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月: 2013年7月

お題:バトル物

炎を纏った腕で思い切り殴り掛かる。あっさりとかわされる事を見越して蹴り上げた足は、ばしゃりと音を立てて柔らかで強固な壁に阻まれた。失敗だった。一瞬だけ宙に浮いていた透明な壁が重力に従って崩れた時、既に少年は数歩の距離を置いていた。
小さく舌を打ち、遊龍はもう一度駆け出す。同じ手を…そう呆れたように溜息をついた竜神は、今度は守るだけではなかった。遊龍が目前に迫るその直前、薙ぎ払った右手からは無数の小さな刃が飛び出す。
「げ」
嫌そうに声を上げ、遊龍は足を止め一歩退く。その瞬間に、竜神の右手が再度空を切り裂いた。
「ってー」
ドサッと見事な音を立て、遊龍は尻餅をついていた。その目の前には竜神が見下ろすように立っている。勝負あり、の様子にも見えるが、竜神の表情はあまり明るいとは言えなかった。
「お前そんなやり方じゃいつか死ぬぞ」
「今死なないなら問題ねーし」
遊龍は息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
「……、よく避けたな」
竜神の機嫌がよくない原因はここだった。確実に命中した、そう確信していたはずなのに、避けた時にできたであろう擦り傷以外の傷が遊龍にはなかった。
「死なないように戦えって」
ニッと笑うと、遊龍は竜神に向けて中指を立てる。
「そう教わってるから」
竜神の表情が大きく苛立ちに変わった。

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15分

CrossTune

お題:7/4

あっという間の出来事だった。
今までの生活が突然変わってしまった。
そんな経験初めてだ、とは言えないけれど、慣れている、とも言えない。
慣れたくは、ない。

のんびりと時間の流れる森に突然やってきた少女と少年は、森に住む少年と少女を大きく戸惑わせた。
詳しい話はまだよく分かっていない。
何せ聞く前に一人は倒れてしまい、もう一人は最初から喋る事ができていなかったのだから。
元々酷い怪我を負っていたのだろう少女の気力は、一体どれ程のものだったのだろうか。
そんな素振り、全く見えなかった。

遊龍が水を汲んで戻ってくると、相変わらず光麗は不安そうな顔で少女、涼潤の顔を覗き込んでいた。
設備も何もある訳がない森の中で正しい治療が行えるはずもなく、かといって何もせずに放置するなどできず、手当たり次第必死になって二人で止血を行った結果、それはどうやら失敗には終わらなかったらしい。
呼吸も初めより落ち着いてきており、気を失っているというよりも、眠りについている、と言った方がしっくりくるようになっていた。
「大丈夫かなぁ…」
遊龍が戻ってきた事に気付くと、光麗は彼を見上げてそう呟いた。
大丈夫だ、と自信を持って言う事は遊龍にはできなかった。
けれど、駄目だとも言えない。ただ今は、大丈夫だろう、と祈っておく事だけ。
風がくるりと辺りを回った。
遊龍の表情を見、風の声を聞き、光麗はゆっくりと頷いた。

そして、そっと視線を涼潤からずらす。
そこには涼潤と共にやってきた少年、竜神の姿があった。
喋る事ができない、そう涼潤は言っていた。実際彼は、ここに来てから一言も言葉を発していない。
遊龍や光麗の事をどう思っているのか二人には分からなかったが、ただ一つ、涼潤の事が心配なのであろう事だけは伝わってきた。
その割には彼女を連れて帰ろうとする素振りだとか、治療を手伝おうとする様子だとかが見られなかったのは、「動けない」と言われていた事が原因なのだろうか。遊龍は竜神をちらりと見、そして小さく唸るのだった。

「なんか、また変わるな」
光麗に向けて、遊龍はそう呟いていた。
前回の変化の原因は紛れもなく遊龍自身なのだが。
風の少女が小さくこくりと頷くと、ひゅうと風が通りすぎた。
今はまだ、ゆったりとした時間が流れていた。

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20分。

CrossTune

お題:ゆりかご

少年はいつからかずっと不機嫌だった。
理由はとても簡単で、少年の母親が、少年を遠ざけ始めたからだった。
遊んで貰おうと駆け寄ると「だめ」と言われ、散歩に行こうと声を掛けると「お父さんと行ってきて」と言われる。
父親のことは嫌いではない。けれど、ずっと母親とも散歩に行きたいのだ。
その事を父親に言っても、やはり「だめ」と言われるのは少年の方だった。
そんな日々が、もう1年近く続いていた。
母親の様子が段々と変わっていく事に、流石に少年も気付いていた。

少年にとっての大事件が起きたのは、そんな矢先の事だった。
母親が苦しげに倒れ込み、父親は慌てて外へ出て行き、そして少年の知らない男の人と女の人を連れてすぐさま戻ってきた。
一体何が起きているのか少年には全く理解ができず、しかし子供ながらにも分かる緊迫した空気に、誰に聞く事もできず、ただ事態が治まるのを待つ事しかできなかった。
それはそれは長い時間だった。
やがて突然、見知らぬ声が聞こえ始める。
今までの母親や父親の叫び声よりもずっとずっと大きな泣き声で、しかしどこかほっとするような、そんな不思議な声だった。

家中がまたいつも通りの静けさを取り戻した頃、男の人と女の人は家を出て行った。少年の父親に2人は見送られ、女の人は少年に微笑み、男の人は少年の頭を撫でていった。それがどういう意味なのか、少年にはまだ分からなかった。
2人の姿が見えなくなった頃、少年の父親は少年と目の高さを合わせるように屈むと、ゆっくりと話し始めた。
「心配掛けてしまったね。何が起きてたのか、分からなかっただろ」
優しい目に、少年は少し涙ぐみながら頷く。
怖かったのだ。母親がどこか遠くへ行ってしまうのではないかという、不安に押し潰されそうで。
父親はぽんぽんと少年の頭を撫でると、おいで、と言って母親のいる部屋へと少年を促した。

そこにいたのは、母親だけではなかった。
母親のいるベッドの隣には小さなかごが置いてあり、母親は優しい目でその中を見ている。
少年がそっと近付くと、母親はにっこりと笑い、少年にかごの中を見るよう視線で伝えた。
意味も分からないまま少年がかごの中を覗き込むと、中には、小さな小さな命が眠っていた。
ぎゅっと閉じた目、手。
きっとあの泣き声は、この子のものだ。
そう少年にも分かった。
「じん君は、お兄ちゃんになったんだよ」
母親の声が少年に届く。
言葉の意味が分からず、少年は疑問符を浮かべながら母親を振り返った。
母親に遠ざけられていた時にも少年は何度かその言葉を聞いていたのだが、意味を考える事もしていなかった。それよりも、母親に構ってもらないイライラの方が強かったのだ。
「”お兄ちゃん”ってかっこいい?」
少年は、初めてその意味に興味を持った。
「うん、すごーくかっこいいよ」
母親の声が、弾むように答える。
ゆったりと流れる時間に、少年の不機嫌はどんどんと薄らいでいく。
「この子は、じん君の妹」
母親が、かごの中を見ながらそう言う。
「いもうと?」
「そう。かわいいでしょう?」
母親がそっと”妹”の手を撫でると、微かにその小さな手が動いた。
真似して少年も手を撫でてみる。すると、微かに小さな指が開かれ、きゅっと少年の指を握り締めた。
驚いて少年が母親を振り返ると、嬉しそうに笑う母親と、そして同じ表情の父親がいるのが見えた。
もう一度、少年は”妹”の顔を覗き込む。
まだぐっすりと眠っていて少年の事は見ていないが、指だけはきゅっと握ったまま。
「……かわいい」
少年はそう、頷いていた。

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30分

CrossTune

お題:月

「綺麗だね」
そう少女は呟くと、両手をすっと空に向けて伸ばした。
その指の先のさらに先に散りばめられた星、ゆったりと佇む月。
真っ暗な森を、静寂な光が照らしている。
くるりと回りスカートを大きく揺らした少女は、にっこりと笑うとそのままストンと、少年の隣へと腰を下ろした。
少年は見上げていた視線を隣へと移し、呆れたように、しかし楽しそうに、少女につられるように笑った。
小さく聞こえる虫の声以外、何の音もない世界だった。
時折通り抜けるように風が走り去るとざわりと大きく歓声のような音が聞こえるが、それが過ぎてしまえば再び静まり返る。
星の声が聞こえそうだね、そう少女が呟いたのはついさっきの事だった。
星はなんて言ってるの?そう少年が問い掛けると、分からない!とあどけない笑顔の答えが返された。
「明日も会えるといいね」
そっと呟かれた少女の言葉が誰に宛てられているのか、少年には分からなかった。
月かもしれないし、星かもしれない。過ぎ去った風かもしれない。
けれど、少年は自然と口に出してしまっていた。
「そうだな」
自分の事であればいいなと、そんな気持ちがどこか隅っこの方にあったのかもしれない。

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15分

CrossTune