった。
呆然とナイフを見ている男の手は、すっかり緩んでいたようだった。捕らえられていた男はすぐさま抜け出し、クラロスの背後へと走り抜ける。
「あ、待て!」
取り逃がした事に気付き男は慌てて駆け出そうとし、直後その足がピタリと止まった。反動で前のめりになり反射的に両手を前へ突き出すが、その手が地面にぶつかる前に身体全体の動きが止まる。地面すれすれの所で両手は浮いていて、そしていつの間にか、がっちりと両手首がくっついていた。
それは、糸だった。あちこちの木から伸びている糸が、男の両足と腰、そして両手に複雑に絡まっている。
しかし光の少ない森の中でその糸を視認できるのは、糸を張った本人であるクラロスだけだった。
「煩いと面倒だから、少し黙っててもらう」
クラロスはそう言うと、男に向けてピンッと糸を投げる。無論その糸は男には見えていないので、何をされているのかは男には分からなかった。投げられた糸はくるくると男の首に巻き付き、何かが巻き付いてくる感触に男が気付いた時にはもう解く事ができなくなっていた。そして糸が最後まで巻き付くと、糸の先端に取り付けられていた小さな針が男の首元に刺さる。
「…っ」
微かな痛みに顔を歪めた直後、男の身体からは力が抜け、だらんと見えない糸にぶら下がるだけとなった。
ぴくりとも動かない様子に、ひぃと息が漏れるような小さな悲鳴が聞こえる。
「し、死んだのか…?」
後ろに隠れていた男が恐る恐る顔を出し、訊ねてきた。
「いや、寝てるだけだ」
振り返ることなく、そう返した。
空中に向け指を伸ばし、何本かの糸を操る。そして最後にグッと引き込むと、どさりと音を立てて男の身体が落下した。両手両足、ついでに口元も透明な糸にぐるぐる巻きになっている姿だったが、近付いて確認してみてもよく眠っていて当分起きそうにない。
それだけ確認すると、くるりと振り返り怯えていた男の元へと近付く。ビクッと一瞬震えたように見え、クラロスはわざと見えるように溜息を吐いて見せた。
「依頼されていた品を届けに来ました」
ぶっきらぼうにそう言うと、サイドポーチから小さい木箱を取り出す。
声を掛けられてもまだ怯えていた男だったが、差し出された木箱を見て、ようやく肩の力を抜いたようだった。
「は…ははは…」
安堵が乾いた笑い声となって、そして木箱を受け取りながら男はべしゃりと地面に座り込んでいた。
木箱を渡し終え、請け負った仕事を完了したクラロスは、冷めた目で男を見下ろす。
「襲われたのがそれを渡す前で良かったな」
まだ腰を抜かしている男は、言われている意味も分からずクラロスを見上げる。その視線も気にせず、溜息を吐きながらぐるぐる巻きの男の方へと歩みを進める。
「渡す所までが俺の仕事だ。渡した後は知らない」
そう言いながらひょいと気を失っている男を担ぎ上げると、クラロスは一度だけ振り返る。
「いつまでもそこに座り込んでいない事をお勧めする」
男はようやく言われている意味に気が付いたようで、冷汗をだらりと流しながら慌てて立ち上がった。
辺りに人の気配は無かったが、暗い森に夜は始まったばかりだった。

「お疲れさま」
受付口で明るくそう言われ、クラロスはムッとした表情で報酬を受け取った。受け取った報酬の内訳は、最初の一件分と、次の一件分と、そして夜盗の取り締まりに対する礼金の分だった。
夜遅くに担ぎ込んだ夜盗を役所に放り込み、役人に複雑そうな顔で礼を言われる事には慣れていた。そのまま建物の裏で仮眠を取り、朝方に見回りの者に起こされるのもいつもの事だった。だが仕事後に笑顔で対応してくるルクスの表情は、いつまで経っても好きになれなかった。
「どうだった?」
表情も声音もいつものままで、音量だけを下げてさり気なく聞いてくる態度も気に入らなかった。
「どっちもハズレだ」
吐き捨てるようにそう返すと、「そう」と小さく返される。
「今日は何かやってく?」
「いい」
ファイルを取り出そうとするルクスの声を遮るように短く言い、クラロスはくるりと背を向けた。
「そ。じゃあ、また今度で」
振り返らずともルクスがにっこり笑っているのは分かっていて、だからこそそれには答えず、クラロスは役所の外へと出て行った。
扉の隙間から朝の陽射しが入り込み、細く明るいラインを作っていた。

CrossTune

ある日の平凡な日常

静かな森の中の少し開けた場所は、周囲に木が多い茂っていて空は丸く切り取られ、まるでどこかの闘技場のようだった。観客は、いない。
その空間にヒュンと短い風切り音が響いた。
一度だけではなく二度、三度。
その音に混じって軽い足踏みの音も聞こえる。
じり、と地面を強く踏み込む音がして、次の瞬間にはより一層大きな、地面を蹴る音が響いた。
そんな音も、景色も、霧氷の耳にも、目にも届いていなかった。
彼の目に入るのは目の前にいる男の姿のみ。聞こえる音は男の動きが発する微かな空気の揺れだけ。
飛び込んだ速度は霧氷の方が早かった。躊躇の欠片もない目で男を睨みつけ、右手に握る刀を大きく薙ぐ。完全に男を斬り裂いたように見えた。
だがその切っ先はほんの僅かに届いておらず、男を何一つ傷つけることなく空中で静止した。
届かなかった訳ではない。
わざとギリギリの距離で避けていた。
むっとした顔で霧氷が口を開こうとするよりも先に、男の方が口を開いた。
「惜しい、けど不正解」
霧氷に顔を向けながらも目を閉じている男の声は笑っている。霧氷は表情を堅くしたまま男をじっと見ている。
「あんなに大きく薙ぎ払わなければ当たっていたかもしれない」
「どうせ避けますよね」
「だから言ってるでしょ、”かもしれない”、って」
霧氷があからさまに悔しそうに唇を噛むのを見て、一層男は楽しそうに笑った。
「どうせ避けるって思ってて、どうやって人が殺せる?」
男が目を開いて霧氷を見据える。
声も表情も笑っているが、目だけは凍てついたアイスブルー。一瞬、霧氷の身が強ばった。
その一瞬で男は一気に距離を縮めた。まるで腕と一体化しているかのように持っていた細長い棒は、霧氷が刀を振るう速度よりもずっと早く空を切る。すんでのところを霧氷は避けるが、それはさっき男がやって見せたような余裕のあるかわし方には到底及ばないギリギリのものだった。歯を食いしばりながらバランスを保とうとするが、それを許す男ではなかった。
さっと身体を沈めた男を見て、霧氷はとっさに刀を構える。太陽の光がキラリと反射し男の目に差し込む。しかしそれすら見えていないかのように棒はまっすぐに霧氷へと向かう。ガツンと鈍い音がして一瞬だけ刀と棒が交差した。そしてそれは本当に一瞬で終わり、次に見えたのは宙をくるくると回り飛んでいく刀だった。トスッと軽い音がして、霧氷の背後の地面に刃が食い込んだ。
振り返る間などない。続く三撃目は霧氷の右肩の関節を的確に、そして容赦なく撃ち付けた。声を上げる間もなく吹き飛ばされ地面に転がる。すぐに立ち上がれないところを見ると、ダメージは見た目以上に大きいようだった。左腕一本で身体を支え起き上がるのを男は見守るように眺めていたが、その口元が不意に笑みの形を作る。立ち上がった霧氷は左手で右肩を押さえており、その右肩からはだらりと力なく右腕が垂れ下がっていた。
「きー君、まだやる?」
笑いながら男はそう訊ねた。霧氷の足は少しふらついていて、顔はすっかり険しくなっていたが、男を睨み付ける目は少しも変わっていなかった。
「やる」
返事を聞いて、嬉しそうに男は棒を振り上げた。
やる、そうは言っても、霧氷には男の攻撃を防ぐ手段はもう残っていなかった。刀までの距離と男までの距離、走る速度、どう考えも間に合わない上に、間に合ったところで刀を握れるような手ではなかった。
容赦のない攻撃を避けられたのは二撃目までで、三撃目はこめかみを直撃した。勢いよく飛ばされ再び地面に転がった霧氷だが、まだ立ち上がろうと左腕を動かしていた。その首元にゴンと棒が当てられる。
「終わりかな」
霧氷が見上げると、にっこりと笑う男が見下ろしていた。
「まだ…」
「最初に言ったよね。これは棒じゃなくて、刃物だと思え、って」
ぐっと力が込められ、首元が棒に強く押される。これがもし霧氷の使っていたような刀だったら、とっくに動脈が切られている。その前に、右腕は断ち切られているし顔が半分なくなっていた。
悔しそうに霧氷がギリリと歯を鳴らすと、男はあははと笑いながら棒を自分の肩に担ぐようにして持ち上げ、一歩下がった。その様子を見て霧氷もゆっくりと起き上がる。足を投げ出したまま左手で首元を触ると、その手にはうっすらと赤が滲んでいた。男の持つ棒は何の変哲もない棒だったが、一瞬太陽の光にキラリと光ったように見えた。
「肩、動かないでしょ」
今までのやり取りが何一つなかったかのように男は霧氷の元へと歩み寄る。対する霧氷もまた、何もなかったかのように男に向かって頷いた。
男は霧氷の隣に屈み込み彼の肩の様子を見る。そしてすぐに両手に力を込めた。バキッと音がして霧氷は顔をしかめたが、男は至って涼しい顔だった。
「覚えた?ここ狙えば案外すぐ外れる」
ぽんと右肩を叩き、男は立ち上がる。恐る恐るといった具合で霧氷が肩に力を入れると、ぎこちなくもすんなりと動くようになっていた。
「今度試してみます」
霧氷も男の隣に並んで立ち上がった。
「きー君は生き延びそうな感じで根性あるね」
棒で自分の肩をぽんぽんと叩きながら、男は笑いながらどこかを見つめた。
「あー君の方が根性はあるんだけど、あいつは最後まで飛び込んでいくからすぐ死にそうだ」
男の言葉に、霧氷は苦笑いを返すだけだった。
「起きたら適当に宥めておいてよ」
「嫌ですよ面倒くさい。季雪さんが面倒見てくださいよ」
「やだよ俺だって面倒くさいんだから」
笑いながらそう言う横顔に見えた瞳がすっと冷えきっているのを見て、霧氷はそれ以上何も言わなかった。
男が、季雪が面倒くさいなどと思っていない事などはどう見ても明らかだった。

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