Press "Enter" to skip to content

お題:爆音

広大な大地を、呆然とした目で少年は見ていた。
辺り一帯にはほとんど何もなく、少し薄い色の青空と乾いた薄茶色の大地がどこまでも続いていた。
所々に大地と似た色の岩が転がっていたり、葉っぱのない木がぽつんと立っていたりする景色は、少年には信じられないものだった。
「そんな大口開けてっと、格好悪いぞ」
快活な声が隣から聞こえる。
太陽のような表情に、そんな雰囲気の髪の色。肌の露出が多い割には、直視しても気にならない健康的な体付き。
………嘘だ。それは少し言い過ぎで、腰に手を当てニカッと笑う動きに少し遅れて揺れた胸に、少年は少しだけ目線を外した。
女は右手を腰に当て、左手を四輪自動車≪グラン≫の扉に掛け、面白そうに少年を見ていた。
少年がまた景色に目を戻すと、女も景色をぐるりと見回す。
「全然見慣れないってか」
「見慣れないってゆーか、知らない世界みたいです」
「そりゃそうだろうね。リュートだっけ、アンタが住んでたの」
言葉には出さずに少年は頷く。
うんうんと、やはり面白そうに頷き、女は今度は両手を腰に当てた。背中に体重を持っていき、グランに寄り掛かる。
「アタシは行った事ないけど、聞いた事はあるよ。小さくて閉鎖的で謎だらけって噂」
「そんな謎だらけって程でもないと思いますけど…」
「住んでた身だったらそうだろうけどね。他からわざわざあんな所に行く人、いないだろ」
そういえばこの人の笑っていない姿を見た事がない、と思いながら少年は女の横顔を見上げた。
“あんな所”から飛び出して、あまりの違いに立ちすくんでいた所を、この人に拾われた。
そして自分の知らなかった常識を大量に知る事になった。
少年には何もかもが新しくて、何もかもが自分をちっぽけなものに変えていっていた。
突然、地面が軽く揺れ始めた。
その揺れは段々と大きくなってくるようで、それに合わせるように遠くから微かにガタガタと音が聞こえ始める。
「お、来たね」
女の弾むような声が聞こえる。見るとその視線は右の遠く、地平線の辺りを見ていた。
少年も倣うように同じ方向を見る。
何も見えない地平線の先に目を凝らしていると、少しずつ何かが動いているのが見え始める。
そういえば、面白いものが見れるよ、と言って乗っていたグランを急停車させて立ち止まってから小一時間くらいは経っていた。
グランを停めた数歩先には、何に使うのかもよく分からない長い長い板のような物が地平線の端から端まで伸びている。
動いている何かは、その線上にいるようだった。
やがて音も振動もはっきりと聞こえるようになると、その発生源もはっきり見えるようになる。
長い板―――レールの上を、大きな箱のような物が猛スピードで走っていた。
この大陸にやってきてグランという乗り物に驚かされたが、その比ではなかった。
箱の先頭からは黒い煙が上がり、あっという間にこちらに近付いてくる。
思わず一歩後ずさるのを見て、女がアハハと笑う。
「避けなくたって、ぶつかりはしないよ」
その女の声も、もうすっかり聞こえないくらいに箱の音は間近に迫っていた。
遠くから見えていたよりもその箱は随分と長く、先頭が目の前を通り過ぎたと思ったら長い体はしばらく目の前を通過し続ける。
突風に煽られ、髪はバサバサと暴れ回った。
あまりにも速くて、それがどういった物なのかを見定める事ができなかった。ただ、長い箱がいくつか連なってすごく長く見えていたのだと分かった事と、箱のそれぞれに窓のような物が付いていたのは見えた気がした。
一番最後の箱が通り過ぎて、急速に音が遠ざかる。段々と揺れも収まってきた。
余韻のような風がやっと収まると、何事もなかったかのようにまた静かな荒野が目の前に広がっていた。
「どうせ今のも見るの初めてなんだろ」
女の問いに、少年はまだ呆然とした顔でこくんと頷いた。
途端にぐしゃっと髪をなで回される。
「何するんですか!」
「一箇所に立ち止まってっと、人生損するよ」
耳のすぐ近くで笑い続ける女の声は正直煩かったが、不快なものではなかった。
ただでさえ風でぐしゃぐしゃになっていた髪は、なで回されて更にめちゃくちゃになっている。
少年の頭の中で、女の言葉がぐるぐると回っていた。
分かってる、と少年は声に出さずに返事をした。分かってるから、こうやって知らない場所にやってきたのだ、と。
最後にドンと頭を叩かれ、少年は思わず転びそうになるのを必死に堪える。
「ほら、次行くよ。ぼさっとしてたら置いてくからね」
扉を開けることなく、ヒラリと女は運転席へと飛び乗っている。
それを見て慌てて少年は隣の席の扉を開けて乗り込む。
扉を閉めると同時に、さっきの箱程ではないがけたたましい音が鳴り響く。
レール沿いを、箱が走っていた方向へとグランは走り出す。そのスピードは徐々に上がっていく。
走り去っていく景色を呆然と見ていた少年は、ぼそりと呟いた。
「今度、運転の仕方教えて下さい」
「イイよ、飛びっきりのテクニックも教えたげる」
前を向いたままの女のニヤッとした笑みに、少年の額には冷汗が滲む。
「………普通の運転でいいです」
「遠慮しなさんなって」
女の大きな笑い声と同時に、グランのスピードは最高速度へと達していた。

+++++
30分