静かに佇む男からは、邪気も何も感じなかった。邪気だけではない、一切の感情を感じない。
特に問題は無さそうだから放っておいてもいいよ。そう言っていたのはどこの誰だったか。
「どこがだよ」
舌を打ち、苦々しく顔を歪める。
どこからどう見ても”普通ではない”彼の様子に、上司の笑顔を思い切り殴り飛ばしたい衝動に駆られた。
ふわふわと漂う白の影が、ふるりと揺れている。
宥めるように長い黒の棒を振ると、ゆっくりと彼へと近付く。
「何を、している」
答えを期待して投げた言葉ではないが。
どうやら声はまだ届くらしい。
視線がこちらへと向けられ、固定される。表情は変わらず、無のまま。
「殺そうと思って」
たっぷりの間を置いて返された答えは、予想通り半分、予想外半分。
「僕を生かしている彼らを、」
予想外に、言葉が次々と降ってくる。
「殺したくて」
感情も、邪気も、敵意も殺意も何も感じない言葉が。
「消してしまいたくて」
浸食するように降り掛かる。
彼が武器も何も持っていない事は知っている。言葉も何の意味も為さない。
けれど、ざわざわと這い寄る気配は決して良いものではない。そう感じていた。
「神殺しだと分かってて言ってるのか」
「分かっていなかったら、とっくに殺してるよ」
――― コイツは、ヤバい。
なんて面倒臭い奴を押し付けやがったんだ、あの糞上司め。
吐き出したい溜息を堪え代わりに唾を飲み込み、目前の彼を睨み付ける。
とは言え、見逃す訳にはいかないのだ。
それがこの場所の規則<ルール>
白い影が、くるくると回り始めた。