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タグ: TTSS

タイムトライアル Short Story(大体10分~1時間くらい)

お題:7/4

あっという間の出来事だった。
今までの生活が突然変わってしまった。
そんな経験初めてだ、とは言えないけれど、慣れている、とも言えない。
慣れたくは、ない。

のんびりと時間の流れる森に突然やってきた少女と少年は、森に住む少年と少女を大きく戸惑わせた。
詳しい話はまだよく分かっていない。
何せ聞く前に一人は倒れてしまい、もう一人は最初から喋る事ができていなかったのだから。
元々酷い怪我を負っていたのだろう少女の気力は、一体どれ程のものだったのだろうか。
そんな素振り、全く見えなかった。

遊龍が水を汲んで戻ってくると、相変わらず光麗は不安そうな顔で少女、涼潤の顔を覗き込んでいた。
設備も何もある訳がない森の中で正しい治療が行えるはずもなく、かといって何もせずに放置するなどできず、手当たり次第必死になって二人で止血を行った結果、それはどうやら失敗には終わらなかったらしい。
呼吸も初めより落ち着いてきており、気を失っているというよりも、眠りについている、と言った方がしっくりくるようになっていた。
「大丈夫かなぁ…」
遊龍が戻ってきた事に気付くと、光麗は彼を見上げてそう呟いた。
大丈夫だ、と自信を持って言う事は遊龍にはできなかった。
けれど、駄目だとも言えない。ただ今は、大丈夫だろう、と祈っておく事だけ。
風がくるりと辺りを回った。
遊龍の表情を見、風の声を聞き、光麗はゆっくりと頷いた。

そして、そっと視線を涼潤からずらす。
そこには涼潤と共にやってきた少年、竜神の姿があった。
喋る事ができない、そう涼潤は言っていた。実際彼は、ここに来てから一言も言葉を発していない。
遊龍や光麗の事をどう思っているのか二人には分からなかったが、ただ一つ、涼潤の事が心配なのであろう事だけは伝わってきた。
その割には彼女を連れて帰ろうとする素振りだとか、治療を手伝おうとする様子だとかが見られなかったのは、「動けない」と言われていた事が原因なのだろうか。遊龍は竜神をちらりと見、そして小さく唸るのだった。

「なんか、また変わるな」
光麗に向けて、遊龍はそう呟いていた。
前回の変化の原因は紛れもなく遊龍自身なのだが。
風の少女が小さくこくりと頷くと、ひゅうと風が通りすぎた。
今はまだ、ゆったりとした時間が流れていた。

+++++
20分。

CrossTune

お題:ゆりかご

少年はいつからかずっと不機嫌だった。
理由はとても簡単で、少年の母親が、少年を遠ざけ始めたからだった。
遊んで貰おうと駆け寄ると「だめ」と言われ、散歩に行こうと声を掛けると「お父さんと行ってきて」と言われる。
父親のことは嫌いではない。けれど、ずっと母親とも散歩に行きたいのだ。
その事を父親に言っても、やはり「だめ」と言われるのは少年の方だった。
そんな日々が、もう1年近く続いていた。
母親の様子が段々と変わっていく事に、流石に少年も気付いていた。

少年にとっての大事件が起きたのは、そんな矢先の事だった。
母親が苦しげに倒れ込み、父親は慌てて外へ出て行き、そして少年の知らない男の人と女の人を連れてすぐさま戻ってきた。
一体何が起きているのか少年には全く理解ができず、しかし子供ながらにも分かる緊迫した空気に、誰に聞く事もできず、ただ事態が治まるのを待つ事しかできなかった。
それはそれは長い時間だった。
やがて突然、見知らぬ声が聞こえ始める。
今までの母親や父親の叫び声よりもずっとずっと大きな泣き声で、しかしどこかほっとするような、そんな不思議な声だった。

家中がまたいつも通りの静けさを取り戻した頃、男の人と女の人は家を出て行った。少年の父親に2人は見送られ、女の人は少年に微笑み、男の人は少年の頭を撫でていった。それがどういう意味なのか、少年にはまだ分からなかった。
2人の姿が見えなくなった頃、少年の父親は少年と目の高さを合わせるように屈むと、ゆっくりと話し始めた。
「心配掛けてしまったね。何が起きてたのか、分からなかっただろ」
優しい目に、少年は少し涙ぐみながら頷く。
怖かったのだ。母親がどこか遠くへ行ってしまうのではないかという、不安に押し潰されそうで。
父親はぽんぽんと少年の頭を撫でると、おいで、と言って母親のいる部屋へと少年を促した。

そこにいたのは、母親だけではなかった。
母親のいるベッドの隣には小さなかごが置いてあり、母親は優しい目でその中を見ている。
少年がそっと近付くと、母親はにっこりと笑い、少年にかごの中を見るよう視線で伝えた。
意味も分からないまま少年がかごの中を覗き込むと、中には、小さな小さな命が眠っていた。
ぎゅっと閉じた目、手。
きっとあの泣き声は、この子のものだ。
そう少年にも分かった。
「じん君は、お兄ちゃんになったんだよ」
母親の声が少年に届く。
言葉の意味が分からず、少年は疑問符を浮かべながら母親を振り返った。
母親に遠ざけられていた時にも少年は何度かその言葉を聞いていたのだが、意味を考える事もしていなかった。それよりも、母親に構ってもらないイライラの方が強かったのだ。
「”お兄ちゃん”ってかっこいい?」
少年は、初めてその意味に興味を持った。
「うん、すごーくかっこいいよ」
母親の声が、弾むように答える。
ゆったりと流れる時間に、少年の不機嫌はどんどんと薄らいでいく。
「この子は、じん君の妹」
母親が、かごの中を見ながらそう言う。
「いもうと?」
「そう。かわいいでしょう?」
母親がそっと”妹”の手を撫でると、微かにその小さな手が動いた。
真似して少年も手を撫でてみる。すると、微かに小さな指が開かれ、きゅっと少年の指を握り締めた。
驚いて少年が母親を振り返ると、嬉しそうに笑う母親と、そして同じ表情の父親がいるのが見えた。
もう一度、少年は”妹”の顔を覗き込む。
まだぐっすりと眠っていて少年の事は見ていないが、指だけはきゅっと握ったまま。
「……かわいい」
少年はそう、頷いていた。

+++++
30分

CrossTune

お題:月

「綺麗だね」
そう少女は呟くと、両手をすっと空に向けて伸ばした。
その指の先のさらに先に散りばめられた星、ゆったりと佇む月。
真っ暗な森を、静寂な光が照らしている。
くるりと回りスカートを大きく揺らした少女は、にっこりと笑うとそのままストンと、少年の隣へと腰を下ろした。
少年は見上げていた視線を隣へと移し、呆れたように、しかし楽しそうに、少女につられるように笑った。
小さく聞こえる虫の声以外、何の音もない世界だった。
時折通り抜けるように風が走り去るとざわりと大きく歓声のような音が聞こえるが、それが過ぎてしまえば再び静まり返る。
星の声が聞こえそうだね、そう少女が呟いたのはついさっきの事だった。
星はなんて言ってるの?そう少年が問い掛けると、分からない!とあどけない笑顔の答えが返された。
「明日も会えるといいね」
そっと呟かれた少女の言葉が誰に宛てられているのか、少年には分からなかった。
月かもしれないし、星かもしれない。過ぎ去った風かもしれない。
けれど、少年は自然と口に出してしまっていた。
「そうだな」
自分の事であればいいなと、そんな気持ちがどこか隅っこの方にあったのかもしれない。

+++++
15分

CrossTune

雨降り

 雨は辺り一面を打ち鳴らしていた。
 バシャバシャと音を立て、狭い世界中をその音で包み込む。呆然とその様を見つめ続けていると、あっという間に彼らに自分の世界を制圧されたような気がしてくる。実際、されているのかもしれない。
 何もない、冷たい音だけがただただ響いている。
 気持ちいいと。洗われるようだ、と。頭の片隅でそんな言葉がよぎった。その直後に、一体何が洗われるのだと思った。どちらが本心なのか、そもそも今のは自分の言葉なのか、それすらも分からない。自分の言葉であると、認めたくないだけかもしれない。

「何やってんの」
 雨音に支配された世界に唐突に入り込む不協和音。けれどそれは、雨音よりも聞き慣れた声だった。
 走ってきた音は聞こえなかったが、どうやら迅夜もこの雨の中をずぶ濡れになりながら駆け抜けてきたらしい。軽く息を切らし、訝しげにこちらを見ている。それはそうだ。あと数歩で宿の庇の下へ入れるという距離で、雨から逃げる事もせず突っ立っているのだから。走ってきた努力も報われずずぶ濡れになった迅夜は、それ以上の回避を諦めたらしい。目の前に立ったまま、室内に促す事もしなかった。
「何かあった?」
 呆れられているのか、怒られているのか、睨むように見上げ問い掛けてくる時は、大抵返事ができない。今もこうして、声が出ないのだ。そしてそれは、彼も知っているはずで。それでも彼は、事ある毎にそう問い掛けてくる。
「別に。何となく、だ」
 少しだけ目を逸らして、そう呟いた。
 嘘ではない。そういう気分の時もある。ただそれだけだった。何かあったのなら、きっとここには戻ってこない、そんな気もしていた。
「……風邪引いたら仕事できないからね」
「ああ」
「そしたら俺一人で頑張るんだけど」
「……そうだな」
「その後同じだけ俺も休むからね」
「……、……好きにしろ」
 そして同時に溜息を吐いた。
「ってかこれで中入ったら怒られそうじゃん、どうすんの?!」
「お前もどうするつもりだったんだ」
 コロコロと表情を変える迅夜は、まるで子供だ。突然土砂降りの中駆け出して水溜まりで遊びだしても違和感は無い。呆れはするが。それでも極稀に見せる表情がいつも気に掛かって、ただの子供扱いをできなかった。例えばつい今し方のあの表情。あの表情がなければ、とうの昔に彼を置いて一人で逃げていただろう。そう、逃げていた、だろう。
 
 やはり、あれは洗い流していたのかもしれない。逃げ去りたい、消し去りたいという気持ちを。
 雨はまだ降り続いていて、遠のく気配もない。全てを消し去る前にやってきた相方は、やはり自分を消し去る事を許してはくれないのかもしれない。
 それなら今、気付いた今この瞬間に逃げてしまえば ―――
「サイ、中入んないの?」
 背を向けようとしたその瞬間に、宿の扉を開けた迅夜の声がガシリと肩を掴んだ。不思議そうにこちらを見ている彼の目に、他意は無いように見える。
「……、あ、あぁ」
 小さく小さく息を吐き、扉へと足が進む。
 どうやら本当に、逃がしてはくれないようだ。

 歩んだ先、背中でゆっくりと扉が閉まった。

CrossTune一次創作