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月: 2013年7月

お題:風鈴

人気の少ない路地だった。
道路、塀、固いアスファルトに閉ざされた一本道に、真昼間の太陽を遮る物は少ない。
空のど真ん中にいる太陽は、あちこちにとても短く狭い影しか作っていなかった。
道の両脇は民家。けれど静かなその道には不思議と全ての生き物が存在していないような空気が漂っていた。
そのじりじりと焼かれるような道の中を、両手で自転車を押しながら歩いていた。
本当なら自転車を力一杯漕いでこんな道をあっという間に通り過ぎてしまいたかった。
けれどぺたんこに潰れている自転車の後輪は、それを許さなかった。
峡は深く溜息を吐き、そして諦めて一歩一歩踏み出していく。
歩き始めてすぐに汗の滲み出した額や首元は、今は既にぐっしょりと濡れている。
拭う事は無駄だと分かっていたので流れるままに流していた。
この道を抜けたら大通りで、並木道。そこまで辿り着ければ日陰は増えているだろう。
それだけを頼りに、峡は歩き続けていた。
そんな峡の耳元に、チリンと軽い音が届いた。思わず足を止める。
辺りを見回しても民家の塀が見えるだけで、動くものは何も見えない。
チリン、もう一度聞こえた。
聞き覚えのある音だった。
風が吹く度に涼(の気分)を味わえる、夏の風物詩。
ぐるりと辺りを一周、二周見回したが、結局峡にはその音がどこから聞こえてきているのかは分からなかった。
音はすぐ近くから聞こえているような気もするし、風に流れてどこか遠くから聞こえているような気もした。
峡は足を止めたまま暫く待ったが、どうやら今日は風の少ない日らしい。それきり音は聞こえなくなった。
すっかり汗で湿っている両手でハンドルを握り直し、再び歩き出す。
その足取りは、ほんの少しだけ軽くなっているような気がした。

+++++
15分

Chestnut

ある日の平凡な日常

静かな森の中の少し開けた場所は、周囲に木が多い茂っていて空は丸く切り取られ、まるでどこかの闘技場のようだった。観客は、いない。
その空間にヒュンと短い風切り音が響いた。
一度だけではなく二度、三度。
その音に混じって軽い足踏みの音も聞こえる。
じり、と地面を強く踏み込む音がして、次の瞬間にはより一層大きな、地面を蹴る音が響いた。
そんな音も、景色も、霧氷の耳にも、目にも届いていなかった。
彼の目に入るのは目の前にいる男の姿のみ。聞こえる音は男の動きが発する微かな空気の揺れだけ。
飛び込んだ速度は霧氷の方が早かった。躊躇の欠片もない目で男を睨みつけ、右手に握る刀を大きく薙ぐ。完全に男を斬り裂いたように見えた。
だがその切っ先はほんの僅かに届いておらず、男を何一つ傷つけることなく空中で静止した。
届かなかった訳ではない。
わざとギリギリの距離で避けていた。
むっとした顔で霧氷が口を開こうとするよりも先に、男の方が口を開いた。
「惜しい、けど不正解」
霧氷に顔を向けながらも目を閉じている男の声は笑っている。霧氷は表情を堅くしたまま男をじっと見ている。
「あんなに大きく薙ぎ払わなければ当たっていたかもしれない」
「どうせ避けますよね」
「だから言ってるでしょ、”かもしれない”、って」
霧氷があからさまに悔しそうに唇を噛むのを見て、一層男は楽しそうに笑った。
「どうせ避けるって思ってて、どうやって人が殺せる?」
男が目を開いて霧氷を見据える。
声も表情も笑っているが、目だけは凍てついたアイスブルー。一瞬、霧氷の身が強ばった。
その一瞬で男は一気に距離を縮めた。まるで腕と一体化しているかのように持っていた細長い棒は、霧氷が刀を振るう速度よりもずっと早く空を切る。すんでのところを霧氷は避けるが、それはさっき男がやって見せたような余裕のあるかわし方には到底及ばないギリギリのものだった。歯を食いしばりながらバランスを保とうとするが、それを許す男ではなかった。
さっと身体を沈めた男を見て、霧氷はとっさに刀を構える。太陽の光がキラリと反射し男の目に差し込む。しかしそれすら見えていないかのように棒はまっすぐに霧氷へと向かう。ガツンと鈍い音がして一瞬だけ刀と棒が交差した。そしてそれは本当に一瞬で終わり、次に見えたのは宙をくるくると回り飛んでいく刀だった。トスッと軽い音がして、霧氷の背後の地面に刃が食い込んだ。
振り返る間などない。続く三撃目は霧氷の右肩の関節を的確に、そして容赦なく撃ち付けた。声を上げる間もなく吹き飛ばされ地面に転がる。すぐに立ち上がれないところを見ると、ダメージは見た目以上に大きいようだった。左腕一本で身体を支え起き上がるのを男は見守るように眺めていたが、その口元が不意に笑みの形を作る。立ち上がった霧氷は左手で右肩を押さえており、その右肩からはだらりと力なく右腕が垂れ下がっていた。
「きー君、まだやる?」
笑いながら男はそう訊ねた。霧氷の足は少しふらついていて、顔はすっかり険しくなっていたが、男を睨み付ける目は少しも変わっていなかった。
「やる」
返事を聞いて、嬉しそうに男は棒を振り上げた。
やる、そうは言っても、霧氷には男の攻撃を防ぐ手段はもう残っていなかった。刀までの距離と男までの距離、走る速度、どう考えも間に合わない上に、間に合ったところで刀を握れるような手ではなかった。
容赦のない攻撃を避けられたのは二撃目までで、三撃目はこめかみを直撃した。勢いよく飛ばされ再び地面に転がった霧氷だが、まだ立ち上がろうと左腕を動かしていた。その首元にゴンと棒が当てられる。
「終わりかな」
霧氷が見上げると、にっこりと笑う男が見下ろしていた。
「まだ…」
「最初に言ったよね。これは棒じゃなくて、刃物だと思え、って」
ぐっと力が込められ、首元が棒に強く押される。これがもし霧氷の使っていたような刀だったら、とっくに動脈が切られている。その前に、右腕は断ち切られているし顔が半分なくなっていた。
悔しそうに霧氷がギリリと歯を鳴らすと、男はあははと笑いながら棒を自分の肩に担ぐようにして持ち上げ、一歩下がった。その様子を見て霧氷もゆっくりと起き上がる。足を投げ出したまま左手で首元を触ると、その手にはうっすらと赤が滲んでいた。男の持つ棒は何の変哲もない棒だったが、一瞬太陽の光にキラリと光ったように見えた。
「肩、動かないでしょ」
今までのやり取りが何一つなかったかのように男は霧氷の元へと歩み寄る。対する霧氷もまた、何もなかったかのように男に向かって頷いた。
男は霧氷の隣に屈み込み彼の肩の様子を見る。そしてすぐに両手に力を込めた。バキッと音がして霧氷は顔をしかめたが、男は至って涼しい顔だった。
「覚えた?ここ狙えば案外すぐ外れる」
ぽんと右肩を叩き、男は立ち上がる。恐る恐るといった具合で霧氷が肩に力を入れると、ぎこちなくもすんなりと動くようになっていた。
「今度試してみます」
霧氷も男の隣に並んで立ち上がった。
「きー君は生き延びそうな感じで根性あるね」
棒で自分の肩をぽんぽんと叩きながら、男は笑いながらどこかを見つめた。
「あー君の方が根性はあるんだけど、あいつは最後まで飛び込んでいくからすぐ死にそうだ」
男の言葉に、霧氷は苦笑いを返すだけだった。
「起きたら適当に宥めておいてよ」
「嫌ですよ面倒くさい。季雪さんが面倒見てくださいよ」
「やだよ俺だって面倒くさいんだから」
笑いながらそう言う横顔に見えた瞳がすっと冷えきっているのを見て、霧氷はそれ以上何も言わなかった。
男が、季雪が面倒くさいなどと思っていない事などはどう見ても明らかだった。

CrossTune

お題:ホタル

壁に固定された豆電球が、ゆっくりと明滅を繰り返している。
一つだけではない。壁のあちこち、低い所高い所にもその光は止まっていた。
箇々に統一感はなく不規則、だがよく見るとそれぞれのリズムはどれも一定だった。
古い時代の小さな明かり。
初めはそれが何を意味しているのか分からなかった。
人づてに聞いた話では、それは古い時代のそれよりもずっと前、太古に暮らしていた生き物の模型らしかった。
果たしてそんなものが本当にいたのかどうかは今となっては知る手段はない。
だが“夢”だとか“ロマン”だとか、そういうモノの対象とするには充分なのかもしれない。
少なくとも、過去を追い掛けている人達にとっては。
俺は現在を生きてる。
つまらなそうに壁の明かりから目を逸らし、止めていた足を再び動かし始める。
長く細い路に長く続く壁、明滅を繰り返す光もずっとその壁に続いていた。
現在を生きていて、未来と戦ってる。
電源が供給されなくなるまで光り続ける、止まった時代のモノとは違う。

ふわりと、小さな光の一つが宙に浮いた、ような気がした。
足を止め首を傾げながら、見間違い?と呟く。
確かこの光の本物はふわふわと飛び回りながら光るのだと聞いた。
そんな怪奇現象があるものかと半信半疑だったが、どうやら偽物の方は飛び回る事があるらしい。
足を止めた目の前を、ゆっくりと飛翔する光。
「びっくりした!?」
じっと眺めていると上から笑い声が聞こえた。
とても聞き馴染みのある声に、顔を上げなくともその姿は想像できた。
飛んでいた光がパッと消え、すぐに上から影が降ってくる。
「びっくりしてたでしょ!」
活発な少年のような印象を受ける少女がニカッと笑いかけてきた。
その手には長い透明な糸と豆電球が握られている。
「そんな子供騙し…大人げない」
「その言い方ひっどいなぁ!折角面白い事思い付いて実戦してあげたのに」
ぷうっと頬を膨らませる姿はとっくの昔に見飽きている。
“夢”だとか“ロマン”だとかを追い掛けている幼馴染みの姿に、大きな溜息が溢れた。

+++++
15分

SBH

お題:迅夜と峻で何か

じーっと見上げてくる視線に気付き、峻は怪訝そうに前を向いた。
峻の目の前の席に座る迅夜は、肘を立てカップに刺さったままのストローをくわえたまま、じっと峻を見ていた。
「なんだ」
「んー、いや、峻ってこういう店にいるの似合わないなぁって思って」
迅夜は淡々と、ストローを口から離さず器用に答えた。
ファーストフード店の一番奥の角の席。
さほど混んではいないから問題はないだろうと4人掛けの席に2人で座り、テーブルの半分には飲み物、もう半分にはノートと筆記用具。
この店に呼び出したのは、迅夜の方だった。
「悪かったな」
面倒な言い合いはごめんだ、とでも言いたげに、峻はぶっきらぼうにそう言い放つ。
「別に悪いって言ってないじゃん」
ようやくストローを離し、少し呆れたように迅夜は笑った。
一瞬ムッとした顔を作る峻だったが、すぐにそれを抑え再びノートに視線を落とす。
暗号のような殴り書き。
辛うじて数字だとは分かるが意味を成しているとは思えない羅列。
迅夜の書いたノートを、峻は溜め息を吐き出しながら右へ左へと眺める。
新しいの書いたから見て!という迅夜の誘いは、新作の暗号ができたから解読して!というものに他ならない。
不定期に飛び込んでくるその話を、峻は断りはしないのだが。
「聞いてくれれば答えるけど、全部お任せでもいいよ」
いつもみたいに。
語尾に星マークでも付きそうな声で、迅夜はウィンクをして見せた。
峻の溜息はもう一度深く深く吐かれ、そして「分かった」と頷くのだった。

+++++
15分

Jump into the Sideway

お題:竜誕ネタ

うーん、と少しだけ考えながら光麗は迷っていた。
身体を後ろに傾け、両手を着いてぐいと仰け反ると木々の隙間から真っ青な空が見える。
清々しくて、気持ちのいい朝だった。
ゆったりと流れる雲を見て、優しい風が流れているのだと知る。
風に言葉を伝えて貰う事は、光麗には簡単な事だった。
でもなぁ…、と独り言を呟く。
様子に気付いたのか、風がサワサワと草を揺らして光麗の周りを回る。
金色に輝く髪を揺らし戯れてくる風に、くすぐったそうに少女は笑いかける。
「あのね」
姿の見えない相手に光麗は話しかける。
「贈り物をしたいんだ」
ふわりと静かに舞い上がるような風は、彼らなりの相槌だろうか。
光麗もうんうんと頷きながら続ける。
「でも、何がいいのかなぁって」
風は、今度はくるりと回ったりさっと通り過ぎたりと、少しだけ慌ただしそうだった。
これは彼らなりに迷っているという事なのだろうか。
言葉は当人同士か、光麗にしか分からない。
「うん、気持ちがあればいいのは分かるんだけど、どうやったら気持ちって伝わるのかなぁ」
腕の力を抜いて、光麗はそのままパタンと仰向けに倒れた。
空が一層遠くなる。
両手を伸ばしてみても、空や雲どころか木々にすら手は届かない。
「光は何をもらっても嬉しいよ」
端から見ればずっと独り言を呟いているようにしか見えないが、今のは恐らく風が問い掛けたのだろう。
腕を伸ばしたりパタリと地面に放ったり、そう何度か繰り返しては光麗は迷いを唸り声にして吐き出す。
うーんうーんと迷った末に、寝転がったまま、うん、と頷いた。
パッと起き上がるとそのまま立ち上がり、くるりと辺りを見回す。
「大丈夫かなぁ」
目的の物を手に取り、まだ少し迷いながらも空を見上げる。
「うん、大丈夫だって、思っておく!」
こくんと頷き、にっこりと笑い、そして。
「じゃあ、よろしくお願いします」
風がぶわりと森の中を駆け抜けていった。

竜神は突然の出来事に目をパチクリとさせていた。
いきなり突風が吹いたと思ったらこの有様である。
風という事はその原因となる人物に心当たりは一人しかいない。
彼女がやった、と言われればそうだろう、としか返せない状況でもある。
開けていた窓から飛び込んできた贈り物。
一瞬で部屋の中には、色取り取りの花がたくさん散りばめられていた。

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20分

CrossTune