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七夕当日の話

「てかさ、昨日っから何読んでんの?」
窓を叩く雨音は一向に弱まる気配を見せず、相変わらず昼間の空は暗いままだった。
ごろんとベッドに転がった迅夜は、隣のベッドに腰掛け視線を落としている左翊に問い掛けた。
彼はまだ半分にも到達していない本を読んでいる最中である。
「市場で見付けた古本だ。内容を見ないで買ったら、俺にはよく分からない」
「でも読んでんだ」
目を離さずにいるところを見るに、内容が嫌いなわけではないらしい。が、好きでもないらしい。
珍しいの、なんて呟きながら、左翊の様子を観察するのも飽きたのか迅夜はまたごろんと寝返りを打った。
視線の先にある窓の外。曇った窓ガラスからはぼんやりとした景色しか見えないが、ひっきりなしに新しい水滴がぶつかっては流れていく。パラパラという音が心地良いような、耳障りのような。無音の室内に響き渡るせいで、賑やかしい音も却って静かだと錯覚する。
「七夕の本?」
ぽつんと迅夜が訊ねた。
昨日の左翊の言葉を思い返してだろう。暇潰しなのかなんなのか、どうやら黙り込んだまま時間を使えないようである迅夜は、左翊の返事も待たずに更に口を開く。
「サイちょっとロマンチストになった?」
「そんなわけないだろ」
間髪入れずに一蹴。左翊もまた、本を読んでいるようでその世界にのめりこんではいないらしい。パラパラと目を滑らす程度。
「七夕は、少し話題に出てきただけだ」
とうとう飽きたのか、左翊は本をパタンと閉じてしまった。そして手元に放ると、窓の外に視線を向ける。
「当日に降る雨は、オリヒメに会えなかったヒコボシの涙なんだと」
似合わない。分かってる。ぼそりとしたやり取りの後、ふーんと迅夜は声に出していた。
「見栄張って綺麗にして、それで会えなくて泣いちゃうんだ」
転がり、天井に目を向けた迅夜は、その天井の微かな模様を眺めながら呟く。
「やっぱ自業自得だよね」
「夢がないな」
「えっ、サイあるの?!」
「ない」
思わずがばりと起き上がった迅夜に、左翊は冷たく静かな視線を投げた。
ちぇーっとつまらなさそうに口を尖らせ、しかしすぐにふっと吹き出していた。

「…で、結局何の本だったの?途中で止めちゃってるし」
古い本の表紙はすっかり色褪せておりタイトルも読み取れない。何が気になって手に取ったのかという問いにも答えが得られないまま、今度もまた左翊からの答えが期待できないようだった。

―――『遠くの人に伝える言葉』