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タグ: ダリア

お題:花

すっかり慣れてしまった振動を身体に感じながら、通り過ぎていく景色を眺めていた。
折角渡した花束は、結局助手席、つまりは自分の膝の上に置かれることとなった。
「要らないってワケじゃないからね」
四輪車に乗り込みながらダリアはそう言っていたし、実際そう思われているだなんて思ってはいない。
けれどどことなく複雑な気持ちになる遊龍だった。
ガタガタと激しく揺れながら砂埃が立ち上っていく。今はもう前にも後ろにも茶色い地面しか見えなかった。
途中で立ち寄った小川の流れる森で休息を取った際、色取り取りの花が咲いているのを見付けた。
森も、川も、そして花々も、随分と久しぶりに見たような気がしていた。
水の流れる音を聞きながら、風が木々を揺らす音を聞きながら、遊龍はごろんと地面に転がっていた。
おっ、いいな!とダリアも真似して寝転がり、そして今はすっかり爆睡中である。
気持ちよさそうに眠る彼女を起こすつもりはなかった。
風が頬をくすぐっていく度に、一人の少女の姿が脳裏に過ぎる。と同時に、この風は彼女の元に届くだろうかと想いを馳せる。風が届けるのか、少女が呼んでいるのか、そこまでは遊龍は知らなかった。
そうして思い出を振り返っているうちにたくさんの花々に目が行った結果、目を覚ましたダリアに「意外!」と大笑いされたのだった。
景色から膝の上の花たちに視線を落とす。見たことのない花だった。
この場所に来てからあんなに花が咲いているのを見たのは初めてで、もしかしたら他のもっと街や山に行けば珍しいものでもないのかもしれない。ただ今の遊龍の知識では、至極珍しいものだったのだ。
「作り慣れてンの?」
ダリアは前を向いたまま問い掛けた。エンジン音と振動に掻き消されないよう、声は自然と叫んでいる。
「ちょっとだけ!」
返す遊龍も声を張り上げる。見ると隣でダリアはえらく機嫌良さそうに笑っていた。
「いいねェ、青春少年!」
「そ、そんなんじゃないです!」
咄嗟に返した言葉が、どういう意図に返したどういう意味の言葉だったのか、遊龍には自分でも説明できなかった。

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30分

CrossTune

お題:昔話

まるで手負いの獣みたいだね。
そう呟かれた言葉を、笑いながら否定する。
「みたいっつうか、そのものだろ」
目の前でぐったりと倒れながらも、一向に殺気の無くならぬ目。
澄んだ空色の瞳は「綺麗だ」と評することができそうだというのに、その印象が却って冷たい殺意を強調させている。
おそらくもう動けないであろう状態に見えるにも関わらず、目を逸らせばその一瞬で刈り取られそうだと思える目だった。
「どうすんの、そいつ」
答えは分かってるよ、と同時に聞こえてきそうな問い掛けが投げられる。
わざわざ聞くなよと言い掛けたのを飲み込み、息を吐き出す。
「どうするっつっても、置いとくワケにもいかねえだろ」
言葉には出さずに雰囲気だけで、「だよね」と返ってくる。
とは言え、相手は「近付くことは許さない」と言いたげに睨み付けてくる状態である。
「アイツが寝たら考えるよ」
ちらりと視線を送ると、鋭利な刃物が何本も迫ってくるような錯覚を覚えた。
それが彼の返事だということは、つい数日前に身をもって知っている。
危うく一歩足が下がる所だったのをすんでの所で止める。
「寝たら、ねえ」
ふんふんと頷きながら、どうにも腑に落ちないと言った雰囲気を漂わせている。
そう思った途端、隣の影がスタスタと歩きだし、一瞬で殺意の矛先がそちらへと向けられる。
「あ、おい」
止めようとした言葉は欠片も間に合わず、次の瞬間にはゴスッと鈍い音が辺りに響いていた。
ぽかんとすることしかできない。
ニカリと笑った顔がこちらを振り返ったと思うと、「手負いの獣」はむんずとその身体を持ち上げられていた。
「寝るまで待つなんて、悠長だねェ」
どうやら痛がる間もなく一瞬で気を失ったらしい。覗き込んで見た表情は、思いの外平穏なものだった。
目を覚ました時のことは、その時考えよう。

「っていうか」
隣の声が笑っているような、呆れているような、そんな言葉を発する。
担ぐ係はこちらに回ってきて、代わりに空いた両手をひらひらと顔の前で振られる。
「アンタもアンタで、よく生きてるよね」
「うっせえな」
視界を盛大に邪魔する手の平と包帯が、今は最高に鬱陶しかった。

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30分

CrossTune

お題:爆音

広大な大地を、呆然とした目で少年は見ていた。
辺り一帯にはほとんど何もなく、少し薄い色の青空と乾いた薄茶色の大地がどこまでも続いていた。
所々に大地と似た色の岩が転がっていたり、葉っぱのない木がぽつんと立っていたりする景色は、少年には信じられないものだった。
「そんな大口開けてっと、格好悪いぞ」
快活な声が隣から聞こえる。
太陽のような表情に、そんな雰囲気の髪の色。肌の露出が多い割には、直視しても気にならない健康的な体付き。
………嘘だ。それは少し言い過ぎで、腰に手を当てニカッと笑う動きに少し遅れて揺れた胸に、少年は少しだけ目線を外した。
女は右手を腰に当て、左手を四輪自動車≪グラン≫の扉に掛け、面白そうに少年を見ていた。
少年がまた景色に目を戻すと、女も景色をぐるりと見回す。
「全然見慣れないってか」
「見慣れないってゆーか、知らない世界みたいです」
「そりゃそうだろうね。リュートだっけ、アンタが住んでたの」
言葉には出さずに少年は頷く。
うんうんと、やはり面白そうに頷き、女は今度は両手を腰に当てた。背中に体重を持っていき、グランに寄り掛かる。
「アタシは行った事ないけど、聞いた事はあるよ。小さくて閉鎖的で謎だらけって噂」
「そんな謎だらけって程でもないと思いますけど…」
「住んでた身だったらそうだろうけどね。他からわざわざあんな所に行く人、いないだろ」
そういえばこの人の笑っていない姿を見た事がない、と思いながら少年は女の横顔を見上げた。
“あんな所”から飛び出して、あまりの違いに立ちすくんでいた所を、この人に拾われた。
そして自分の知らなかった常識を大量に知る事になった。
少年には何もかもが新しくて、何もかもが自分をちっぽけなものに変えていっていた。
突然、地面が軽く揺れ始めた。
その揺れは段々と大きくなってくるようで、それに合わせるように遠くから微かにガタガタと音が聞こえ始める。
「お、来たね」
女の弾むような声が聞こえる。見るとその視線は右の遠く、地平線の辺りを見ていた。
少年も倣うように同じ方向を見る。
何も見えない地平線の先に目を凝らしていると、少しずつ何かが動いているのが見え始める。
そういえば、面白いものが見れるよ、と言って乗っていたグランを急停車させて立ち止まってから小一時間くらいは経っていた。
グランを停めた数歩先には、何に使うのかもよく分からない長い長い板のような物が地平線の端から端まで伸びている。
動いている何かは、その線上にいるようだった。
やがて音も振動もはっきりと聞こえるようになると、その発生源もはっきり見えるようになる。
長い板―――レールの上を、大きな箱のような物が猛スピードで走っていた。
この大陸にやってきてグランという乗り物に驚かされたが、その比ではなかった。
箱の先頭からは黒い煙が上がり、あっという間にこちらに近付いてくる。
思わず一歩後ずさるのを見て、女がアハハと笑う。
「避けなくたって、ぶつかりはしないよ」
その女の声も、もうすっかり聞こえないくらいに箱の音は間近に迫っていた。
遠くから見えていたよりもその箱は随分と長く、先頭が目の前を通り過ぎたと思ったら長い体はしばらく目の前を通過し続ける。
突風に煽られ、髪はバサバサと暴れ回った。
あまりにも速くて、それがどういった物なのかを見定める事ができなかった。ただ、長い箱がいくつか連なってすごく長く見えていたのだと分かった事と、箱のそれぞれに窓のような物が付いていたのは見えた気がした。
一番最後の箱が通り過ぎて、急速に音が遠ざかる。段々と揺れも収まってきた。
余韻のような風がやっと収まると、何事もなかったかのようにまた静かな荒野が目の前に広がっていた。
「どうせ今のも見るの初めてなんだろ」
女の問いに、少年はまだ呆然とした顔でこくんと頷いた。
途端にぐしゃっと髪をなで回される。
「何するんですか!」
「一箇所に立ち止まってっと、人生損するよ」
耳のすぐ近くで笑い続ける女の声は正直煩かったが、不快なものではなかった。
ただでさえ風でぐしゃぐしゃになっていた髪は、なで回されて更にめちゃくちゃになっている。
少年の頭の中で、女の言葉がぐるぐると回っていた。
分かってる、と少年は声に出さずに返事をした。分かってるから、こうやって知らない場所にやってきたのだ、と。
最後にドンと頭を叩かれ、少年は思わず転びそうになるのを必死に堪える。
「ほら、次行くよ。ぼさっとしてたら置いてくからね」
扉を開けることなく、ヒラリと女は運転席へと飛び乗っている。
それを見て慌てて少年は隣の席の扉を開けて乗り込む。
扉を閉めると同時に、さっきの箱程ではないがけたたましい音が鳴り響く。
レール沿いを、箱が走っていた方向へとグランは走り出す。そのスピードは徐々に上がっていく。
走り去っていく景色を呆然と見ていた少年は、ぼそりと呟いた。
「今度、運転の仕方教えて下さい」
「イイよ、飛びっきりのテクニックも教えたげる」
前を向いたままの女のニヤッとした笑みに、少年の額には冷汗が滲む。
「………普通の運転でいいです」
「遠慮しなさんなって」
女の大きな笑い声と同時に、グランのスピードは最高速度へと達していた。

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30分

CrossTune

お題:バトル物その2

ドカンという衝撃音と同時にもうもうと立ち込める土煙に巻き込まれぬよう、影凜はそっとその場から数歩離れた。
とても面白くない、と不愉快を全面に出した表情は、見る人が見れば何が起きているのか一目瞭然だった。
土煙が収まるのを待たずに、次の動きが始まる。
キラリと一瞬光が走り、続いて影が飛び出す。その影を追ってもう一つの影が飛び出し、そして、
「ダリアてめえええ」
怒号が鳴り響く。
先に飛び出した影は身軽に数度跳ぶとストンと影凜の隣に着地した。
「何さ、折角久しぶりの再会なのにつれないねェ」
先に跳んだ影―――ダリアは、ケラケラと笑いながらそう言い放った。
その視線の先、土煙がようやく収まりつつある景色を背景に、額からたらりと流れる血を気にも留めずに黒翔は黒い笑みを浮かべて立っていた。
「再会の度に人のこと殺す気かッ」
「やっだなァ!アンタがこれ如きで死ぬなんて思ってないし、死ぬならその程度だったて事だし?」
「殺意満々じゃねえか!」
胸を張り満面の笑みで言い切ったダリアに対し、黒翔は血管が千切れそうになるまでギリギリと拳を握った。
土煙が収まった先、そこには車輪が四つ付いた車<グラン>が止まっている。つい今し方までダリアが乗っていた物だ。
車を猛スピードで走らせて駆け寄ってぶつかる事で止めようとするダリアの操縦の腕前は別に、悪い訳ではない。
だが正しい運転だとも言えない。
酷いじゃれつき方だと誰かが表現していたが、全くその通りで、その通り過ぎて全く納得が出来ないとぼやいていたのは黒翔だった。

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25分

CrossTune