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お題:昔話

まるで手負いの獣みたいだね。
そう呟かれた言葉を、笑いながら否定する。
「みたいっつうか、そのものだろ」
目の前でぐったりと倒れながらも、一向に殺気の無くならぬ目。
澄んだ空色の瞳は「綺麗だ」と評することができそうだというのに、その印象が却って冷たい殺意を強調させている。
おそらくもう動けないであろう状態に見えるにも関わらず、目を逸らせばその一瞬で刈り取られそうだと思える目だった。
「どうすんの、そいつ」
答えは分かってるよ、と同時に聞こえてきそうな問い掛けが投げられる。
わざわざ聞くなよと言い掛けたのを飲み込み、息を吐き出す。
「どうするっつっても、置いとくワケにもいかねえだろ」
言葉には出さずに雰囲気だけで、「だよね」と返ってくる。
とは言え、相手は「近付くことは許さない」と言いたげに睨み付けてくる状態である。
「アイツが寝たら考えるよ」
ちらりと視線を送ると、鋭利な刃物が何本も迫ってくるような錯覚を覚えた。
それが彼の返事だということは、つい数日前に身をもって知っている。
危うく一歩足が下がる所だったのをすんでの所で止める。
「寝たら、ねえ」
ふんふんと頷きながら、どうにも腑に落ちないと言った雰囲気を漂わせている。
そう思った途端、隣の影がスタスタと歩きだし、一瞬で殺意の矛先がそちらへと向けられる。
「あ、おい」
止めようとした言葉は欠片も間に合わず、次の瞬間にはゴスッと鈍い音が辺りに響いていた。
ぽかんとすることしかできない。
ニカリと笑った顔がこちらを振り返ったと思うと、「手負いの獣」はむんずとその身体を持ち上げられていた。
「寝るまで待つなんて、悠長だねェ」
どうやら痛がる間もなく一瞬で気を失ったらしい。覗き込んで見た表情は、思いの外平穏なものだった。
目を覚ました時のことは、その時考えよう。

「っていうか」
隣の声が笑っているような、呆れているような、そんな言葉を発する。
担ぐ係はこちらに回ってきて、代わりに空いた両手をひらひらと顔の前で振られる。
「アンタもアンタで、よく生きてるよね」
「うっせえな」
視界を盛大に邪魔する手の平と包帯が、今は最高に鬱陶しかった。

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30分