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月: 2013年7月

お題:酒

扉を開けた途端に広がる煙の臭いに、雨亜は思い切り顔を顰めた。
臭いの元凶が扉の音に気付き雨亜の姿を見付ける。
「よお」
霧氷は煙草を持つ右手を軽く挙げてそう言った。
「吸うなら外でやれ」
「なんでだよ」
雨亜は露骨に嫌そうな顔をしながらも、霧氷の座る椅子の向かい側へと腰掛ける。
対する霧氷も、雨亜の言葉に眉根を寄せた。
けれど雨亜が対面にやってくる事自体は不快ではないようで、彼を一瞥すると横を向き、吸い込んだ煙を吐き出した。
短くなった煙草を灰皿へと押し付け潰す。
そこには既に、ぐしゃりと潰され火の消えた煙草が山のように積まれていた。
「何かあったのか」
「は?」
「そういうの、自棄になってるみたいだったから」
灰皿を指差し、雨亜はそう言った。
重度の喫煙者である霧氷だが、淡々と大量に吸うような事は普段あまりしない。
雨亜は煙草を嫌うが、煙草ではなく酒で似たような事をやる自覚があった。
だから気に掛かったのだろう。
霧氷は少しだけ嫌そうな顔をし、新しい煙草に火を付ける。
「別に、何もねえよ」
壁を、しかしその先のどこか遠くを見ながら、霧氷はそう言った。
何かあったな。雨亜は彼の表情を見て、そう確信した。

どんとテーブルに置かれた瓶に、霧氷は嫌そうに雨亜を見た。
対する雨亜は何処吹く風で、躊躇することなく栓を開ける。
煙の臭いの方が強いこの部屋にアルコールの香りはまだ広がらないが、やがて強さを増すのだろうと霧氷は直感した。
「別のとこ行けよ」
「そっちこそ」
先に来てたのは俺の方だっての。そう霧氷は言い返したが、雨亜は立ち上がる様子も見せなかった。
瓶に直接口を付け、一口、二口と嚥下する。
霧氷から見れば白旗を揚げて唸りたくなるような量を胃に注ぎ込むと、再度だんと瓶はテーブルに置かれた。
何の様子も変わらない雨亜を見て、霧氷はうんざりといった顔で溜息を吐いた。
昔同じ時期に同じ酒を飲んだ時、二口目には意識が遠退いた霧氷とそのまま飲み干した雨亜の差は今も昔のままだ。
「で、何があったんだ」
声の調子すら一切変わっていない。
先程投げられた質問を再び投げられ、霧氷はついと目を逸らす。
「なんでそこ拘るかな…」
「珍しいから」
「面白いから、じゃねえの」
吸い込んだ煙をわざと雨亜に向けて吐き出し、嫌そうに睨み付ける。
案の定、雨亜の表情は怒りのそれである。
しかし霧氷は気にせず言葉を続けた。
「理由分かってる癖に」
隣の空いた椅子に脚を上げ、壁に寄り掛かる。ぎしりと椅子が悲鳴を上げたが、まあ、問題は無さそうではある。
「どうせ言ってこないの、同じ事言われたくねえからだろ」
自嘲気味にそう言うと、霧氷は肩を竦めて息を吐いた。
雨亜からの返事は無かった。

+++++
30分

CrossTune

お題:電話

ジリジリと電話のベルが鳴った。
いつもと同じ音なのに、何故か切羽詰まっているように聞こえる。
そういう日の電話は大抵、そういう内容の電話だった。
「もしも…」
「椏夢くん?!ちょっとお願いがあるんだけど!」
椏夢の声を遮って、若い女の声が電話から鳴り響いた。
「晞沙さん…少し深呼吸しましょうか」
ゆっくりとした声で、椏夢はそう伝えた。

「また…ですか」
「またって言わないでよ…こっちだってワケ分かんなくて困ってるんだから」
「すみません」
コンクリートで固められた土間には所狭しと背の低い棚が並べられ、そこには沢山の駄菓子屋玩具が並べられている。
普段は子供たちで賑わうその空間に、今は年若い少女と青年だけが並んでいた。
少女の方は困ったような焦ったような、慌てたような顔。
青年の方は困ったような、笑っているような顔。
その様子がどうしても少女は気に入らなかったらしい。けれどそれもいつもの事なのだった。
伍柳椏夢。この駄菓子屋の店主である彼は、いつだってその表情を崩す事がない。
「渓汰君、今日はどの辺りで?」
「用水路の所…落ちてなければいいんだけど…」
泣きそうな声でそう伝える少女、晞沙は、学校帰りだったのか制服を着たまま、鞄も持ったままである。
二人の話題に上がる名前、渓汰とは、晞沙の弟だった。
所謂霊感体質というものを持つこの少年は、他の人には見えない姿を見掛けては、よくふらふらとどこかへ行ってしまうのだった。
連れ攫われている訳ではない事が救いではあるが、それがいつもそうとは限らない。
「用水路…。あの人の所かな」
椏夢は目を閉じて少し考えると、そう呟いた。
晞沙が椏夢を頼ってくるのにも理由がある。彼もまた、渓汰と同じく霊の姿を見る事ができるのだ。
「悪い人じゃないよ。ただ大分長いから、そろそろ行った方がいいかなって思ってた所だったんだ」
晞沙には、二人の見える世界が分からなかった。
「今から、来てくれる?」
「そうですね。お客さんも来てないし、大丈夫かな」
念の為に、と、店の周りの道路も確認し、駄菓子屋はいつもより少し早い時間に閉店した。

「渓汰ー?」
呼び掛ける声に返事はない。
椏夢と晞沙は、人通りの少ない道をゆっくり歩いていた。時間の割に陽はまだ少し高い位置にいる。
晞沙の話では、渓汰はこの道を晞沙と二人で歩いている時に、不意にいなくなってしまったのだという。
隠れられるような場所は少ない。
用水路に引きずり込まれて連れ去られちゃったんじゃ…そう泣きそうになりながら話す晞沙を宥めるのはもう何度目だったろうか。
歩いた先、椏夢は足を止めた。
そこは用水路の上を道路が走る、小さな橋となっている場所だった。
一点を見つめる椏夢の視線の先に、晞沙は何も見る事はできなかった。
「どうやら、あの方も少し困っているみたいです」
暫く黙っていた椏夢は、そう言って柔らかく笑った。
当然晞沙は首を傾げるばかりである。
橋の横まで歩いた椏夢は、ぐっと身を乗り出し橋の下を覗き込む。
前日に雨が降っていればそこは雨水で埋まっていただろうが、今日はそうではなかった。
「賑やかそうですね」
用水路の淵に器用に腰掛けた少年が、びっくりしたようにこちらを見ているのを見付けた。
「あ、あゆ兄~」
観念した声で青年の名を呼ぶと、少年、渓汰はしょんぼりと肩を竦めた。
けれどすぐにハッとして椏夢を見る。
「ねーちゃん、いる…?」
「いるよ」
椏夢の優しい声に、今度こそ本当に渓汰は肩を限界まで落とした。

細い用水路の淵を綱渡りのように歩いて橋の上へと上がってきた渓汰に、晞沙はまず一発げんこつを喰らわせた。
けれど彼が抱きかかえていた子猫を見付けると、黙り込み、そうしてもう一発げんこつを喰らわせたのだった。
痛がる少年とぷんと怒っている少女を置いて、椏夢は何も見えない空間へと向き合っていた。
「疑ってすみません。貴方は関係なかったんですね」
そう伝えると、椏夢はふわりと笑う。
様子に気付いた晞沙は恐る恐る彼に近付き、そして耳打ちする。
「あの、なんて」
「ここにいる方を渓汰君が見掛けて近付いてきたらしいんですが、その後用水路に落ちてしまっていたあの子猫を見付けたそうなんです。それで渓汰君、あんな所に」
上れなくなった子猫を見付けても幽霊では助ける事ができないから、嬉しかったそうです。そう椏夢は付け足した。
「じゃあ、連れ去られたわけじゃないんだ、よかった…」
そうほっと息を吐き、けれどすぐに少年へと振り返る。
「って、よくない。危ないでしょ、一人であんな所に行ったら!」
「だってかわいそうだったんだもん」
子猫を抱きかかえたまま、渓汰はそう言った。
渓汰の言葉に反応したのか、子猫はうなーんと上を見上げて鳴いた。

ふわりと。
唐突に光が飛んだ。
子猫がびっくりしたように短く鳴き、そしてすぐに腕を動かして光を捕まえようとする。
晞沙も渓汰も驚くが、すぐにその正体に気付いて表情を和らげた。
椏夢は相変わらず微笑みながら、その光を目で追っていた。
やがてふわふわと、数が増えていく。
「ホタル…こんな所にも出るんだ」
晞沙がそう呟くと、椏夢はゆっくり頷いた。
「このホタルを、見たかったそうなんです」
光を見つめながら椏夢はそう言った。
「毎年楽しみにしていたそうで、だからまだ消えたくなかった。だから長い事留まっていたんですね」
さわさわと風が流れ、草を揺らしていく。
「綺麗ですね」
それは、晞沙には見えない人物へと投げられた言葉だった。

+++++
40分

憂き世の胡蝶

お題:七夕

澄み切った空気が流れる朝の時間、晴乃は店の正面のドアを開き毎朝の日課を始めた。
夜の間は屋内に置いている植木鉢を、一つ一つ花の様子を伺って外へと出していく。
「おはよう、今日も元気だね」
そう花に声を掛ける。返事の声はないが、晴乃はまるで声が聞こえているかのようににっこりと笑った。
植木鉢を出し終わると、今度は何も入っていない空の容器を合間に置いていく。
小さな声で歌を口ずさみながら大きなじょうろに水を汲み、その容器に綺麗な水を張っていく。
全ての容器に水が入った頃、店の奥から晴乃を呼ぶ声があった。
はぁい、と返事をして店へと入っていく晴乃のそれもまた、毎日の日課だった。
晴乃が開店の準備をしている間、店長の奥さんが新しい花の準備をしている。
摘み取ったばかりの、店の庭で育てている新しい花たちを晴乃は受け取りに行ったのだ。
やがて店先へと戻ってきた晴乃は、その両手一杯に色取り取りの花を抱えていた。
花をぶつけないようゆっくりとしゃがみ込み、丁寧に水の張られた容器に入れていく。
容器が全て花に満たされ、こうして晴乃の朝の日課は終わるのだった。
しかし今日はいつもと少しだけ違った。
正確には今日だけではない、時々、日付によって変化が現れる。
今日は店長が花ではない大きな笹を持ってきた事で変化が現れた。
「これも飾ってくれないか?」
店長がそう言うと、初め晴乃はきょとんと首を傾げたのだが、今日という日付を思い出してにっこりと頷いた。
「七夕、ですね」
「ああ」
何の飾りもない笹は、恐らく店長が早朝に取りに行っていたのだろう。
店の準備をしている晴乃や奥さんよりも、いつも店長の朝は早かった。
それはこうして、店に関係していないようでしている準備を一人で行っているから、なのだろう。
晴乃は少し考えて、店先に置かれていた休憩用のベンチの端に笹を紐でくくりつけた。
笹は不安定ではあるが、程よい風にさわさわと揺れる涼しげな音と光景となった。
次に、店の奥からこぢんまりとしたテーブルを持ち出し―――見かねた店長が途中で加勢をし、そしてベンチの隣に置く。
「すみません、ありがとうございます」
「いやいや。これをどうするんだい?」
「せっかくなので、お客さんにも短冊を書いてもらおうと思って」
笹を見上げて、晴乃はそう言った。
「色紙とか、飾りに使えそうな物、お借りしますね」

店長が店の奥へと下がり、晴乃は一人でベンチに腰掛け飾りを作っていた。
色取り取りの色紙を切ったり、貼ったり。長く連なった輪飾りを作り上げると、満足げに晴乃は笑った。
長方形に切った色紙には紐を通して輪っかに結ぶ。その束はペンと一緒に箱の中に入れ、テーブルに置いた。
飾りの準備ができると、晴乃は立ち上がりよいしょと飾り付けを始めた。
色紙で作った飾りと、店に置いている花たち。一個一個丁寧に飾り付けていき、最後に残ったのは輪飾りだった。
背伸びをしててっぺんからぐるりと巻こうとするが、晴乃の身長ではどうしても届かない。
考えた晴乃は靴を脱いでベンチに乗ろうとし―――た、所で、常連客の姿に気が付いた。
「クラロスさん!」
慌てて晴乃はベンチから降り、靴をはき直す。服を整え、輪飾りを丁寧にテーブルに戻した。
「何してるんだ…?」
クラロスは、いつもと少し様子の違う店先を見て首を傾げる。
「あ、あの、今日、七夕で…」
すぐ隣に立つクラロスを見上げ、しどろもどろになりながら晴乃はそう答えた。
しかしクラロスの頭に浮かぶ疑問符は、どうやらまだ消えていないようだった。
笹を見上げ、輪飾りを見、
「たなばた………?」
そう呟くに留まった。
けれど先程の晴乃の様子は見ていたようで、輪飾りをそっと手に取り、もう一度笹を見上げた。
「これを飾ればいいのか?」
「えっ、あっ、はい」
びっくりした様子の晴乃を余所に、クラロスは笹のてっぺんからさらりと輪飾りを掛けた。
そして、笹の下の方に固まっていた飾りのいくつかを上の方に移す。
そんな彼の様子をぽけーっと見ていた晴乃は、はっと気付いてぺこんと頭を下げる。
「あっ、あの、ありがとうございます!」
「……別に。バランスが悪かったから」
クラロスは気付いているのかいないのか、顔を真っ赤にした晴乃に、表情も変えずにそう言った。
「あの、これ」
笹を見上げていたクラロスに、晴乃はそっと短冊を差し出した。
クラロスは当然、首を傾げる。
「これ、書いていきませんか…?」
「何を?」
渡された物を受け取りつつも、クラロスにはそれが何をするべき物なのか分かっていないようだった。
常連客と言っても、普段のクラロスは様子を見に来るだけで話す事はあまりない。
しかし今日は話題がたくさんあって、どうやら彼も忙しそうではない。
少しだけ堅い、けれど嬉しそうな顔で晴乃は笑い、七夕の事、短冊の事を話し始めた。
まだ書いていない短冊への願い事が、早速叶った、晴乃はそんな気がしていた。

+++++
40分

CrossTune

お題:変身

真っ白な世界をただひたすらに突き進んでいく姿があった。
ビュンビュンと風を切り、まっすぐにまっすぐに、スピードだけを上げて。
どれくらい進んだのか、果たして本人には分かっているのか。
それを知るのもまた、本人だけだった。
不意に、水平に進んでいた動きを垂直に切り替える。
戸惑いも迷いも何も無く、まっすぐに。
そうしてようやくバツンと音を立て、白い世界を飛び出した。
辺りに広がるのは真っ青な空だった。
段々と速度を落とし、ゆっくりと羽ばたき空中で立ち止まる。
大きな翼は、真下に広がる真っ白な海に大きな影を落としている。
しばらく辺りを見回していた梟は、その真っ赤な目を光らせながら再び移動を始めた。
今度の動きには先程のような勢いはない。
まるで散歩でもするかのようにゆるやかに動く翼。
広い広い世界にぽつんと浮かぶ姿は、消えた世界に取り残された生き残りのようにも見えた。

やがて白の海にも切れ目が見え始める。
新しい景色は、ぱっくりと割れた空間からにょきりと頭を突き出している山だった。
どうやら梟はその頂を目指しているようだった。
方向を定めるとじっと赤い目で見つめ、降りていく。

「あっ、エイジくーん!」
静寂な世界に声が響いた。少年のような少女のような高い声で、それだけでは男女の判別が付かない、そんな声。
真っ白な海から突き出た、真っ白な頂を持つ山、そこに声の主は立っていた。
ゆっくりと梟が降りてくるのを確認すると、真っ白な世界に映える黄緑の髪をふわふわと揺らして手を振る。
梟もその姿を見付け、その傍らへと降り立った。
黄緑の髪の人物は初め、地面に着地した梟を見下ろしていたが、すぐにその視線を上へと持ち上げる。
いつの間にか梟の姿はなく、隣には紺色の髪を持つ青年が立っていた。
「おかえり、エイジ君」
にこにこと笑う姿はまるで少女のようだが、少年だと言われてしまえば悪戯っこな少年のようにも見える。
エイジと呼ばれた青年は、黄緑の髪の人物をちらりと見ると、「ただいま」の替わりだろうか、小さく頷いた。
「リオは」
「まだ来てないよん」
エイジはくるりと見回しながら問い掛けるが、返事に納得して視線を動かすのを止めた。
「もう少しゆっくり来ても良かったんだな」
「そしたらオレが一人じゃん、来てくれてありがと!」
「いや、特に意味は無かったんだけど…」
ころころと表情を変える黄緑の髪の人物とは反対に、あまり表情を動かさず、エイジは息を吐いた。

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30分

CrossTune

お題:バトル物その2

ドカンという衝撃音と同時にもうもうと立ち込める土煙に巻き込まれぬよう、影凜はそっとその場から数歩離れた。
とても面白くない、と不愉快を全面に出した表情は、見る人が見れば何が起きているのか一目瞭然だった。
土煙が収まるのを待たずに、次の動きが始まる。
キラリと一瞬光が走り、続いて影が飛び出す。その影を追ってもう一つの影が飛び出し、そして、
「ダリアてめえええ」
怒号が鳴り響く。
先に飛び出した影は身軽に数度跳ぶとストンと影凜の隣に着地した。
「何さ、折角久しぶりの再会なのにつれないねェ」
先に跳んだ影―――ダリアは、ケラケラと笑いながらそう言い放った。
その視線の先、土煙がようやく収まりつつある景色を背景に、額からたらりと流れる血を気にも留めずに黒翔は黒い笑みを浮かべて立っていた。
「再会の度に人のこと殺す気かッ」
「やっだなァ!アンタがこれ如きで死ぬなんて思ってないし、死ぬならその程度だったて事だし?」
「殺意満々じゃねえか!」
胸を張り満面の笑みで言い切ったダリアに対し、黒翔は血管が千切れそうになるまでギリギリと拳を握った。
土煙が収まった先、そこには車輪が四つ付いた車<グラン>が止まっている。つい今し方までダリアが乗っていた物だ。
車を猛スピードで走らせて駆け寄ってぶつかる事で止めようとするダリアの操縦の腕前は別に、悪い訳ではない。
だが正しい運転だとも言えない。
酷いじゃれつき方だと誰かが表現していたが、全くその通りで、その通り過ぎて全く納得が出来ないとぼやいていたのは黒翔だった。

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25分

CrossTune