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タグ: 迅夜

お題:炎

隠そうとして隠しきれていない足音を捕らえ、予測地点から素早く飛ぶ。
直後、数瞬前に立っていた地面が大きく燃え上がった。
炎の大きさと勢いを見て僅かに足を止めてしまうが、ずっとそうしている訳にはいかなかった。
強い風がぶわりと走り去り、思わず目を細めると同時に視界の隅で赤が舞い上がった。
「っ、風車!」
咄嗟に叫ぶ。
叫んだ声に呼応し、風と風が勢いよくぶつかった。
相殺された風は緩やかに元の景色へと溶け込んでいき、残されたのは舞い上がりぐるりと周囲を取り囲んだ炎だった。
やるじゃん、そう相手に聞こえないよう呟き、迅夜は笑った。
炎の壁の内側には迅夜以外の影はない。ならば相手は外側だ。
隙を見せれば負けだが、それを逆手にとって誘い込むことは出来る。
適当な場所にアタリを付け、目を閉じる。燃える炎は外の風の音を遮断していた。
揺らぐ空気に意識を集中させ、そして僅かな乱れを見付ける。
「鎌鼬ッ」
「げ」
一瞬だけ、こちらの方が早く動けたようだった。
間の抜けた声が聞こえた直後、ドサドサッと何かが地面に転がる音がした。
風の刃に切り裂かれ少しの間切れ目を見せていた炎は、すぐに元に戻り、やがて静かに鎮火した。
「油断大敵。俺の勝ちね」
炎に焼かれて黒くなった地面を跨ぎ、迅夜は少し離れた場所に転がる少年に声を掛ける。
目立った怪我はないように見えるが起き上がろうとはしない少年は、困ったように何かを訴えかけるように迅夜を見上げていた。
よく見ると、少年の首元には形状を持っているかのような風が、鋭く威嚇を続けている。
少しでも動こうものなら切り裂かれそうな位置。しかし迅夜が手を振るとそれはすぐさま霧散した。
刃が消え、少年は深く息を吐き出しながらゆっくりと起き上がる。
「ていうか、ズルいよ遊龍。光麗ちゃんの力借りたでしょ」
立ち上がった少年に歩み寄りながら、迅夜は肩を竦めてそう声を掛ける。
「オレじゃないです、アイツが勝手に」
すると少年、遊龍も肩を竦めてみせた。
「もしかして俺、悪者に見えた?」
「そーゆーワケじゃないとは思いますけど………たぶん」
「多分なんだ」
迅夜は思わず笑ったが、明らかにそれは隠せていない苦笑いだった。

「ありがとうございました。良かったらまた相手して下さい」
「うん。そのうち俺の相方も来たら二対一でやろうよ」
「イジメですか!?」
からかうように笑って迅夜がそう言うと、遊龍は即座に拒絶を返した。
二人じゃ勝てないかな、そう呟く迅夜の心中も知らないままに。

+++++
25分

CrossTune

お題:雨

地面を、窓を、壁を叩きつける激しい雨音に苛立ちながら、猛烈に不機嫌な表情を隠しもせずに立ち尽くしていた。
苦笑いを浮かべる宿屋の主人も、対応に困っているのだろう。
別に彼に対して苛立っている訳ではない。ただこの状況そのものが気に食わないのだ。
「この近くに別の宿は」
「残念だけどここしかないよ」
あるのならば土砂降りも気にせず向かおうという考えは呆気なく砕かれた。
打つ手無し。
それでも納得する気にもなれず、駄々をこねる子供のように唸り続けた。
「男女ならともかく、男二人旅で二部屋取りたがるなんて珍しいよ。嫌いな相手と旅してる訳でもないだろうに」
嫌味というよりも素直な感想なのだろう。主人がしみじみとそう呟いた。
客観的に見ようと思えば自分だって同じ感想を持つだろう。滑稽だとも自覚している。
しかし嫌なものは嫌なのだ。理解して貰おうとは思ってはいない。
「まさかお前さん達、そういう趣味なのか?」
「違うって」
間髪入れずに言い返すと、語気が強すぎたのだろうか、主人の顔がきょとんとしていた。
言い訳も謝罪もその場に合う気がせず、その後に言葉を続けることができないままそっぽを向いて口を噤んだ。
おおらかな、もしくは世間話が好きな主人だったのだろう。
さして気にした様子も見せず、いつの間にか元の表情へと戻っていた。
「まあ、深追いはしないけどね。泊まらないというなら引き止めはしないけど、この雨、一晩じゃやまないと思うよ」
鍵を用意しながら、聞こえてくる雨音に耳を傾けてそう伝えられる。
それも、分かっていることだ。
渋々と鍵を受け取り、主人に向けて頷き返す。
いっそ彼がもっと素っ気なく、土砂降りの中へと追い出すような人であれば迷わなかったのかもしれない。
そうしてまた、釈然としない出来事を他人の所為にしようとしているのだ。
重なる自己嫌悪に重い溜息を吐き、同じ表情をしているであろう連れ人の元へと足を向けた。

+++++
15分

CrossTune

お題:夢

『大嫌い』
聞き慣れた声が紡ぐ聞き慣れない言葉が背後から聞こえると同時に、ドンという音が聞こえた。
状況を上手く処理できない頭には、どうやら痛みすらも随分と遅れて届いたらしい。
猛烈な目眩と急速に力の抜けていく足、地面が目の前に迫ってからようやく、背中に鈍く重い痛みを感じ始めた。
それでも何も理解しようとしない頭は何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
倒れる前に聞こえた言葉。その意味。
なんで……?
そう呟いたはずが、口から溢れたのは真っ赤な液体だけだった。
俺、そんなに嫌われるようなことしちゃったかな………
いっぱいしてるか。
意識の淵をもがき掴むことすら考えられずに、あっという間に世界から光と音が消えた。

―――
「おい」
ガタガタと伝わる振動に、ゆっくりと世界に音が現れだす。
「おい、起きてるのか」
聞き慣れた声と、そしてぼんやりとした光が意識を叩き起こしている。
現実と非現実の合間を揺らめきながら、やがて光は見知った形へと変わっていった。
「………」
目の前には引き攣った真っ青な顔があった。
肩に乗せられた手が先程の振動を生み出していたのだと、段々と理解していく。
あぁ、だから。
声には出さずに、表情にも出さずに、呟く。
「うなされてたぞ」
心配そうに、というよりはどことなく恐れを感じていそうな表情で声を掛けられる。
同じ部屋にはなりたくなかったんだ。
息を吐き出しながらゆっくりと瞬きをする。
どうせそっちだって何か隠しているくせに。
「変な夢見ただけだから。なんでもない」
先にバレるのが嫌だったのに。
「起こしてごめん」
恐らく寝てはいなかったであろう相手に向かって、視線を逸らしながらそう言うのが精一杯だった。
思った通り、返事は無かった。

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10分

CrossTune

お題:赤い

 陽が落ちて随分と経った頃だった。
 通りに人影は無く、昼間の喧噪が嘘のように感じる静けさが辺りに広がっている。窓から明かりの漏れる建物もまだ多いが、徐々に徐々に減っていく、そんな時間帯だった。その通りを、迅夜は一人で歩いていた。
 ちょっと出掛けてくる、そう相方に声を掛け、彼がこちらに視線を向けた時にはもう部屋の扉を閉めていた。別に逃げた訳ではない。それに、もう少し長く扉を開けていたとしても、頷く程度の返事しかない事は分かっていた。逆の立場であってもそうだった。声を掛けるだけマシになった方だった。
 嫌いな訳じゃないんだけどな。いつの間にか迅夜は空を見上げながら歩いていた。そしておそらくそれは、相手も思っている事だった。
 一つの建物の前で足を止めると、扉と向かい合う。その建物は数少ない明かりの漏れている建物だった。向き合った扉に付いた丸い窓からも明かりが漏れていて、迅夜の顔を照らしている。扉を開けると、静けさの中に一気に喧噪が降り注いだ。
 狭くもなく広くもない酒場には、テーブル席が丁度全部埋まるだけの人が集まっていた。各々話したり一人だったり叫んだり歌ったり寝ていたり、その空間はとても自由だった。迅夜が入ってきたことに気付き目を向けた人も何人かいたが、それだけだった。すぐに元の空気へと戻っていく。後ろ手で閉めた扉の外と内では、こんなにも世界が違う。昼間の空気が、夜の時間だけここに閉じ込められたような、そんな雰囲気に近い空気だった。
 テーブルは全て埋まっていたが、迅夜が気にする事はなかった。まっすぐに置くのカウンター席の一番右端へと向かう。決まりでもなんでもないが、迅夜としてはそこが迅夜の席だった。
 カウンターの内側にいる店員は迅夜が席に座ったのを確認すると、何も言わずに赤い色のカクテルを出してきた。視線をグラスへ、そして店員へと向けて、「ありがと」と呟く。店員は何も答えはしなかった。
 甘いカクテル。味にうるさい程の酒好きではないが、拘るならばその点だけだった。何度か注文を繰り返す内に店員にはすっかり把握されてしまったようで、今では“店員の”気分で甘いものの中から一つが選ばれている。
「サイもこういうとこ来てんのかな」
 独り言をぼんやりと呟く。一人で外出している時に何をしてきただなんてわざわざ話していない。そして聞いてもいない。だから彼が何を考えてどこへ行っているのか、知らないままだった。
 ―――どうやら偏に物思いに耽ってしまう日らしい。そういうつもりで外に出てきた訳ではないというのに。そう気付いて、迅夜は一人でふっと笑った。店内に背を向けていたので、その表情を見ていたのはカクテルを作っている店員だけだった。

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30分

CrossTune

お題:迅夜と峻で何か

じーっと見上げてくる視線に気付き、峻は怪訝そうに前を向いた。
峻の目の前の席に座る迅夜は、肘を立てカップに刺さったままのストローをくわえたまま、じっと峻を見ていた。
「なんだ」
「んー、いや、峻ってこういう店にいるの似合わないなぁって思って」
迅夜は淡々と、ストローを口から離さず器用に答えた。
ファーストフード店の一番奥の角の席。
さほど混んではいないから問題はないだろうと4人掛けの席に2人で座り、テーブルの半分には飲み物、もう半分にはノートと筆記用具。
この店に呼び出したのは、迅夜の方だった。
「悪かったな」
面倒な言い合いはごめんだ、とでも言いたげに、峻はぶっきらぼうにそう言い放つ。
「別に悪いって言ってないじゃん」
ようやくストローを離し、少し呆れたように迅夜は笑った。
一瞬ムッとした顔を作る峻だったが、すぐにそれを抑え再びノートに視線を落とす。
暗号のような殴り書き。
辛うじて数字だとは分かるが意味を成しているとは思えない羅列。
迅夜の書いたノートを、峻は溜め息を吐き出しながら右へ左へと眺める。
新しいの書いたから見て!という迅夜の誘いは、新作の暗号ができたから解読して!というものに他ならない。
不定期に飛び込んでくるその話を、峻は断りはしないのだが。
「聞いてくれれば答えるけど、全部お任せでもいいよ」
いつもみたいに。
語尾に星マークでも付きそうな声で、迅夜はウィンクをして見せた。
峻の溜息はもう一度深く深く吐かれ、そして「分かった」と頷くのだった。

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15分

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