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月: 2013年12月

お題:クリスマス

台所から黒い煙と香ばしいを遥かに超えた匂いが漂ってくる。
やっぱりダメだった、そう溜息を吐き出しながら遊龍は足を向ける。
「大丈夫…?」
「ゆーくん…」
案の定泣き出しそうな目を向けられ、うっと言葉に詰まる。
ケーキを作りたいと言い出したのは彼女の方だった。
そして出来る限り一人でやってみたいと言ったのも彼女の方からだった。
初め遊龍は、デコレーションだけやってみないかと提案してみたのだが、頷いてはくれなかった。
どうしても出来なかったらお願いする、そう言われて一時間も経たないうちの結果がこれだ。
正直な所予想通りだったのだが、かと言って慰める言葉を用意していられる訳でもない。
「ごめんね、ちゃんと作り方見てたんだけどね。どうしてかなぁ…」
微かにまだ黒煙の昇るケーキ型を見つめながら、そう呟かれても返事に困る。
「海有さん、やっぱり一緒に作ろうよ。そしたらどこがおかしかったか教えられるしさ」
隣に並んでそう伝えても、悔しそうな彼女の表情は中々和らいではくれなかった。
「いっつもお願いしちゃってるから」
「いつも通りでいいんだって」
「今日こそは…せっかくの日なのに…」
「また来年も来るから!ね、その時までにもっと練習しておけばいいんだからさ。今日は、ね」
まるで年下の子をあやすかのようになってしまう口調に、海有もようやく渋々とだが頷いた
遊龍もほっと胸を撫で下ろす。この状態がこのまま続いていたらと思うと恐ろしい。

「私やっぱり、はーちゃんに釣り合えないのかなぁ」
イチゴのへたをゆっくりと取りながら、海有はぼんやりとそんな事を呟いた。
思わずクリームを泡立てる手を止め(そうでもしないとボウルも泡立て器も落としそうだった)、海有を見た。
どうやら冗談ではなく本気でそう言っているようで、段々と動作が遅くなりついに手を止めてしまった。
「どー考えても、それは、ないと思うけど……」
本人には本人なりの悩みがあるのかもしれない。とは言っても、それを肯定する気にはなれなかった。
「海有さんもうちょっと自信持っていいと思うよ」
何回、彼女を励ませば伝わるのだろうか。
考えた所で、彼女の想い人が一言言えばそれはすぐに伝わるのだろうが。
(オレもいつかなー)
これだけは口に出すまいと、遊龍は再びクリームを泡立て始めた。

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25分

CrossTune

お題:プレゼント

迷い無くまっすぐ歩みを進める路地裏。
久しぶりに顔を覗かせたというのに、そこにはよくもまぁ目ざとく見付けるものだと思わせる程の視線があった。
「ボスだ!」
「リーダー!」
「お兄ちゃん!」
「隊長久しぶり!」
見事にバラバラの言葉が全て自分に向けられている。そんな事にも慣れっこだった。
駆け寄ってきた子供たちは輝くような笑顔を惜しみなく溢れさせている。
と同時に、勢いを全く止める様子もなく次々と突撃してくる。
一人二人ならば気にもならないが、五人六人と続くと流石に足が揺らいだ。
「いい加減にしろお前らッ」
ぶつかる寸前の数人を両腕で押さえ、身を捩って数人を避ける。
派手な音を立ててひっくり返った子もいたようだが、どうやら悔しそうに笑っているので問題ないのだろう。
毎回恒例の少し乱暴な歓迎だ。
しかし時が経つにつれ力が強くなってくるなとぼんやりと感じた。
「ねーちゃんはいないの?」
腕を掴まれたままだった一人が見上げながらそう訊ねてきた。
掴んでいたはずが、いつの間にか体重を掛けてぶら下がるような体勢になっている。
手を離してやろうかどうしようか少しだけ考えて、やめることにした。
「そのうち来るんじゃね?いつもの事だし」
「一緒に来ればいいのにー」
「ばーか。誰がアイツと。つうか今どこにいるのかも知らねえよ」
「リーダー早く来ないかなぁ」
「ボスだって」
「隊長だろ!」
ついさっき掛けられた言葉が再び繰り返される。
だが今度はこれが、どれも自分に向けられてはいないという事も分かっていた。
続く言い合いに呆れ笑いが浮かんでしまう。
しばらく放っておいても盛り上がってはいるだろう。
不意に、とても低い位置から服の裾を引かれる事に気付いた。
何かと思い視線を向けてみると、周囲の子供たちよりも随分背丈の低い子供がこちらを見上げていた。
「どうした?」
子供は裾を掴んだまま、きょろきょろと辺りを見回す。そしてもう一度こちらを見上げた。
「ねこさんはいないの?」
遠慮がちな小さな声で、そう聞こえた。
数秒、それが何を指しているのかを考え、理解したと同時に苦笑いをせざるを得なかった。
「アイツはここには来ないな。知ってるだろ」
「でも…もうなかなおりしてもいいとおもうよ」
「お前くらいだよ、そう言うの」
低い位置の頭を軽く撫でてやり、溜息混じりに息を吐いた。
「ま、どっちにしろ、そんな呼び方してたら余計に出てこねえよ」
おそらくはまだ分かってもらえない注意を投げ掛け、手を離した。
案の定首を傾げる様子に、猫に懐く猫、なんて言葉を頭に過ぎらせた。

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20分

CrossTune

お題:雪の日

「雪だー」
「雪だなぁ」
まだ昼間だというのに薄暗い辺りを覆う曇天。
そこから静かに舞い落ちるのは純白の雪。
空を見上げたアスカとクレイの頬には次々と雪が着地する。
つめて、と言ってアスカは首をぶんぶんと振った。
「積もるかな、寒いのはイヤなんだけどな」
「どうだか。それに積もらなくても寒いもんは寒いだろうさ」
身体を震わすアスカにしれっと言い放つクレイ。
しかし二人の周りの気温はじんわりと上がっていく。
炎を司る精霊達が集まっているのだ。
雪が、熱の周りへと流れていく。
「ん、あそこにいるのエスか」
「え゛ッ」
ふとクレイが人影を見付け言葉に出すと、咄嗟にアスカは上擦った声を上げた。
「別に取って喰われたりはしないっての」
「分からないじゃん!」
「お前なぁ…」
呆れた声を出しながら、クレイは遠くの人影を見つめた。
普段からふらりと姿を眩ますことの多い彼だが、冬場は特に多いなとクレイは気付いていた。
特に、その冬初めて雪が降る日。
そして一年に一度の日付。
丁度それが、今年は重なっていた。
「ま、思う所もあるんだろうさ」
「クレイ兄、そろそろ行こ、エッさんも一人にして欲しい日だってあるだろうし!ね!」
「大体一人でいるけどな…って引っ張るなオイ」
アスカにぐいぐいと袖を引かれ、このままでは無駄に生地が伸びてしまうと焦ったクレイはアスカに従ってその場を離れることにした。
フィスエスが手に持つ白い花を、珍しいなと少し眺めながら。

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20分

レナ側

お題:祝うその2

「誕生日おめでとう」
そうにこやかに言われて手渡されたのは、小さな袋だった。
口を赤いリボンで結んだ桃色の袋。
咄嗟にどう行動すればいいのかが分からなかったルキは、しばらくその袋を見つめているだけだった。
「……いらないの?」
返事もなく行動もないルキに首を傾げたシズキはそう訊ねた。
袋から視線を外し、ルキは彼へと疑問を込めた視線を向ける。
「なんで、今日なの?」
ルキはこの家に来る以前のことを覚えていない。
いつどこで生まれたのかも何一つ。
そんな彼女が、今日が誕生日だと言われてすぐに納得できるはずがなかった。
「確かに、アレに書いてあったのを自分の名前だと思ってるし、それが名前なんだったら一緒に書いてあった日付も誕生日かもしれないよ。でも、正しいかどうかなんて分からないじゃん」
ルキの名前自体も、本当の名前であるのかどうか定かではない。
身に付けていたプレートに書かれていた字のようなもの、それを名前としているのだ。
生まれた時から持っている名前だとは、彼女は思ってはいなかった。
「なんでシズキは、これが誕生日だって思うの?ただの数字かもしれないのに」
少しだけ疑いを込めて、少しだけ責めるように、プイと視線を逸らして流黄は言った。
シズキの表情は彼女には見えなかったが、いつもの困ったような笑顔であろう事は確信していた。
「うーん。じゃあ、ルキの誕生日がそれじゃないとしたら、いつが誕生日なのか分からなくなっちゃうね」
やっと返ってきた答えは一見正論のようで、しかしルキの問いに対する答えには全くなっていなかった。
え、と声を出す間も置かずにシズキは続けた。
「そうだ、それならルキがここに来た日を誕生日にしようか。あ、でもそれだと今日じゃなくなっちゃうね。パーティとプレゼントはまた今度だなぁ」
「えええ!ケーキお預け!?食べられると思ったのに!!」
突然響き渡った声はシュンのものだった。悲痛な叫び、という言葉がよく似合う。
「だって誕生日じゃないみたいだから。それにどっちみちシュンの誕生日ではないよ」
「ねえルキ、今日じゃ駄目なの?どうしても駄目?プレゼントも用意したんだよ!」
シズキの声を盛大に遮ってシュンはルキへと駆け寄る。
当然、困惑したのはルキの方だった。
疑問はあるが、否定しきる程の理由を持っていない。可能性は僅かでもあるのだから。
「だ、ダメって、わけじゃ、ないけど」
途切れがちのルキの言葉に、シュンの表情はあからさまに変わっていた。
「じゃあ今日にしよ?今日がいいよ!ね、ケーキ食べよう!」
「う、うん」
一体今日が誰の誕生日であるのか、ルキ本人が一番分かっていなかった。
「じゃあ決まりだね」
一連のやり取りを見ていたシズキは、最後にそう言って笑った。
疑うのもバカらしくなるような、この家。
「なんかすごく言いくるめられた気がするんだけど」
ぼそりと呟いたあとに、ま、いっか、とルキは思い直すことにした。

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20分

CrossTune

お題:祝う

「さーい、なんか欲しいものある?」
出会い頭に問い掛けられ、左翊の思考回路は一旦停止した。
唐突に何を言っているのだろうかとまずは言葉の意味を考え、次にその言葉が発せられた意味を考える。
が、とうとう答えは出ないまま、相方の問いへの返事も止まったままだった。
「急に、なんだ」
ある意味ではありきたりの言葉を辛うじて返し、迅夜の反応を眺めると、今度は彼の方がきょとんとしているのだった。
「急にって、急でもないでしょ。サイ、今日誕生日だよね?」
せっかくお祝いになんでも奢ろうと思ったのに、とつまらなそうに呟く迅夜を、左翊は瞬きを繰り返しながら眺める。
「奢ってくれるのは有り難いが、なんで」
ぶぅとそっぽを向いていた迅夜は、左翊の言葉を聞いてぴたりと動きを止める。
そしてぎこちなく左翊へと振り返る。
しばらく迅夜も左翊もお互いの疑問符しか浮かんでいない表情を見て、やがて双方に意味が全く伝わっていないのだと気付いた。
「なんでって、誕生日でしょ?そう、誕生日おめでとうでしょ?だからお祝いを…って思ったんだけど」
「お祝い…?祝うのか?誕生日を」
「祝わないの?」
「祝ったことがない」
何の冗談を、といった迅夜の顔は、左翊の何も変わらない表情を見て次第に驚きへと変わっていく。
対する左翊はというと、変わらず疑問符ばかりを浮かべている。
ただ迅夜の表情の変化を見て、何かしらの差が二人の間にはあるのだろうと分かっていた。
「うーん、そりゃ、育ち方違えば考え方も違うとは思うけど…そっか、そういう所も違うんだ」
迅夜の言葉は、酷くぼんやりとした言葉だった。
それ以上は何も聞かないよと、それだけを暗に伝えてくる。
だから、左翊も返事をしなかった。

「まあ、でも、俺的には祝っておきたいから、何かあったら奢るよ」
会話が終わって静まり返った部屋に、迅夜の声が流れた。
「あぁ」
迅夜の考え方は左翊には分からなかったが、彼の気持ちだけは受け取ることにした。

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15分

CrossTune